プロの作詞家として本格的に仕事をするようになったのは『ランナウェイ』から。
あの曲は“ラジカセのCMソング”になることが最初から決まっていて、CMの映像もすでに出来上がっていた。かわいい金髪の男の子が大きなラジカセを担いでアメリカ縦断鉄道に乗り込む、という映像だった。
『ブルーシャトー』などで知られる作曲家の井上大輔(当時は忠夫)さんによるメロディもすでにあって、それで30秒のCMと1分のCMを作らなくてはいけない。こんな条件で「言葉を埋めて欲しい」という依頼で『ランナウェイ』の作詞をした。
「お前を連れて」という歌詞はデル・シャノンの『悲しき街角』という曲のイメージで、この曲の原題が『RUNAWAY』。つまり、この歌詞の根底にはアメリカのイメージがある。「連れて」いくのは恋人とラジカセ。でもCMに登場するのは子供だから……ということを考えながら作った。
それをシャネルズ(後のラッツ&スター)が歌ってCMが放送されたら、すごい評判になって「これをデビュー曲に」という話に。本来はCMのために長くて1分で良かったはずなのに、いきなりフルサイズの2コーラス半を作ることになってしまった。しかも期限は1週間。これには頭を抱えた。
でも私は鈴木雅之さんの声が大好きだったし、ドゥ・ワップも面白いと思っていた。それで「60年代のアメリカ」を、私の中にある記憶やテイストから盛り込んで完成したのが『ランナウェイ』だった。
そういった記憶の断片というのは作詞をする上では大切で、中森明菜さんの『ラ・ボエーム』なら、六本木や飯倉片町に昔あった「ガスライト」みたいなナイトクラブのイメージが明確にある。そんな風に私にとっては、作詞をする上では「色と匂いとドラマ」が大事。
ちなみに昔の作家は歌詞が先だったけど、『ランナウェイ』から後は99%メロディが先。そして、この人が歌います、季節はいつです、屋内にして下さい、などの注文が付く。時には「キスまでにして下さい」なんて注文もある。まるでオートクチュールみたいだけど。
『ランナウェイ』以降も、ラッツ&スターとの繋がりは続いたけど、それは『ランナウェイ』の時に井上大輔さんが「やっぱり50〜60年代のアメリカの匂いなら湯川さんじゃない?」って言って下さったからだと思う。
このあいだ亡くなったフランツ・フリーデルの『Do You Know』という歌も私が作詞していて、その曲の作曲をしていたのが小田啓義さんというブルーコメッツの人だった。私のデビュー曲になったエミー・ジャクソンの『涙の太陽』も『Do You Know』と同じディレクターが担当していて、そんな縁があって井上大輔さんから声を掛けてもらっていた。
そして『ランナウェイ』から25年。ラッツ&スターのフロントで顔を黒く塗ってバスを担当していた佐藤(善雄)くんがプロデューサーになってゴスペラーズを育てた。そこで25周年を遊んでみようか、という企画で『GOSPE★RATS(ゴスペラッツ)』というグループを結成してしまった。聞いた話によると、ゴスペラーズも顔を黒塗りしようか……というくらいノっているらしい。さらに大滝詠一さんも後見人みたいな形で加わって、遊び心いっぱいのアルバムに仕上がっている。
このアルバムの中に、井上大輔さんが作った新曲が2曲入っている。7年前に大ちゃんは亡くなってしまったけど、たぶん『街角トワイライト』や『ハリケーン』を作っていた頃の曲だと思う。当時のハツラツとした声でメロディを「ラララ…」で歌っているテープを渡された。それに私が歌詞をつけたのが『まさか赤坂Show Time』と『Valentine Kiss〜永遠の誓い〜』の2曲。
『まさか赤坂 Show Time』は60年代の赤坂近辺、まだラテン・クォーターなんていうナイトクラブがあった頃の匂いや遊びをイメージしている。夜中、あっちの大ちゃんに心の中で電話を掛けながら「これでいいかなぁ?どう思う?」なんて聞きながら作った。だから街角でゴスペラッツの看板を見ると「大ちゃん、ここにもいるよ」とそっと呟いている。
その昔、大ちゃんは本当にオシャレな人で、70年代にはもうロングのファーコートを着ていたと思う。髪を少し長くして、ビートルズの時代から活躍していた人だった。そんなオシャレな大ちゃんが、私の中にはずっといる。