SUNTORY SATURDAY WAITING BAR
2006年3月11日の放送

この日の放送曲目リスト/過去の放送内容リスト

「モーツァルト」

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 今年はモーツァルトの生誕250周年にあたり、さまざまなイベントやコンサートが開催されるんだそうです。普段、めったにクラシックを聞く機会のない私のような人間でも、たまにはモーツァルトを聞いてみようか……なんて気にさせられます。
 と言ってもモーツァルトのことなんて、映画『アマデウス』くらいでしか知りません。ここは1つ、当店のお客さまのお話から「モーツァルト」に関するお話をご紹介して、モーツァルトについて勉強させていただきます。


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高嶋ちさ子さん(ヴァイオリニスト)の

『モーツァルトの難しさ』の話

 モーツァルトはソナタやコンチェルトなど、ヴァイオリンの曲もたくさん書いている。モーツァルトによるヴァイオリンの曲は、本人がちゃんとヴァイオリンが弾ける人だったので、指の運びなどにもそんなに無理はない。しかも当時はまだヴァイオリンの技巧が発達していなかったので、単純明快な曲が多い。
 だからモーツァルトの曲を楽譜の通りに弾くのは簡単。だけど世界中の人がモーツァルトに対して「天真爛漫で可愛らしい曲」というイメージを持っているので、それに近づけるのが非常に難しい。
 モーツァルトの曲を音符の通りに弾くと「バカ」みたいに聞こえる。私も一度だけそれをやって成功したけど、その場合は「完璧な基礎」が要求されるので、それはそれで大変だった。
 まず「バカみたいに天真爛漫に弾く」には、明るくてキレイな音じゃなきゃいけない。でも結局それは、純粋な心を持っているようなふりをした音。「純真な心で……」と言われても、私を含めて手遅れな人は多いから、そこは「ふり」をするしかない。
 そこで「ここの音をビブラートかけなければ、明るくて天真爛漫な音が出るんじゃないか」なんて研究し尽くして、一生懸命練習する。ところが、そうやって計算し尽くして出した音は、やっぱり「あ、勉強してきたな」という風に聞こえてしまう。天真爛漫には聞こえない。
 それでも研究し尽くして練習し尽くして、何も考えないでも楽しく弾ける……と思えるようになった瞬間、やっとモーツァルトになりきった「バカみたいに天真爛漫な音」が出せる。「バカみたいな天真爛漫な音」というのはそういう難しい演奏。
 だからこれをやる人はほとんどいない。「モーツァルト・イヤーとか言って、本当に迷惑だよね」とみんな言っている。私もいくつか頼まれているけど、どうやって逃げようかと悩んでいるくらい。モーツァルトを弾くと全部バレてしまうので。
 たとえば、ものすごい巨匠になっているような人でも、いま弾いているモーツァルトよりも、子供の頃に弾いていたモーツァルトの方が圧倒的に良い、なんてこともある。技術的には子供でも弾けてしまうような、本当に簡単な曲。でもそれを大人になって小細工するようになると、弾けなくなってしまう。

