「団塊の世代」という言葉は堺屋太一さんが名付け親。でも「団塊」というのは「かたまり」、つまり「人数が多い世代」という意味。その事に関しては、僕たちは子供の頃から散々言われてきた。
たとえば僕は母親からは「あなた達はトラック一杯の男に女が1人しかいないようなものだから、落ちこぼれにならないように」なんて言われた。よく考えてみると、団塊の世代というのは3〜4年間くらいしかいない。だから男にとって3〜4年くらい年下の女、女にとって3〜4年くらい年上の男というのは、どっちも足りない。その結果、団塊の世代の夫婦は友達や同期の結婚が多くなったと言われている。
新聞社で資料を探すと、「団塊の世代が小学校に入学した時の入学式の写真」が必ずどこにでもある。その写真を見ると、団塊の世代の列が明らかに1列長い。それだけ当時から団塊の世代というのは注目されていた。
そしてそれだけ注目されると、マーケティングにおける格好のターゲットになる。それで小学校の低学年の時に『少年マガジン』や『少年サンデー』が創刊し、高校生の時に『平凡パンチ』や『週刊プレイボーイ』が創刊。団塊の世代をターゲットに新しい商品が開発されるのは当たり前だった。
男性ファッションやBANジャケットも団塊の世代が色気づく頃に出てきた。だから今でもアイビー・ファッションで固めている団塊の世代は少なくない。高校生くらいの時にBANジャケット、つまり石津謙介さんの薫陶を受けてしまったので、それを今でも引きずっている。男性がファッションに目を向けた最初の世代が団塊の世代とも言える。
団塊の世代が引退を始める2007年から、おそらく仕事着としてのスーツの需要は少なくなるだろう。ただその一方で、オフィシャルな気持ちで外に出たいという気持ちはあるだろうから、そういう時にバリッと決めるスーツは1着持つようになるのでは。
今までは「会社との付き合いのために」など、自分の好みとは関係のない価値観で商品を買っていたのが、自分の好みで商品を選ぶようにもなる。そういう時に強いのがメリハリのハッキリした商品。「革靴なんていらない」と言って、歩きやすいウォーキング・シューズやスニーカーにお金を使う人も増えるだろう。
昔、「毎日が日曜日」なんて言葉もあったけど、そんな生活は長続きしない。そのうち生活にメリハリを付けたくなって、NPOやボランティアに関わるなり、家の外へ出て行きたくなる。そういう時は普通のダークスーツにネクタイ締めて……じゃなくて、ちょっとオシャレなオジサンになりたくなるだろう。
僕たちが生まれた戦後のどさくさの頃の写真を見ると、まるで浮浪児みたい。着ているモノもボロボロだしつぎはぎだらけ。その頃の体験があるから、僕は手作りのセーターとかが今でも嫌い。手作りというのは貧しさの象徴で、既製服こそが高級という思いこみがある。
最近話題の「ニート」だって、働かなくても生きていけるというのは豊かさの現れだと思う。僕たちの世代でニートなんてやっていたら、飢え死にするだけだった。そういった意味では、団塊の世代は貧乏を知っている最後の世代とも言える。