命懸けで危険なところへ行くまぐろ船に乗る人たちは、人それぞれの事情を持っている。一度航海に出たら1年半〜2年はかかる。それだけ長い間、家族と離れて生活することになる。
僕がコックとして初めて乗り込んだ船は、最初に高知を出発して、40日くらいかけてケープタウンへ向かった。その後、まぐろは回遊しているので、それを追い掛けてオーストラリアやインド洋へ。
「吠える40度線」と言われる南緯40度のあたりは大時化。南極に近くなっていくと「墓場の50度線」と言われ、本当に危険な暴風圏に入る。そういうところで仕事をするのがまぐろ船。おそらく一番過酷な漁船だろう。
時化になると5階建てのビルのような波が来る。船なんてその上に浮かぶ木の葉のようなモノ。その5階の高さからドン!と落ちることもある。横からだって波が来る。
それで船にしがみついていたら仕事にならない。まぐろ船は「延縄(はえなわ)」と言って、縄を上げていく作業をするので、両手がふさがっている。だから腰だけでバランスを取りながら、30〜40度のローリングやピッチング、三角波が来てその上にドン!と乗る、なんて状況の中で仕事を続ける。
作業をしている船員たちには波が見えない。だから舵を取っている船長や甲板長が「危ないな」と思ったら、非常ベルを鳴らす。そのベルが聞こえたら、みんな急いで逃げて鉄柱などにしがみつく。その直後にドーン!と船が波に飲まれ、また静かになったら作業に戻る。そんなことの繰り返し。
一度縄を入れてしまうと、すべて引き上げるまで作業は止められない。その縄の長さは約150km。だいたい東京−沼津間くらいの長さがある。そこに3000本の枝縄がぶら下がっていて、イメージ的には居酒屋さんの「縄のれん」みたいな感じ。東京−沼津間という巨大なモノだけれど。
その縄を海に投入するのに5時間くらいかかる。そして一旦、船から切り離して、まぐろが掛かるのを待つ。そして「上げ縄」と言って、その縄を引き上げる。これには12〜15時間くらいかかる。まぐろが掛かっていると「いらっしゃい!」「銭や!」「客や!」なんて景気づけの歓声が上がる。
当時、南まぐろはキロ5000円くらいだった。1匹100kgとして50万円。感覚としては「札束だ!」という感じ。だから上がったまぐろの下に毛布を敷いて、傷つけないように気を配る。そしてすぐに解剖して、そのままの鮮度を保てるようマイナス60度で急速冷凍する。
そうやって、漁倉がまぐろで満杯になったら日本に帰れる。これがまぐろ漁船。