SUNTORY SATURDAY WAITING BAR
2006年5月27日の放送

この日の放送曲目リスト/過去の放送内容リスト

「作詞」

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 つい口ずさんでしまう「歌」。自分の車でいつも聞く「歌」。カラオケで必ず歌う「歌」。なぜか急に思い出して、頭の中で同じフレーズがグルグルと回り続ける「歌」。歌は私たちを時には励まし、時には慰め、時には勇気づけてくれます。
 そんな素晴らしい歌詞を創り出す作詞家の方が、お客さまとして当店にいらっしゃることがございます。今週はそんなお客さま達が話して下さった、作詞にまつわる奥の深いお話や、名曲にまつわる興味深いお話を、ここで少しだけご紹介させていただきましょう。


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湯川れい子さん(音楽評論家/作詞家)の

『ランナウェイ』の話

 プロの作詞家として本格的に仕事をするようになったのは『ランナウェイ』から。
 あの曲は“ラジカセのCMソング”になることが最初から決まっていて、CMの映像もすでに出来上がっていた。かわいい金髪の男の子が大きなラジカセを担いでアメリカ縦断鉄道に乗り込む、という映像だった。
 『ブルーシャトー』などで知られる作曲家の井上大輔(当時は忠夫)さんによるメロディもすでにあって、それで30秒のCMと1分のCMを作らなくてはいけない。こんな条件で「言葉を埋めて欲しい」という依頼で『ランナウェイ』の作詞をした。
 「お前を連れて」という歌詞はデル・シャノンの『悲しき街角』という曲のイメージで、この曲の原題が『RUNAWAY』。つまり、この歌詞の根底にはアメリカのイメージがある。「連れて」いくのは恋人とラジカセ。でもCMに登場するのは子供だから……ということを考えながら作った。
 それをシャネルズ(後のラッツ&スター)が歌ってCMが放送されたら、すごい評判になって「これをデビュー曲に」という話に。本来はCMのために長くて1分で良かったはずなのに、いきなりフルサイズの2コーラス半を作ることになってしまった。しかも期限は1週間。これには頭を抱えた。
 でも私は鈴木雅之さんの声が大好きだったし、ドゥ・ワップも面白いと思っていた。それで「60年代のアメリカ」を、私の中にある記憶やテイストから盛り込んで完成したのが『ランナウェイ』だった。
 そういった記憶の断片というのは作詞をする上では大切で、中森明菜さんの『ラ・ボエーム』なら、六本木や飯倉片町に昔あった「ガスライト」みたいなナイトクラブのイメージが明確にある。そんな風に私にとっては、作詞をする上では「色と匂いとドラマ」が大事。
 ちなみに昔の作家は歌詞が先だったけど、『ランナウェイ』から後は99%メロディが先。そして、この人が歌います、季節はいつです、屋内にして下さい、などの注文が付く。時には「キスまでにして下さい」なんて注文もある。まるでオートクチュールみたいだけど。
 『ランナウェイ』以降も、ラッツ&スターとの繋がりは続いたけど、それは『ランナウェイ』の時に井上大輔さんが「やっぱり50〜60年代のアメリカの匂いなら湯川さんじゃない?」って言って下さったからだと思う。
 このあいだ亡くなったフランツ・フリーデルの『Do You Know』という歌も私が作詞していて、その曲の作曲をしていたのが小田啓義さんというブルーコメッツの人だった。私のデビュー曲になったエミー・ジャクソンの『涙の太陽』も『Do You Know』と同じディレクターが担当していて、そんな縁があって井上大輔さんから声を掛けてもらっていた。
 そして『ランナウェイ』から25年。ラッツ&スターのフロントで顔を黒く塗ってバスを担当していた佐藤(善雄)くんがプロデューサーになってゴスペラーズを育てた。そこで25周年を遊んでみようか、という企画で『GOSPE★RATS(ゴスペラッツ)』というグループを結成してしまった。聞いた話によると、ゴスペラーズも顔を黒塗りしようか……というくらいノっているらしい。さらに大滝詠一さんも後見人みたいな形で加わって、遊び心いっぱいのアルバムに仕上がっている。
 このアルバムの中に、井上大輔さんが作った新曲が2曲入っている。7年前に大ちゃんは亡くなってしまったけど、たぶん『街角トワイライト』や『ハリケーン』を作っていた頃の曲だと思う。当時のハツラツとした声でメロディを「ラララ…」で歌っているテープを渡された。それに私が歌詞をつけたのが『まさか赤坂Show Time』と『Valentine Kiss〜永遠の誓い〜』の2曲。
 『まさか赤坂 Show Time』は60年代の赤坂近辺、まだラテン・クォーターなんていうナイトクラブがあった頃の匂いや遊びをイメージしている。夜中、あっちの大ちゃんに心の中で電話を掛けながら「これでいいかなぁ?どう思う?」なんて聞きながら作った。だから街角でゴスペラッツの看板を見ると「大ちゃん、ここにもいるよ」とそっと呟いている。
 その昔、大ちゃんは本当にオシャレな人で、70年代にはもうロングのファーコートを着ていたと思う。髪を少し長くして、ビートルズの時代から活躍していた人だった。そんなオシャレな大ちゃんが、私の中にはずっといる。

