放送曲目リスト2008年の放送一覧

薔薇とベストコニサー
2008年5月3日放送分

 フラワーコーディネーターの結城まおみさんがお客さまとして通って下さるようになって1ヶ月が経ちました。そのせいか店内に飾られたお花に改めて注目するお客さまも多いようです。
 そんな「花」にまつわるお話を始めとして、今日も当店では色々なお客さまが様々なお話に興じていらっしゃいました。本日はそのお話をここで少しだけご紹介させていただきます。



相沢友子さん(脚本家)と石原隆さん(テレビ番組製作会社)の
『ヨガ』の話
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 2年半くらい前からヨガにハマっている。
 私がやっているのは「ハタ・ヨガ」という初心者向けのヨガ。呼吸法から入り、ゆっくり体を動かし、じっくりインナーマッスルを鍛える。「アシュタンガ」は上級向け。高度なポーズで1時間は動きっぱなしなので、私でも目まいがする。
 ヨガを続けていると、だんだん体の曲げ方がわかってくる。私も2年前と較べて格段に曲がるようになった。人間は太股の裏側の筋肉「ハムストリングス」が硬くなると健康にいろんな障害が起きるらしく、逆に柔らかければ病気にもなりにくいらしい。
 ヨガをやる前に、ベリーダンスの体験コースをのぞいてみたこともある。ところが行った場所が青山のスタジオだったせいか、周りはモデルさんのような人ばかり。練習なのにみんな「私を見て!」という感じでお腹を出している。「ここに私は入れない」と思って諦めた。
 この仕事をしているとパソコンの前に座りっぱなしなので、腰が本当にヤバくなる。ある時、徹夜で書き終えて立ち上がろうとしたら、本気で立てなくなったことがあった。それで危機感を覚えてヨガを始めた。でもヨガを初めてからは、頻繁に通っていたマッサージも必要なくなった。
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ピーター・バラカンさん(ブロードキャスター)の
『初めての日本』の話
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 日本に来たのは就職のため。シンコーミュージックという音楽出版社がイギリスの音楽業界紙に求人広告を出していたのを見て、応募して日本へやってきた。
 一応、大学では日本語学科だったけど、そんなに日本語が喋れたわけでもない。だから採用されると思っていなかったのに「航空券を送るから10日後に日本へ来い」と電話が来てビックリ。準備もそこそこに日本へ行くことになった。
 最初の1ヶ月は試用期間だったので、観光ビザのままで働いた。1974年7月1日、日本に着いたその日は一生忘れられない。当時の国際空港はまだ羽田で、どしゃ降りの雨が降っていた。外は真っ暗だったし、大変なところに来たと思った。
 最初の2週間は淡路町のビジネス・ホテルに泊まり、もう2週間は大宮のすぐ手前の与野に住んでいた独身社員の家に居候させてもらった。京浜東北線で神田まで通い、夜は与野の大衆的なバーでホッピーを飲んだ。
 東京に住んで2年ぐらいが経ち、新鮮さが失せて日本の何もかもが嫌いになった時期もある。その時に母親に相談したら「変わったのは日本じゃなくてアンタだ」と諭された。それから嫌いな部分も受け入れて普通に生活できるようになった。
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小川孔輔さん(法政大学経営大学院教授)の
『青いバラ』の話
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 「青いバラ」は自然界には存在しなかった。花の色は遺伝子によって決まるんだけど、バラやカーネーションは青い色を発色する遺伝子を持っていない。だから青い花がなかった。
 その本来は存在しない青い花が人間の力で創られた。青いバラを遺伝子の組み換えによって最初に創ったのはオーストラリア・メルボルンのベンチャー企業で、実験を始めたのが1990年。私も1994年にその企業を訪れたけど、当時はまだ青いバラの影も形もなかった。
 植物の遺伝子にも性格(?)みたいなモノがあって、たとえばカーネーションの遺伝子を組み替えて青い花を作るのは簡単だった。ところがバラは気難しくて、なかなか青い色素の遺伝子を受け入れてくれない。しかも遺伝子の組み替えが成功したかどうかは、育てて花を咲かせないとわからないので時間がかかる。それで青いバラの開発には10年以上かかった。
 そうやって青いバラが出来たのがつい4〜5年前。早ければ来年くらいにはお店で買えるようになる。ちなみに青いカーネーションならすでにお店で買える。花言葉は「永遠の幸せ」。ムーンダストというブランド名で普通にお店で売られているので、母の日にもオススメ。
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ガッツ石松さん(元WBC世界ライト級チャンピオン)の
『世界チャンピオン』の話
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 自分たちの時代は多ければ月に1回くらい試合をした。ファイトマネーは3300円。銭湯が18円、山手線が10円の時代だったから、感覚的には今とは10倍くらい違うけど、やっぱりそれだけじゃ食べていけない。だからありとあらゆる仕事をした。
 熱帯魚の配達、印刷屋、アイスクリーム屋、喫茶店のボーイ、ラーメン屋、トンカツ屋、などなど。明日は「明るい日」と書く。だから今日より明日は良くなるんじゃないか。そんな夢だけで過ごした8年だった。
 唯一の楽しみと言えば女の子。ところがボクサーはモテない。女の子に約束をすっぽかされることもしょっちゅうだった。それが世界チャンピオンになった途端、体がいくつあっても足りないくらいの入れ食いになった。
 たとえばどこかに飲みに行く。お姉ちゃんにお愛想で「○○ホテルに泊まってるから遊びにきなよ」なんて言う。冗談半分のお愛想だから、次の店でもまた同じこと言う。そんな事を繰り返してホテルに帰ると2〜3人が待っている。そんな感じ。
 2年間くらいチャンピオンだったけど、その間はずっとそんな感じだった。今は自重するようになり、家で小動物を相手に楽しく過ごしている。
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市川右近さん(歌舞伎俳優)の
『素人モデル』の話
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 師匠の市川猿之助の家では「学業優先」と言われる。歌舞伎が世間からどう見られているかを知るために、他の世界にも身を置かなければならない。そういう趣旨で私も大学まで行かせてもらった。
 そうなると学校があるので地方公演には行けない。かといって東京公演には出るので、体育会系のクラブに入るわけにもいかない。それで意外と時間に余裕のある学生生活を送っていた。
 学校の先輩がマガジンハウスの『POPEYE』編集部にいた縁で、その暇な時間を利用して素人モデルみたいなこともやらせてもらった。「朝からジョギングして彼女の家へ行き、彼女の家のインターホンを鳴らして彼女が出てきたらレモンを投げて脅かそう」みたいな企画ページの撮影を自分の家でやったこともあった。
 家の近所の公園では「彼女と縄跳びをしよう」なんて企画の撮影もしたし、十三号地公園や有明まで車で行って夜景をバックに撮影したりもした。撮影の時は動かないようにするので、ジッとモデルの女の子と見つめ合うんだけど、年頃だったからずいぶん照れた記憶がある。ちなみにそのモデルの女の子は高樹沙耶さんだった。
 なにせ歌舞伎の世界は男ばかり。楽しくも新鮮な体験だった。
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■ 放送曲目リスト

Time Title Artist Label Number
9'22" My Shining Hour Nancy Wilson Capitol 7243 5 33091 21
20'10" It's A Big Wide Wonderful World Peggy Lee Capitol TOCJ-5342
31'14" Moon Love Nat King Cole Capitol CDP 0777 7 89545 2 1
43'49" I'm Sitting On Top Of The World Bobby Darin Disky TC 877952
47'51" The Man I Love Frances Wayne With Neal Hefti Sony SICP 1496