アトランタ五輪で1カ国の「砲丸」がメダルを独占したのは、オリンピック史上初めてのことだったとか。
砲丸は選手が選ぶものだけど「契約会社のモノを使う」みたいな習慣はない。オリンピックの場合は競技場に5カ国の砲丸が並べられ、その中から選手が気に入った砲丸をその場で選ぶ。つまり選手が「砲丸投げのオリンピック」をやっている一方で、メーカーは「商品のオリンピック」をやっているようなもの。
正直、アトランタでメダルを独占した時は「偶然かな」と思っていた。ところが次のシドニー五輪でも同じことが起こった。それで他のメーカーから「おかしいんじゃないか」と横槍が入った。
というのも、ウチの砲丸は重心をシビアに調整しているだけじゃなくて、砲丸の表面に細かい筋を入れているから。それで選手が使いやすくなっている。この筋を入れる技術は他のメーカーにないし、そもそも汎用旋盤が他の国にはない。
筋の間隔は手のひらの指紋を参考にした。指先の指紋は渦を巻いていて、その下の指紋は横に入っている。手のひらは縦横斜め。この指紋の入った手で砲丸を持った時に、どこかがフィットするように考えた。
そこで仲間50人くらいに協力してもらって、手のひらの指紋を調べてみたところ、細かい指紋を持つ女性で1cmあたり14本、粗い指紋を持つ男性で8本だった。だから砲丸に入れる筋の数はその中間の10〜12本に決めた。深さ1/20mmの筋が、砲丸の表面全体にその間隔で彫り込まれている。
2000年にシドニー五輪が行われた翌年、2001年の春にはアメリカのメーカーから「週給1万ドルで技術指導に来てくれないか」という話も来た。話を断ったら1ヶ月後に「週給を倍にするから来てくれないか」とも言われたけど、それも断った。
そして迎えたアテネ五輪では、オリンピック委員会から「筋の入った砲丸は違反だから、筋を取るように」と通達が来た。それで表面を研磨して、とにかく重心を砲丸に真ん真ん中に来るように調整した砲丸を出した。
実際に競技が始まったら、NHKのカメラマンが選手から「今年は日本製の砲丸は来てないのか?」と聞かれたんだとか。「今年からルールが変わったので、このツルツルの砲丸が日本製です」と答えたら、結局みんなそれを使っていた。