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松本隆さん(作詞家)の

『作詞のコツ』の話

 たぶん、どんな職業にもコツはある。でもそのコツに縛られると、どんどん自分で飽きてしまうし、コツだけで作ったモノは得てして良くない。僕もせっぱ詰まるとコツで作ってしまうけど、後になって後悔する。
 歌詞と普通の文章の違いは、韻文と散文の違いと言っていい。そして韻文と散文は正反対のモノ。韻文は引き算で、要らないモノをどんどん削っていく。反対に散文は足し算で、1行書いたらまた1行と発展していく。足し算と引き算、まったく正反対の作業だけど、僕の理想は足して引いて、両方の要素を持っていること。すごく難しいことだけど。
 僕は平面的なモノの見方が嫌いで、昔の多くの歌詞は花鳥風月を美しいと褒め称えていたり、失恋したから悲しくて泣いていたりとか、そんな単純なものばかりなのが不満だった。もちろんそれでも同情で泣けるんだけど、そこからどうやって立ち直るかとか、凹んでもそれでも「生きたい」と思ったり、人を傷つけてしまったけど傷つけた方も痛かったりとか、人間はもっと複雑な生き物だと思う。そういう複雑な人間をリアルに描きたい。
 でもそれを歌うのがアイドルだと、人間的にまだ成熟していないので、あまり複雑なことは歌えない。だからサビの部分はインパクトのある言葉を使って、フレッシュさで押してしまったりする。しかも長さは2分半という制約があった。僕が歌謡界に入ったばかりの頃はそんな仕事ばかりしていた。
 でも2分半と言われても、どうせラジオは1コーラスしか掛けてくれないし、テレビだってめったにフルコーラスは歌わせてくれない。だからその制約からまず壊そうと思った。アイドルだって、そんなに単純な人間じゃない。もうちょっと複雑なことを歌わせてみたら、意外と良かった。そういうことに、叩かれるのを承知で挑んだ。
 アップテンポでリズムがチャキチャキしたものしかA面にならなかったのも、「バラードだって歌えるはずだ」と言って太田裕美に挑戦させたりもした。今でもそうだけど、音楽業界は何かが売れるとその2番煎じ3番煎じばかりをやる。でもその裏側にこそヒットがあると僕は思う。
 桑名正博の『セクシャルバイオレットNo.1』という曲は、化粧品会社のCMソングになることが決まっていた。そのため、コピーライターの作ったキャンペーンのタイトルをそのまま曲名にする、という注文も付いていた。「いまどきセクシャルでバイオレットか……」と頭を抱えた上に、「No.1ってどういう意味ですか?」と聞いてみたところ「カネボウがそれまで1位を取ったことがなかったから、今度こそは1位を取りたいという願いを込めて」と。これには参った。
 とりあえず「セクシャルバイオレットNo.1」という言葉が最後の方にさり気なく登場する感じで作ってみたんだけど、どうにも良くない。ディレクターはそれで良いと言うけど、僕はどうしても気に入らなくて、筒美京平さんに電話をして「作り直さない?」と持ちかけた。
 そこで「ダサイから隠してオシャレにしようとするのがさらにダサイ、いっそダサイまま連呼した方が面白いのでは」と発想の転換をしてみところ、それがかなりうまく行った。ダサイものは隠しちゃダメ。むしろ前に堂々と押し出せば格好良く見える。

