SUNTORY SATURDAY WAITING BAR
2007年2月10日の放送

この日の放送曲目リスト/過去の放送内容リスト

「薬師丸ひろ子」

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 本日は当店に薬師丸ひろ子さんがいらしゃって、常連のお客さまを相手に楽しそうにお話をされていました。
 薬師丸ひろ子さんは、中学生の時から銀幕のアイドル的な存在として『セーラー服と機関銃』など数々の大ヒット映画に出演し、現在も一流の女優として活躍していらっしゃいます。昨年、『ALWAYS 三丁目の夕日』で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞をしたのも記憶に新しいところです。
 本日はその薬師丸ひろ子さんのお話を、ここで少しだけご紹介させていただきます。銀幕のスターの素顔が垣間見られる、貴重なお話をお楽しみ下さい。


薬師丸ひろ子さん(女優)の

『デビュー作』の話

 映画『野生の証明』が最初の仕事だった。その撮影で私に対して娘のように暖かく接してくれ、なおかつプロの仕事の厳しさを身をもって見せてくれたのが高倉健さんだった。
 ちなみに私は、この世界に入るまで演技の経験は皆無だった。経験があったとすれば、人並みに「小学校の学芸会」で演じたことがある程度。ただ、その小学校の学芸会では、たまたま同級生だった鶴見辰吾クンとの共演だったけど。1学年上には島田歌穂さんもいたし、お父さんお母さんが有名人という人も含めたら、エンターテイメントの世界の人はたくさんいた学校だった。
 そんな私に健さんは言葉ではなく、自分の姿でこの世界の厳しさを教えてくれた。本当に優しくて、いつも側に居させてくれた健さんが、重いシーンに挑む時は緊張感で近寄りがたくなる。その張りつめたような空気には驚くばかりだった。
 その一方で、普段の健さんは、怖いぐらい私を可愛がってくれた。今、私が大人になって、逆に「親」の役で子役と接するようになって、あの時の高倉さんがどんな気持ちで私に向き合ってくれたのだろうかと考えると、「到底、私にはできない……」と思う。
 でも、もしかしたら「この世界で長く仕事を続けていく子」だとは思っていなかったのかもしれない。私自身がそう思っていたし、周囲も「良い想い出を作ってあげよう」みたいな雰囲気があったと思う。
 なにせ子供心に「これ以上良いことが(この世界にいて)あるわけがない」ということはヒシヒシと感じた現場だった。最高の環境、暖かい雰囲気、そしてそこに出来ないながらに参加させてもらう贅沢。「初めてだから許されることってあるのだろう」と子供にわかるほど、目の前に繰り広げられる世界は自分の今までの世界と違うモノだった。

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薬師丸ひろ子さん(女優)の

『学校生活』の話

 『野生の証明』の撮影期間中は、中学校を53日間休んだ。撮影が終わって学校に戻り、その最初の日に「天気図を描く」という授業があったんだけど、鉛筆を持ったまま何もできなかったのを今でもハッキリと覚えている。そんなことがあって「もう学校は休まない」と決めた。
 その後、高校へ進み、仕事も続けたけど、学校は絶対に休まなかった。撮影は基本的に夏休みや春休みの間だけにしてもらい、もしそこからこぼれてしまった時は、夕方4時くらいから朝7時の間に撮影。そして現場から学校へ直行していた。
 そんな状態で学校へ行っても、もちろん「居るだけ」。それでも高校の先生は「とにかく休むな、仕事がキツければ学校へ来て寝ろ」と言ってくれた。そして「休んだ時にクラスメイトが“どうしたんだろう?病気かな?”と心配してくれるくらいじゃないと、本当に学生生活を送っているとは言えない」と教えてくれた。NHKの数学講座もやったほどの先生だったけど、すごく大事なことを教えてくれた先生だった。
 そうやって毎日学校へ行ったら、一度もいじめられたことがないくらい、クラスメイトのみんなが守ってくれた。下町の学校で、男の子は制服の裏側に虎の刺繍があったりしたけど、みんな「勉強よりも下町のお祭りの方が大好き!」みたいな気の良い人ばかりだった。先生たちも一見ちょっと不良っぽい、一歩間違えばそっちに進んで行きそうな子ほど可愛がり、すごく褒めて育てていた。
 私は学校に居たら、どこにでもいる普通の子だった。でも仕事の上ではブロマイドの売上1位になるくらいの有名人。だから学校の周りに人がいっぱい来るような状況には、みんなギャップを感じていたと思う。これが学校でも光り輝くスターだったら、また話は違っていたのだろうけれど。
 学校へ来た人たちの中には、塀に落書きをしていく人もいて、ある日、通用門に私を中傷するような落書きがあった。そこを授業の始まりの時に通って、戻る時に「あの落書きをまた見るのか」と嫌な気分になっていたら、誰がやってくれたのかわからないけど、その落書きだけが消えていや。そんな風にして私を守ってくれた高校のみんなに対しては「感謝」の気持ちしかない。

