いよいよドイツW杯が始まった。でも数週間ほど前、日付で言えば4/25に、ジダン選手がフランスのTV局のインタビューに答え、このW杯で現役引退することを表明した。
彼は17歳でプロとしてのキャリアをスタートさせた。そしてチームが変わるごとに彼は上手くなっていったし、所属したチームを必ず強くしてきた。それは多くのモノを多くの人に、多くのチームに与え続けてきたサッカー人生だったと言える。
そんな彼が34歳で引退を決意したのは、他の人が考える34歳とは違うからなのだろう。彼には「ジダンだから」という言葉が常について回る。それはある時「ジダンなのに」という言葉にも変わる。だから自分が思い描いているプレーが出来なくなったら、そのプレーで人を納得させることが出来なくなったら、彼はやめようと思ったのだろう。
ジダンの一番の良さはどこにあるか、現在イタリア代表監督を務めるリッピがこう言っていた。「とにかく人を使うことの上手さ、さらにチームを上昇させるために自分が犠牲になる精神、そこにジダンの一番の凄さがある」と。またプラティニはこう言っている。「彼はプリマドンナではなかった。常にフォア・ザ・チームの気持ちでチームを勝たせてきたタイプの人間だ」と。ジーコ監督も、彼の大ファンだったと言っている。「ジダンは次の世代にいろんなモノを手渡してあげられるプレイヤーだから、まだやれるはずだし、彼のプレーをもっと見たかった」と。
サッカーというスポーツは、1人でフィールドを走るのは不可能な競技。必ず相手の選手がマークに付いて邪魔をする。ところがジダンの一番良い時は、目の前に誰も居ないかのようなスペースを創り出す魔法のような力を持っていた。そして磁石のS極とN極がボールと彼の足に入っているかのように、ピタッと足にボールが付いていた。
「マルセイユ・ルーレット」という技も有名だった。足の裏を使ってボールをコントロールしながら、クルリと体を反転させてマーカーを振り切るテクニック。素晴らしい選手は皆、オリジナルの技を持っているけど、ジダンにとってはこのマルセイユ・ルーレットがその技だった。
往年のレアル・マドリッドの名選手で、現在は名誉会長を務めるディステファーノという人は、ジダンをこう表現している。「彼はフィールドの中で絹の靴をはいてプレーしているようだ」と。またある選手は、たしかプラティニだったと思うけど、こうも言っている。「彼は最高のパサーであり、最高のドリブラーであり、最高のボール・コントローラーである」と。
ジダンはあたかもバレエ・ダンサーのようなプレイヤーだった。ボールをコントロールする時は地球の重力を観客に意識させ、宙を舞って空中さえも自在に使う。印象的だったのはチャンピオンズ・リーグの決勝戦で、レバークーゼンというチームと戦った試合での出来事。ロベルト・カルロスが「なんとかして」と言わんばかりのフワッとした20mくらいのパスを、ゴール前にいたジダンに送った。するとジダンはそのボールを素晴らしいボレー・シュートでゴールに叩き込んだ。あのシーンを見た時の鳥肌の立つような興奮は今でも忘れられない。
そんな風に、普段はチームのためにプレーしながら、いざという時は自分で決めることもできるのがジダンという選手。だからこそ若い頃から「プラティニの後継者」と呼ばれた。今回のW杯で引退してしまうジダンのプレーは、絶対に見逃せない。