吉本興業は1912年創業なので、来年で創業95年。もちろん創業は大阪だったけど、創業10年で早くも東京進出していた。最初は小屋を借りての興行だったけど、昭和10年くらいには小屋を買い上げ「浅草花月」という劇場で毎日公演していた。
当時は柳家金語楼さんなども吉本所属で、浅草花月に出演していた。弟弟子の柳家三亀松さんも同じ。2人は芸風もまったく違うけど、きっと師匠の三語楼さんがよっぽど懐の深い人だったのだろう。金語楼さん、三亀松さんといえば、当代一二を争う人気者。その2人が吉本の所属だったから、よっぽどお客さんも入ったのだろうと思う。
益田喜頓や坊屋三郎の「あきれたぼういず」も吉本だった。それからモダンダンスの中川三郎さんも吉本。だからプロダクションとしては戦前の方がシェアは高かったかもしれない。
実は劇場も「浅草花月」だけじゃなくて、浅草に2〜3軒、錦糸町にも「江東花月」、横浜にも花月があって、全国で32軒くらいの小屋があった。ただ、それらが戦争で焼けてしまい、芸人さんも廃業してしまう人も多くて、縮小せざるをえなかった。
そして今年、約60年ぶりに吉本が浅草へ戻ってきたのが『よしもと浅草花月』。あまりに間が空きすぎて「吉本が東京のお笑いの聖地に殴り込み!」なんて言われたりするけど、実は出戻りだったりする。
今は「雷5656(ゴロゴロ)会館」を借りて、週末だけの興行を行っている。仁鶴、三枝、カウス・ボタン、いくよ・くるよ、のりお・よしお、といった連中から、品川庄司、麒麟、オリエンタルラジオなどのイキのいい若手まで、バラエティに富んだ出演者がいるのが吉本の一番の強みだと思う。
僕たちの読みでは「シニア層が中心になるだろう」と思っていたけど、蓋を開けてみたら若いお客さんがけっこう多くて驚かされた。浅草は「お年寄りや観光客が中心」というイメージがあるけど、お客さんを呼べる興行をキチッとやれば、若いお客も呼び込める。
東京はこれだけ人がいるので、300〜500人程度の劇場が1つ増えたくらいで、競合になるはずもない。むしろ相乗効果で底上げになると思うので、常駐の小屋をぜひとも復活させたいと思う。