映画『日本沈没』は、最初に映画化された33年前と較べて映像技術が本当に進歩した。正直、CGがあんなにスゴイとは思っていなかった。
僕は手塚治虫さんが作った『アトム』などのアニメーションも大好きだし、いい年してディズニーの『白雪姫』や『バンビ』を喜んでいた人間。だけど実写の映画があんなにすごいCGが出てくるようになっていたとは。
今度の『日本沈没』も東宝配給なんだけど、早くDVDで出して欲しい。そして家でじっくり33年前の映画と見比べてみたい。特に気になるのが背景になっている東京の街並み。33年前は今ほどビルが立ち並んでいなかったはずだから、どれだけ変わっているか見比べたい。
33年前の映画には登場しなかったレスキュー隊みたいな人が登場するのも時代の移り変わりなのだろう。実際、インドネシアで大地震が起こったら、海自などがレスキューに行っている。そういうことをみんなが知った時代を反映させたのでは。
そういった意味では、僕などはもう75歳という年。知らない新しいことがいっぱいある。
そもそも、僕は東京大学で地球物理を教えていた竹内均先生が書いたNHKブックスの『地球の科学』という本で「大陸移動説」を知った。「そうか、地球はこんなにもダイナミックに、こんなにもロマンチックに動いているのか!」と感動して『日本沈没』を書いた。
ただ、よその国を沈没させてしまうのは具合が悪い。でも自分の国なら良いだろう、そう思って「日本沈没」にした。それを書き始めたのが64年頃。折しも時代は深海の観測やコンピュータが発達しはじめていた頃。どんどん現実の科学が発達していて、なかなか結末を決めきれなかった。
地球物理学の研究所を、出来たばかりの時に見学させてもらったこともあった。若い研究員に「日本列島の目方は何トンあるんですか?」と聞いたら「??」という顔をされ、そういう“おかしいこと”を言ってくる客を相手にする人を呼ばれてしまったけど。
日本列島を地核の上に浮いている物体だと考えると、日本列島の平均密度、面積や体積を計算することで、日本列島の重さが計算できて、日本列島を沈めるために必要なエネルギーが計算できる。その計算を僕はソロバンと計算尺と筆算でやった。
ちなみに電卓が登場したのが70年万博の頃。当時の電卓は「1桁1万円」と言われ、13桁の電卓なら約13万円という値段だった。それでもこの電卓はあっという間に普及して、『日本沈没』を書く上でも大いに役立った。
そんな感じで『日本沈没』が完成したのが73年頃。実に9年の時間が掛かった。もし電卓の普及がなかったら、もっと時間が掛かっていたかもしれない。そんな風に、時には科学の発明・発見の方が、文学よりも面白いこともある。