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森雪之丞さん(作詞家)の

『日本語と歌』の話

 「8ビートや16ビートに乗らない」と言われていた日本語だったけど、ラップがこれだけ作られるようになったのは、日本語の詞が進化したのだろう。
 70年代からロックをやっている桑田佳祐にしても、同じ頃から仕事をしていた僕ら作詞家にしても、「どう日本語を乗せていくか」を前例がない中でそれぞれが考えながら自分たちで作り上げてきた。「♪そうね、だいたいね〜」なんて、何を言っているかよくわからないけど、ノリは良い。そんなところから始まって、今ならヒップホップの「ライム」と言われる「韻」も、「♪四六時中も好きと言って〜夢の中へ連れて行って〜」の「って〜」で桑田佳祐がやっている。
 これは何気ないことだけど、実は本当にすごいこと。それを聞いた若い連中が「それが当たり前」と思うようになって、そういう連中が作ったのがヒップホップのラップ。そんな風に日本語は進化してきたし、段階を経て新しい時代になっている。
 僕はグループサウンズの人たちがスタッフサイドに回った頃から作詞の仕事をしているけど、その頃から「メロ先(曲が先にあって、後から歌詞をつける)」が行われていたから、その方がやりやすい。曲が先にないと、自由がありすぎて少々困る。ある程度絞られたところに置かれた方が自分としては力を発揮しやすい。
 ロック、ポップスに限らず、俳句や和歌などの「歌」と呼ばれるものは総じて、文字数で縛られてきた。その縛りがあるからこそ、その中にどれだけのモノを注ぎ込むかという手法が発達してきた。たとえて言うならジオラマのようなもの。たった五七五の言葉が宇宙になる。それが「歌」の魅力。
 ロックやポップスも、先にメロディがあるので、文字数は決められている。そこに文字をはめていく作業は俳句や和歌に近い。それこそが「歌」というモノ。先に歌詞があって、そこに合わせてメロディを作っていた時期があった(ときどき今でも行われている)けど、それも「何かにはめ込んでいく」という作業が「歌」の大きな一面なのでは。
 先日出た『Words of 雪之丞』というコンピレーション・アルバムには、CHEMISTRYから柴咲コウさん、つじあやのさん、大黒摩季さんなど、そうそうたる面々が参加してくれた。『君たちキゥイ・パパイア・マンゴーだね』のBONNIE PINK版なんて、ちょっとそそられると思う。
 このアルバムの中で斉藤和義さんが歌っている『天使の遺言』は、早川義夫さんに託した詞。早川義夫さんに託せたから書けた詞、とも言える。早川さんは僕が中学生の時からジャックスで活躍していて、僕にとっては体と心をグラングランにされるくらいのスーパーヒーローだった。その早川さんに「森さんの詞で歌いたいんだけど」と依頼された時は、モノを作る喜びを心から感じられた。
 どんな仕事にもその喜びはあると思うけど、音楽を作る、モノを作るというのは、そんなことが起きるからスゴイ。

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永六輔さん(放送タレント)の

『作詞家・永六輔』の話

 もともと作詞に関しては『日曜娯楽版』という番組の中でやっていた。三木鶏郎さんの才能だと思うんだけど、短いメロディでテンポが良くて、誰でも覚えやすいCMソングのようだった。
 とはいえ、中村八大さんに勧められて本格的に作詞をするとなった時には、方法論も何もない状態からの手探りだった。だからこそ、自分で言うのもおこがましいけど、後に小室等などに言われた「永さんのおかげで、七五調の詞じゃなくて、日常の言葉で歌えばいいんだと勇気づけられた」という表現ができたのだろう。
 それまで歌詞といえば七五調が当たり前だった。だから「こんにちは、赤ちゃん、私がママよ」なんて歌詞はそれまで全くなかった。この歌詞が生まれたのは、中村八大さんの曲が先にあったから。特に八大さんの場合はジャズ・プレーヤーだったので、いつも曲が先。ちなみに『見上げてごらん夜の星を』のいずみたくさんの場合は、組合運動出身なので歌詞が先にないと曲がつけられなかった。僕はこの2人しか知らないので、ちょうどバランスが良かった。
 『上を向いて歩こう』は不思議な曲で、メジャーとマイナーのコードが入り交じっている。前半の「♪上を向いて歩こう〜」の部分はメジャーだけど、後半の「♪幸せは空の上に〜」の部分はマイナー。その2つが1つの曲に収まっているから耳に残る。八大さんはこういう芸当ができる人だった。
 だから若い作曲家に八大さんは尊敬されている。「なにか新しいことをしようとすると、すでに八大さんがやっている」ということが多い。一方、いずみたくさんは組合運動でアコーディオンを持ってトラックの上に立って歌っていた人。キレイなメロディラインで、覚えてもらうことが最優先。もちろんそれはそれで大事なことだと思う。
 『黒い花びら』は60年安保の最中の曲。60年安保で嫌になっちゃって『遠くへ行きたい』。そして70年安保が近くなってきて、どうにもならないと思って『上を向いて歩こう』。僕の中の60〜70年代の記憶は、ぜんぶ歌にくっついている。
 中村八大さんと仕事をするようになったのは、『トリス・ジャズゲーム』という番組を通じて。トリスのCMもずいぶん書いたので、八大さんが「作詞しない?」と声を掛けてくれるようになった。そして八大さんは早稲田の2年先輩。当時、大学の後輩といえば軍隊みたいなもので「できません」とは言えないから、否応なく引き受けざるを得ない。でもそのおかげで良い仕事ができた。
 今でも可笑しいんだけど、中村八大さんやいずみたくさんとのコンビで次々にヒット曲が出ている時に、フォークの連中が出てきて、僕は「もう作詞するのはやめます」と2人のところに挨拶に行った。そこで「もったいないから続けてくれよ」と引き留めてくれれば恩着せがましく続けられたのに、2人は「あ、そう、お疲れさま」とアッサリしたものだった。それで作詞の世界からスパッと足を洗うことになった。

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■ 放送曲目リスト

Time Title Artist Label Number
9'42" まさか赤坂 Show Time GOSPE☆RATS EPIC ESCL-2814
22'56" セクシャルバイオレット NO.1 桑名正博 SMEJ SRCL-4701
36'18" 天使の遺言 斉藤和義 VICTOR VICL-61869
47'19" 上を向いて歩こう 坂本九 TOSHIBA EMI TOCT-8560


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