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片桐卓也さん(音楽ジャーナリスト)の

『“フィガロの結婚”と“ドン・ジョヴァンニ”』の話

 オペラ『フィガロの結婚』は名曲のオンパレード。見に行ったらどの曲でも覚えて帰ってこれる。
 諸説あるけど、ウィーンで初演された時は貴族が見に来ていたらしい。でも現代のミュージカルと同じで、ヒット作だったので各地で公演が行われた。そしてプラハで上演された時に市民の間で大ヒットして、街中の人が「もう飛ぶまいぞこの蝶々」を口ずさみながら歩いていたほどらしい。
 それでモーツァルトはプラハに招待されて「プラハのためにもう1曲オペラを書きませんか?」と依頼された。それでモーツァルトが書いたのが『ドン・ジョヴァンニ』だった。
 『ドン・ジョヴァンニ』は中世ヨーロッパの伝説に基づいたお話で、主人公は女と見れば誰でも口説いてしまうような人物。でも本当に女を選ばない姿勢はなかなかすごい。その主人公に誘われた女性や実際に契りを結んでしまった女性がたくさん登場して、ドタバタと主人公を追いつめる。
 結局、ドン・ジョヴァンニは地獄へ落とされて、その他の登場人物たちは最後に「あんな人がいなくなって本当に良かった」と歌う。つまりもともと「たとえ貴族でも酷いことをしていると地獄に落とされるぞ」という教訓を込められた劇だったのが、気付いてみたらこんな面白いオペラに……という作品。
 このオペラがあまりに面白かったために、19世紀には「モーツァルトと言えばドン・ジョヴァンニ」と考えられていたほどだった。それがいつしか「モーツァルト=ドン・ジョヴァンニ」みたいなイメージに繋がって「モーツァルトは好色で金遣いの荒い人だった」という考えが定着した。
 実際にはそんなことはなく、モーツァルトは非常に真面目な人だったらしい。そしてアイデアが次から次へと湧いてくる人で、頭の中でいきなり曲の完成形が浮かぶ人だったとか。後はそれを楽譜に書くだけなんだけど、それがアイデアのスピードに追いつかない。そのため、モーツァルトはアイデアをメモで書き付けて、ちゃんと出版する時にだけ楽譜に書いていた。
 だからモーツァルトは未完の作品が非常に多いし、無くなってしまった作品も多いと言われている。現在残されているモーツァルトの作品は全部で約650曲。もしかしたらもっと多くの名曲があったのかもしれない。

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樋口裕一さん(作家)の

『モーツァルトの哀しみ』の話

 日本でモーツァルトの人気が高いのには主に2つの理由によると考えている。
 1つは単純に「音楽そのものが凄い」から。ベートーベンなどは「人間性を描こう」みたいな思想性が音楽の根底にあるけど、モーツァルトは「音楽そのもの」にしか興味がない。だから美しいメロディが次から次に出てきて、それをしっかりとした構成にして、楽器の使い方も信じられないほど上手い。常に驚きの連続で、「天才」としか言いようがない。
 ちなみにモーツァルトが世に出てきたのは5歳の時。神童として知られ、8歳の時にはもう1人前の作曲家、10歳ぐらいの頃に最初の交響曲を書いている。この最初の交響曲も大人が書いた曲と較べてなんら遜色のない、立派な曲に仕上がっている。
 もう1つの理由は、ちょっと邪道かもしれないけど、僕はモーツァルトの曲に「哀しみ」を感じるから。モーツァルトには短調の曲がいくつかあって、たとえば『交響曲40番ト短調』や『弦楽五重奏ト短調』、『ピアノ協奏曲』の20番と24番などを聞くと「モーツァルトはこんなに哀しかったのか」と感じてしまう。おそらく子供の頃、猿回しの猿のように見せ物として連れ回され、家族の愛に飢えていた部分が「普通の人になりたい」という天才ゆえの哀しみに繋がっているのだろう。
 さらにモーツァルトが20〜30代の頃の今も名曲として知られている多くの曲は、就職先を探すため貴族にアピールする曲だった。モーツァルトはザルツブルグ司教とうまく行かなくてパトロンになってくれる貴族を探していたけど、結局見つからなかった。それもモーツァルトの哀しさがあるかもしれない。短調の曲に限らず、長調の曲にさえ奥底に哀しみを湛えている。だからすべての曲がすばらしい。
 レオポルドという父親にスパルタ教育を受けたのもモーツァルトの哀しみの1つかもしれない。そんな「モーツァルトの哀しみ」に気をつけて聞くと、一見明るいけれど哀しみに溢れた曲が数多くある。

