SUNTORY SATURDAY WAITING BAR
2006年9月30日の放送

この日の放送曲目リスト/過去の放送内容リスト

「短編小説」

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 実家に帰る時はいつも、新幹線の中で読む文庫本をカバンの中に入れておくのですが、その文庫本は「短編集」が便利です。おもしろい長編も魅力的なのですが、駅に着いた時に読み終えられるとは限りませんから。
 読書家の方には「本当に面白いのは短編」とおっしゃる方もいらっしゃいます。「短い」というだけで安っぽいようなイメージを持ってしまいがちですが、実は短いからこその良さや難しさがあるのだそうです。
 今日はそんな「短編小説」について、当店のバーカウンターでお客さまが教えて下さったお話を、少しだけここでご紹介させていただきます。ぜひ短編小説の魅力に触れてみて下さい。



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阿刀田高さん(作家)の

『短編小説の長所』の話

 同じ枚数を書くとすれば、どう考えても短編小説の方が割が悪い。1冊の本は原稿用紙に直すと300〜400枚くらい。長編ならそれで1つの話を書いて終わり。ところが短編小説の場合、30〜40枚のお話を10編くらい書かないといけない。これは確実に短編10本の方が大変。それでも私は短編小説が好きで、もう800編くらい書いている。
 短編小説は「礼儀正しい文学」だと言っている。長くはお邪魔しないので、たかだか2時間も付き合っていただければ十分。それで気に入らなくても、まあ勘弁できる。これが長編だったら、3巻本を買ってきて、せっかく買ったからと最後まで一生懸命読んで、それで「なんだ!こんな結末だったのか!」ということになったら、人生の大事な時間を盗まれた気になってしまう。実はこの意見はけっこう多くて、サマセット・モームも同じことを言っている。とにかく短編小説は「短い」ことだけで良い。
 短編小説なら多彩でいろんな作品を作れる。スタインベックが「チューインガムが主人公」の小説を書いているけど、これは短編だから良いんであって、3巻本だとしたら読めたものじゃなかっただろう。発想の奇抜さは短編でこそ生きる。
 小説は、突き詰めて言えば「嘘」。そして嘘は、長くつくものじゃない。短くついて、読者が気付く前に終わらなくちゃダメ。だから逆に、長編小説ではリアリズムが求められる。現実にあったこと、あってもおかしくないこと、あったであろうことを書く必要がある。織田信長がどうだったとか、聖徳太子がこうだったとか、無名の人でも「これこれの時代にこういう人が……」なんて、この間亡くなった吉村昭さんのように現実をキチッと追い掛けて書き上げなきゃいけない。
 その点、短編小説は読者の前からサッと立ち去ることが出来るので、嘘がつきやすい。一番典型的なのはエドガー・アラン・ポー。『メエルシュトレエムに呑まれて』という傑作短編では、直径2マイルぐらいの大渦にだんだん吸い込まれていく様子を描いているけど、アラン・ポーは「この辺のことなんて、いい加減なことを書いても誰も知るまい」と考えていたに違いない。私はその短編の舞台になったノルウェーの海岸まで行く機会があって、向こうで話を聞いてみたけど、そんな大きな渦があるはずもないと教えられた。もちろん読んだ時から「ありえないだろうな」とは思ったけど、読んでいる間は相当引き込まれ、誤魔化され、恐怖に胸を震わせた。
 読み終わってからゆっくり考えると、主人公がみんな死んでしまって、「この話は一体誰が書いたんだ?」なんて作品も多い。でも、それができるのが短編小説。

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劇団ひとりさん(タレント/俳優/作家)の

『陰日向に咲く』の話

 『陰日向に咲く』は短編集なので、最初の1編を書き終わった時点で、編集の人から「これはネタ本とかじゃなくて、純粋な小説にした方がいいですよ」と言われた。
 その時点で、実は「架空のエッセイ」という体で作り込んでいた。『週刊ハピネス』という雑誌を想定して、そこで好評連載中のアイドル・エッセイ、という設定。でもエッセイだと毎回の文字数も決まっているし、1つの話をさすがに3週分には割れない。そんな枷が邪魔になってきた頃に「小説にしては?」と言われたので、渡りに船のお話だった。
 「なんでもいいから、とにかくオチはつけないと」という責任感は、芸人特有のもの。芸人が短編小説を書いたら、たぶんみんな必ずそうすると思う。最後にちゃんと着地しないとダメ、という感じがどうしてもしてしまう。
 小説を書くにあたっては、普段のネタよりもプロット的なものを強く意識した。そして短編のお話同士を繋げることを考えるのは、とても楽しい作業だった。ポストイットにいろいろ書いて、時間軸などを書き込んだ大きい紙の上で動かす。その「物理的に作業している感じ」が楽しかった。
 普段やっている「アイデアを出す作業」は、進んでいるのかいないのかわからない時間が、5時間も6時間も平気で続く。頭の中ではグルグルいろんな事を考えていても、ワープロ上では1文字も進んでいなかったりして、腹が立ってくる。ところがパズルを組み立てるみたいにポストイットを動かす作業は、物理的に進むのですごくやり甲斐があった。
 最初は、短編は1つ1つで完結していた方が潔いしキレイだと思っていた。ところが最初に「アイドルの話」を書いて、ものすごく思い入れてしまって、どこかでもう1度出したくなってしまった。それで「よし、ここでちょっとアイドルの話を出そう」と思って1箇所繋げたら、また義務感というか、「それなら全部繋げないと」という気になった。
 短編を繋げるという手法は小説の世界では良くあるらしい。僕の場合は映画の影響が強くて、たとえば『ラブ・アクチュアリー』『マグノリア』『パルプ・フィクション』などがそんなスタイルだった。
 一応、次回作の話もいただいていて、何か書こうとは思っている。ただ、前回は「どうせ売れないだろう」とプレッシャーもなく書けていたけど、次はそれなりにプレッシャーがある。たとえば1人の主人公が、いろんな人と会っていくんだけど、それぞれの出会いが短編になっていて、ちゃんとオチが付いている……なんてスタイルにすれば、それはそれで長編になるのかも、なんて考えている。

