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美空ひばり 2007年6月23日放送分 |
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明日、6月24日は昭和の歌姫「美空ひばり」の命日。今年は生誕70年ということもあり、各地で追悼コンサートや記念展が行われ、記念CDやDVDも発売されているそうです。
その命日を翌日に控えたこの土曜日は、美空ひばりさんに縁の方がいらっしゃって、しみじみと想い出を語らっていらっしゃいました。本日はそのお話を、少しだけここでご紹介させていただきます。 |
| ■ | 和田アキ子さん(歌手)の
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私が紅白に初出場した時に、紅組の司会が美空ひばりさんだった。ひばりさんが私を見て「大きいわねぇ…電信柱みたい、オシッコしたくなっちゃうわ」などと言うので「ひばりさん、犬じゃないんですから!」と言ったのをよく覚えている。
その後、私はひばりさんに「あんた面白いから、ウチにおいで」と言われて、お付き合いさせてもらうようになったけど、ひばりさんは偉大すぎて世間のことを知らない人だった。たとえば留守番電話の私のメッセージを聞いて「アッコ?いるのはわかってるのよ?」なんて勘違いしたり。そんな可笑しいことがよくあった。 そして私の知っているひばりさんは、化粧もしてない、ちゃんちゃんこを着ている、とても気さくな人。私はずっとひばりさんの眉毛を入れ墨だと思っていたけど、そうじゃないと気付いて「あ、入れ墨じゃないんだ!」と言ったら「バカヤロウ」と頭を叩かれたりもした。私が帰る時にはいつもすごく寂しがって、とても可愛い人だった。 その一方で美空ひばりという人は、昭和を代表する偉大な歌手。だから私は歌手として歌のジャンルは違うけれど、アレンジを変えてその良い歌を歌い継いで行きたいと思う。
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| ■ | 堀内孝雄さん(歌手)の
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世代的に美空ひばりさんの曲はバリバリに聴いた。『みだれ髪』の後半なんてもの凄く良い味が出ているし、『角兵衛獅子の歌』なんかを聴いても天才的に上手い。
美空ひばりさんの凄さは、作曲家や作詞家、編曲する人の力を乗り越えてしまうこと。「俺、たしかに良い曲作ったけど、ここまで良かったか?」とそれぞれの先生方がビックリしていると思う。 演歌は「歌詞の持ち味」が非常に独特。その結果としてメロディも独特になっている。小節(コブシ)も非常に高尚なテクニックで、小椋佳さんもそう教えられた。その辺は演歌だろうがジャズだろうがポピュラーだろうが関係ない。 演歌の世界は民謡や浪曲から来た人が多い。そして民謡には必ず小節が入っているし、浪曲も「村田節」のような、その人独特の小節のような歌い方を持っている。この小節は練習をしないと出来ないもので、最初はモノマネから入る。 たとえば美空ひばりさんの『みだれ髪』だったら「♪憎や恋しや塩屋の岬…」という一節を、しなやかに声質を細くして歌うあたりはすごく勉強になった。ただ、美空ひばりさんの場合は「勉強する」というよりは「頭のどこかに刷り込まれている」という感じだけど。
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| ■ | 雪村いづみさん(歌手)の
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私が初めてひばりさんとお会いしたのは、江東劇場という場所だった。大スターを前に緊張しながらも嬉しかったのを今でもよく覚えている。
その後「三人娘」と呼ばれるようになって、3人で音楽の話などをよくするようになった。ひばりさんは「お嬢」、私は「トン子」、チーちゃん(江利チエミさん)は「ノニ」と互いに呼んでいた。ちなみに「ノニ」は彼女がすぐに「○○なのに〜」と言う口癖があったから。 3人でいると、リーダーだったのがひばりさん。チーちゃんが一番子供っぽくて、私は少し澄ましているタイプ。そして女の子3人が集まると、やっぱりボーイフレンドの話が多かった。でも、ひばりさんは偉すぎて、ボーフレンドを作れなかったんじゃないかと思う。「箱根に行ってボートに乗ってきた」なんて話をしたら、羨ましそうな顔をしていた。 ある時、ひばりさんのコンサートに行ったら、ひばりさんが「今日は足が痛くて靴が履けないの」って泣きそうな顔をしていた。でも幕が上がったら、床に引きずるくらい長いスカートで足を隠して、裸足で舞台に上がっていた。足が痛むのに、満面の笑みを浮かべて素晴らしい歌声で歌っていた姿は、今でも忘れられない。
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| ■ | 秋元康さん(作詞家)の
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『川の流れのように』は、僕が「美空ひばりさんの詞を書きたい」とお願いしたのがきっかけ。レコード会社の人に「企画書を下さい」と言われて、改めて流行歌について考えた。
流行歌は、想い出の目次。自分が結婚した時、子供が産まれた時、その時々に流行っていた歌を聴く度に当時のことを思い出す。そして、そんな歌を一番持っているのがひばりさん。そこで僕は「想い出の目次となるような歌を作りましょう」と企画書を書いた。 さらにひばりさんは、波瀾万丈な人生を送ってきた人。そんなひばりさんが「あんたの人生なんて大したことないじゃない、私だってこんなに大変だったけど……」って励ましてくれるような応援歌が良いと思った。 当時、僕は1年くらいニューヨークに住んでいて、イーストリーバーを眺めながら「この川も日本に続いているんだなぁ」なんて望郷の念を感じていた。そんな気持ちでカフェの窓際の席に座って歌詞を書き始めた時、1行目に書いたのが「川の流れのように」という言葉だった。 ひばりさんはこの詞を褒めて下さり、さらに「でもね秋元さん、どんな川も最後は同じ海に注ぐのよ」と仰った。この言葉自体が応援歌だと思った。
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■ 放送曲目リスト |
| Time | Title | Artist | Label | Number |
|---|---|---|---|---|
| 9'55" | Lover, Come Back To Me | 美空ひばり | Columbia | COCP-33254 |
| 21'14" | Take The "A" Train | 美空ひばり | Columbia | COCP-33255 |
| 31'48" | Walkin' My Baby Back Home | 美空ひばり | Columbia | COCP-33255 |
| 44'25" | It's Only A Paper Moon | 美空ひばり | Columbia | COCP-33255 |