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薬師丸ひろ子さん(女優)の

『相米慎二監督』の話

 撮影現場で「ゴミ!」「クズ!」「ガキ!」なんて私を厳しく叱ってくれたのが『翔んだカップル』『セーラー服と機関銃』の相米慎二監督。当時の私は相米監督の怒声を真に受けていたけど、でもそれは愛情の裏返しだったと思う。
 朝9時から撮影所に入り、本番が夜中の12時だったりする。その間、ずっと同じシーンをリハーサルして、本番でも何度も撮り直す。そしてその撮影は、私だけじゃなくて、大先輩もいる。そんな状況で「ひろ子ちゃん〜、それじゃダメだよ〜」なんて口調で監督に言われたら、申し訳なさすぎて私自身がその場にいられない。でも「ジャリ!」「ゴミ!」「ガキ!」って罵倒してくれれば、多少なりとも言い訳が立つ。いま思えば、そんな叱責のおかげでなんとか監督に食いついていけたんだと思う。
 相米監督と初めてお会いしたのは渋谷の東急ホテルだった。相米監督は下駄履きで、ヒゲはモジャモジャ。テーブルに「下駄履きはご遠慮下さい」という札があったので、私は「ダメって書いてあるのにどうしてこの人は下駄履きなんだろう……」と気になって仕方がなかったのをよく覚えている。
 そして出演することになった『翔んだカップル』の撮影で、鶴見辰吾クンと小学校の学芸会以来の共演をすることになった。さらに尾美としのりクンと石原真理子さん、そして私。この4人が相米監督に「ゴミ!」「ガキ!」と怒鳴られまくった。
 実はこの『翔んだカップル』、相米監督の劇場版デビュー作でもあった。新人監督として辛い立場なのは私たちにも伝わっていたので、怖いながらもお兄さん的に慕う部分は大きかった。ちゃんとした演技が出来ない私たちが、出来るようになるまで時間を掛けてくれる。その時間の長さこそが監督の愛情だったと思う。
 そんな相米監督の次に私が会ったのが『ねらわれた学園』の大林宣彦監督だった。大林監督は私を「ひろこチャン」と呼ぶので、これには最初、かなり違和感を感じたものだった。

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薬師丸ひろ子さん(女優)の

『母親役』の話

 母親役を演じるようになったのは30代後半になった頃だった。最初の頃は幼稚園児の母親役あたりから。それがいまや母親じゃない役を探す方が難しくなり、しかも子供の年齢がグングン上がっている。
 『ALWAYS 三丁目の夕日』で小学生の母親になり、『1リットルの涙』では沢尻エリカちゃんが演じた高校生の母親。そして『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』では広末涼子さん。せめて当分は広末さんを越えないようにしたい。
 『木更津キャッツアイ』へ出演したのは、『コウノトリなぜ紅い』というドラマで宮藤官九郎さんと共演したことがきっかけだった。私としては『コウノトリ…』の休憩時間にしたのは大人の普通の会話のつもりだったんだけど、それで「美礼先生」の役ってどういうことなのかな?とはちょっと思った。
 『バブルへGO!!』は「タイムマシンが洗濯機」という設定に惹かれた。タイムマシンが小難しい機械だったら面白くない。洗濯機だからこそポップで面白いと感じた。そして馬場監督とご一緒できるのも魅力だった。私が20代の頃、私が出演していた映画とはまったく方向性の違う「華やかな映画」を作っている監督というイメージがあったので、絶対に面白いだろうと思った。
 広末さんの母親役ということに関しては、現実的にはあり得ない年齢差なので、逆に気にならなかった。むしろ「親子に見えない」って言われてしまう方を心配していた。結局、年を取った設定のメイクの方が全然簡単で、若い頃のメイクの方が苦労したけど。最近、そういうことが多くて「なんで若い設定のキャメラ・テストばかりいっぱいするの?」って複雑な気持ちになる。
 その広末さんとは妙に気があって、今でもメールのやり取りをしている。女優としては私の方が先輩かもしれないけど、人生においては広末さんの方が先輩。本物のお母さんとして、すごくしっかりしている。ただ、広末さんに子供がいて、そのお母さん役ということは……そこだけはちょっと複雑な気持ち。

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薬師丸ひろ子さん(女優)の

『車の運転』の話

 私は撮影現場まで自分で車を運転していく。20歳の時に角川春樹事務所を独立してから、自分だけの事務所を持っていて、今はマネージャーみたいな人も特に置かず、優秀な複合機だけでこぢんまりとやっている。
 運転に関しては自分自身が安全運転に自信があるし、車庫入れも大得意。「車庫入れ選手権」があったら優勝できると思う。タクシーの運転手がわざわざ車を降りて「お姉ちゃん、うまいね〜」と褒めてくれたこともあったくらい。
 それくらい運転に自信があるので、人の運転が気になって仕方がない。遅くても良いからとにかく安全運転な人か、運転のセンスがある人じゃないと助手席には乗れない。しかも東京の生まれ育ちなので、道にも詳しい。「なんでこの道を通るんだろう?」なんてつい思ってしまう自分が嫌で、とにかく人の運転はストレスが溜まる。
 連続ドラマの仕事などが入って、どうしても自分で運転するのが辛い時は、運転をお願いする女の子を決めている。その女の子は絶対に道に迷わないし、気持ちの良い運転をしてくれる。






■ 放送曲目リスト

Time Title Artist Label Number
12'15" Bolinha De Papel Joao Gilberto World Pacific CDP 7 93891 2
23'11" Pela Luz Dos Olhos Teus Miucha & Antonio Carlos Jobim RCA BVCP-2082
34'28" Nao Fale Em Smba Doris Monteiro Bomba BOM557
44'58" Amor De Nada Marcos Valle EMI 829370 2


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