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羽鳥好之さん(『オール讀物』編集長)の

『短編と長編』の話

 短編は雑誌の要。短編と長編をどんな割合で載せるかは編集長の方針やその時々で変わるけど、「その回で読み切れる短編」を多くしないと、長編ばかりでは「単行本になってから買おうか」と読者が考えてしまうので、雑誌が売れなくなってしまう。そして伝統的に、小説が好きな人には短編が好きな人が多い。
 その号だけで世界が完結しているのが短編小説。最後に「続く」ではなく、原稿用紙30枚なり50枚なりで鮮やかに世界を切り取ってみせる。それが短編小説。もちろん読者の中には長編に付き合ってくれる人もいる。ただ、多くの人にとっては「続く」と言われて、謎を1ヶ月待ち続けるのは大変だと思う。
 長編小説と短編小説、それぞれに「長編でしか表現できない世界」「短編でしか表現できない世界」がある。たとえば僕が感じているのは、短編小説は人生の酸いも甘いも噛み分けた人が「ニヤリ」とできる、ということ。限られた枚数の中で何かを切り取ってみせる、たった1行で人物を表現できる、そういう技術が求められる。
 安倍晋三という人が総理大臣になって、その人と形を伝える時に、長編だったら「祖父は岸信介、父は安倍晋太郎、父は志し半ばで逝った人で、奥さんは……」なんて長々と説明をするところ。
 ところが短編なら「安倍晋三は決まって仲のいい妻が選んでくれた明るいネクタイをしている」と1行で表現したりする。この1行だけで「安倍晋三という人にはあの世代特有のとても仲のいい奥さんがいて、その奥さんがいつも選んでくれる明るいネクタイをしていて、育ちが良くて明るい人なのか」みたいなことを伝えることができる。
 そんな文章の力を信じて追求しているのが短編作家だし、その凝縮された力こそが短編の魅力だと思う。だから短編は「人間が生きているというのはこういう事かもしれない」と深いところに触れるような力を持っている。渡辺淳一さんや浅田次郎さんは、短編のそういう部分を指して「短編のへそ」と言ったような気がする。
 日本には俳句という極限まで短い文学形式がある。その俳句でもやはり、1行で非常に多くのことを表現できる。小説も同じようなことを高いレベルでは志向していて、その凝縮が達成されたものが良い短編小説になる。それは長編ではまったく味わえない、広がりと余韻みたいなものを生み出す。その余韻が、人間が生きていることの深い部分に触れているような気にさせてくれる。