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ダリオ・ポニッスィさん(オペラ演出家)の

『モーツァルトとイタリア・オペラ』の話

 モーツァルトのオペラは、クラシックの世界の人のオペラという感じ。でもモーツァルトが変革者だったから、モーツァルトがいなければベートーベンもブラームスもいなかったと思う。
 ロッシーニもモーツァルトの事が大好きだった。時々、ロッシーニのオペラにはモーツァルトのメロディがちょっとだけ登場するあたりに、ロッシーニのモーツァルト好きが窺われる。
 そんな風に、モーツァルトがイタリア・オペラに及ぼした影響は非常に大きい。そしてまたモーツァルトも、イタリアに来た折りにオペラのいろんなことを勉強した。モーツァルトはイタリアから学んだことを発展させて、またイタリアに還元したとも言える。その業績は素晴らしい。
 モーツァルトは3回イタリアに来ている。3回とも子供の頃で、「こんな面白いことができるのか」と驚いたのだろう。それを裏付ける手紙も残っていて、その手紙には「私が一番やりたいのはオペラ」と書いている。
 一番最初のイタリア旅行は遊びに来たらしい。その時にボローニャ、ナポリ、ローマを巡って、いろんな先生に会ってオペラのことを勉強した。そしてそのすぐ後の2回目のイタリア旅行で、早くもミラノで2つのオペラを作曲している。子供とはいえ、そこは天才モーツァルト。
 その後、イタリアとミラノに憧れていろんなオペラを作曲したモーツァルトだけど、今でも上演される有名なオペラと言えば『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』の3つ。
 イタリア・オペラとモーツァルトのオペラが違うのは、オーケストラの使い方やメロディ、それから19世紀に入るとロマンティシズムが始まるので歌い方も変わっている。たとえばモーツァルトの曲は今から考えるとかなり規則正しいテンポなんだけど、ヴェルディやプッチーニになると歌うのが難しいくらいテンポが変わる。
 ベルディは「ドラマティックに話すように」という言葉をよく手紙などに使っていて、セリフを言うような曲を好んでいた。これはイタリアそのものが演劇の国で、道を歩いていても演劇のような雰囲気だから育つセンスなのだろう。
 その点、モーツァルトのオペラはある程度一定したテンポで歌いやすいとも言えるけど、逆にそのテンポをちゃんと守らないとモーツァルトの計算が成り立たず、その良さが伝わらないという難しさがある。

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井上芳雄さん(俳優)の

『ミュージカル“モーツァルト”』の話

 僕がミュージカル『モーツァルト』で演じたモーツァルトは、衣装も含めて1人だけ現代的なモーツァルトだった。穴の空いたジーパンや革ジャンを着て、「当時としては最先端の流行音楽家」としてのモーツァルト。
 破天荒で、無邪気で、天才という運命を与えられてしまった1人の青年、という設定なので、モーツァルトは「お酒を飲んだり、女の子と戯れたり、家族と過ごしたり、自分の人生を楽しみたい」と思う。でも才能があるばかりに音楽を作らなきゃ行けないし、それを邪魔するモノと戦わなくてはいけない。そんな葛藤の物語。
 モーツァルトは生涯旅をした人で、僕もその後を辿ってみたくてザルツブルグとウィーンなどに行ってきた。舞台で演じる背景となる土地に行くのは好きだし、やっぱり役作りの上で非常に参考になるから。そういった街へ行くと「ここにモーツァルトが住んでました」とか「ここでモーツァルトが演奏しました」みたいな目印がたくさんあって、今もモーツァルトが息づいている感じがした。
 モーツァルトが生まれた家もちゃんと残っているし、住んでいたアパートも残っている。そのアパートは今でも現役で、他の部屋には普通に人が住んでいたりする。劇場に至っては、モーツァルトがヨーロッパ中を旅した人だったので「ここでモーツァルトが演奏した」という劇場は至る所に残っている。
 ザルツブルグはオーストリアの首都ウィーンから2時間くらいの場所にある。小さな町だけど、「ザルツ」が「塩」を意味する通り岩塩が採れて非常に裕福で、昔から劇場でもなんでもあったらしい。ただ、やっぱり小さな町なので、モーツァルトはそれが嫌で大きな街へ行きたかったのだとか。
 「この部屋でモーツァルトが生まれました」と聞くと、僕もゾクッと感じるところがあった。「天才を演じる」と言われると何が何だかわからないけど、やっぱり1人の人間だと思えば開き直れる。そんなことを向こうへ行って考えた。

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■ 放送曲目リスト

Time Title Artist Label Number
7'59" ピアノ協奏曲第21番第2楽章 高嶋ちさ子 Columbia COCQ-84066
18'56" 歌劇「フィガロの結婚」K486 序曲 ズービン・メータ指揮 ロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団 Polydor POCL-4047
30'44" 交響曲第40番ト短調 K550 第1楽章 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 Polydor POCL-4047
42'14" 歌劇「魔笛」より パパゲーノのアリア ニコラウス・アーノンクール指揮 チューリッヒ歌劇場管弦楽団/バリトン:アントン・シャリンガー Teldec 0630-13810-9
48'23" レクイエムより クァム・オリム・アブラーエ(オッフェトリウムより) The Swingle Singers Virgin TOCE-8538


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