学生の時だから1975年頃、バルセロナへ行った。夜の9時くらいにフランクフルトから「イベリア・エクスプレス」に乗って、スイス、南フランスを経由して、朝の8時くらいにバルセロナに着いた。
バルセロナの駅を出たら、そこにはもの凄い数の客引きがいた。スケッチブックにマジックでベッドとシャワーの絵が描いてあって、値段を書いてある。その値段はだいたい800円くらい。シャワーに×が付いていると500円くらい。そんな客引きが大勢いた。
僕と友人はお金が無かったから、その中から一番安い宿に決めた。そこは朝ご飯付きで250円。もちろんシャワーは×(共同)。いったいどんなに酷い部屋なのか……と覚悟して連れて行かれたその宿は、びっくりするくらい広い部屋だった。
「もしかして、宿の人が間違えた?!ラッキー?」なんて思ったんだけど、よく見たらベッドが20台くらいある。つまり相部屋だった。その15人くらいいる相部屋の人の中に、日本人が1人いた。
彼はいわゆるバック・パッカー。モロッコから戻ってきたばかりらしく、しきりに「モロッコは良いよ!」と言う。彼が言うには「モロッコではBICのボールペン1本でラクダが3頭買えた」のだとか。こっちでは一番ありふれたBICのボールペンが、向こうでは本当に貴重なものらしい。だから、もしこっちでたくさん買い込んで行けば億万長者になれる、という話だった。
そんな話を聞いた僕と友人は、モロッコにも行くことにした。その話を信じたわけではないけど、せっかくだからちょっと足を伸ばしてみようかと。そして恥ずかしながら、一応、BICのボールペンも買って持っていった。
モロッコが好きという人は多いけど、うなずける部分は確かにあった。ただ、僕たちが着いたタンジャという街は本当に酷かった。タクシーは人をすし詰めにするし、テッドワンという街に着いたら今度は客引きに引っ張られる。とにかく酷かった。
その客引きの中に、流暢な英語を話す若者がいた。「僕は学生なんだけど、君たちも学生だろう?同じ学生のよしみで、良い宿に案内してあげるよ」と言う。しかも「学生だからお金はいらない、今度僕が日本に行った時に日本を案内してくれよ」なんて泣かせることも言うので、彼に案内してもらうことにした。
彼は迷路のような市場を抜けて、どんどん奥へ行く。途中「これはもう自分じゃ戻れないな」と思うくらい奥まで行った時に、その彼がいきなりナイフを出して、「金をよこせ」と流暢な英語で言い出した。
この時、僕は「ヤバイ」と真っ青になった。実はその時点では、まだお金をモロッコの通貨に替えていない。しかも国境の両替所でトラベラーズ・チェックを替えようとしたら「これじゃダメだ」と断られている。持っていたお金はせいぜい500円くらいのスペイン通貨だけだった。
一応、そのスペイン通貨を出してみたら「ふざけんな」と言われてしまった。そして「お金を持っていないんだ」と説明すると、彼が提案してきたのが「タバコを持ってないか?」ということだった。マルボロやキャメルといった外国タバコが非常に貴重なので、それでも良い、ということらしかった。でも僕らはそれすらも持っていなかった。
そこで彼がさらに提案してきたのが「BICのボールペンを持っていないか?」だった。僕らは喜び勇んで「それなら持ってる!」と、カバンの中からBICのボールペンを取り出した。たぶんその時、彼はBICのボールペンを1本盗ろうと思ったのだろう。そこに僕らは1ダースのボールペンを取り出した。あんなに人が驚いた顔を、その後2度と見たことがない。
僕たちはBICのボールペンでラクダは買えなかったけど、BICのボールペンで命を買った。
それから約四半世紀以上が経った今年の7月、僕はそれ以来初めてバルセロナを訪れた。泊まったホテル『マジェスティック』は5つ星のホテル。チェックインするとポーターが荷物を持って、部屋へ案内してくれた。
「こちらのお部屋でございます」と案内されたその部屋は、25年前に泊まった部屋とほぼ同じ広さの部屋に、ダブルベッドが1つしか置かれていなかった。若い頃に苦労をしておくと、大人になって良いホテルに泊まった時に、ひとしおの感慨がある。