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内藤みかさん(ケータイ小説家)の

『ケータイ小説』の話

 ケータイ向けの小説を書き始めたのは3年ほど前。『小説新潮』に書いた短編が『新潮ケータイ文庫』に再録されたら、なぜか他の有名な先生方を抜いて1位になってしまった。編集さんも「どうも君の文章はケータイに向いているようだ」と言ってくれて、それからケータイ向けの連載をするようになった。
 ケータイに向いていたのは、簡単に言えば「平易な文章」ということだったのでは。ケータイは100文字程度で画面が一杯になってしまうので、必ず50文字くらいで改行を入れないと読みづらくなってしまう。私はもともと1文がとても短い作家だったので、メールに似ている部分もあって、読者さんも違和感なく受け入れられたのでは。
 普通、小説には風景の描写がある。でもケータイではなるだけそれを端折らないと、画面一杯が風景描写の文章になってしまい、読者は飽きてしまう。だから私は「お台場はイルミネーションでいっぱいだった」で風景描写を終わらせてしまう。そのあたりのテンポが普通の小説とは多少違う。
 私のホームページでは、そんな私の「ケータイ向け小説」を無料でたくさん公開している。特に小説の冒頭の10話は、必ず無料で公開するようにしている。私は女性の一人称で書くので、女性が読むと「親友から来たメール」みたいに感じるらしい。
 1話の長さは、私の場合は原稿用紙3枚、1200字程度で終わらせるようにしている。その長さはメールで送れる長さの限度とほぼ同じくらい。他の作家さんも、どんなに長くても10枚くらいだと思う。それ以上長いと、さすがにケータイでは辛そう。原稿用紙3枚といえば、読むのに掛かる時間も5分程度。みなさん、1駅の間で読んでしまう。
 ケータイだと難しい漢字は潰れて読めないので、なるべく「開く(平仮名やカタカナに変換する)」ようにしている。たとえば「薔薇」は「バラ」、「鬱」なら「ウツ」とか。普通の小説ならちゃんと漢字を使った方が格調高い感じになるけど、ケータイでそれをやってしまうと、読めない読者さんも多いので。
 そういった意味では、読者層の違いも影響している。ケータイ小説の読者層は10〜20代の女性が約8割を占める。ただ、最近は男性読者からのメールも多いので、だいぶ男性も読むようになったのかもしれない。30代のOLが通勤途中で読んでいるケースも多いし、お昼休みなどで始業までちょっとした間がある時に読む人も多いみたい。だからアクセスグラフを見ると、お昼の12時台の終わり頃に急にアクセスが増えている。
 アンケートを取ってみると、「月に1回も本屋に行かない」という人がケータイ小説をダウンロードして読んでいるケースが多い。つまり、普通の小説とは客層はまったく違う。本を読む習慣があまり無かった方々が、新しい楽しみの1つとしてケータイ小説を読んでいる。むしろ「メールで人の悩み相談を聞いている」ような感覚なのかもしれない。
 新しい読者を開拓できたという意味では、ケータイ小説をやって良かったと思う。

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高井信さん(SF作家)の

『ショートショート』の話

 短編よりも短い「ショートショート」は、ある時期を境にほとんど見かけなくなった。一説によると、それは消費税の導入がきっかけだったと言われている。カバーの付け替えがコストに合わず、ショートショートに限らず、古い作品が続々と絶版になった。その後、ショートショートがあまり書かれていないので、今は読む機会がほとんどなくなってしまった、と。
 ただ、今の子供は星新一が教科書に載っているので、けっこう知っていたりする。僕たちにとっての川端康成や芥川龍之介といった文豪たちと同じ位置付けで、子供たちは星新一のことを覚えている。それよりもちょっと上の高校生から20代くらいまでがショートショートをまったく知らない。
 ショートショートは基本的に「非常に短い短編小説」だけど、ただそれだけはない要素がある。日本でショートショートの素地を作ったのは星新一さんだったので、星新一風のものがショートショートである、みたいなイメージがあるかもしれない。
 つまりSF風であったり、ファンタジーであったり、ミステリアスな感じで、強烈なオチがあるのがショートショート。もっとも、「だからこれはショートショートだ」「いや、これは違う」なんて意見は、個人的な感覚でしかない。たとえば川端康成の『掌の小説』はすごく短いし、面白い。でも「ショートショートか?」と問われると、首をかしげざるを得ない。
 僕は「ショートショートは原稿用紙20枚まで」と定義づけている。ただ20枚はけっこう長いので、人によっては10枚というかもしれない。結局は中身の問題だと思う。
 『ショートショートの世界』という本を書くにあたっては、古本屋さんを回りまくって、半端じゃない数のショートショート集を買い集めた。それでも実は、ショートショートの本は国内で約2000冊が出版されているので、今でも手に入っていない本がある。
 その典型がモーリス・ルヴェルの『夜鳥』。昭和初期の版が古本屋で売ってはいるけど、プレミアが付いていて2〜3万円だとすぐに売り切れてしまう。相場はだいたい7〜8万円。さすがにこれには手が出ない。和田誠さんが装丁を手掛けた星新一さんの絵本『花とひみつ』は300部限定なので、モノを見かけたことさえない。
 単行本の他に、ショートショートの専門誌なら『ショートショートラウンド』と『SFワールド』の2つを集めた。その他にもいろんな雑誌の「ショートショート特集号」が出ているので、それらを目につく限り集めた。
 僕もデビューして間もない頃、『ショートショートラウンド』に2本書かせてもらった。意外な人では女優の岸田今日子さんもすごく良い小説を書いている。その後、岸田さんの小説集を読みあさった記憶がある。若い人なら、『週刊ファミ通』に連載されていた渡邊浩弐さんなどもショートショートをたくさん書いていて、それなりに面白い。

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■ 放送曲目リスト

Time Title Artist Label Number
8'16" My Favorite Things Mark Murphy Riverside OJCCD-141-2
20'27" I Love You Real Jackie & Roy KOCH KOC-CD-7927
27'20" I've Got My Eyes On You Patti Page Mercury UCCM-9037
36'37" I Could Write A Book Peggy Lee Capitol TOCJ-5342
47'02" This October The Four Freshmen Capitol 7243 4 95002


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