最近、秋葉原の風景が変わった。もともと中央通りにはたくさんの電気店があったけど、その背後から空をえぐるようにビルが立ち上がってきている。しかもデザインやスケールが既存の街並みとは全然違うので、その風景がまさに今後の秋葉原が取って行くであろう“二重構造”を象徴しているような気がしている。
都が秋葉原ITセンターを建てようとしている敷地には、神田青果市場という大きな市場があった。それが90年代に入る直前に大田区へ移転して、その後10年以上はスケートボーダーの遊び場として解放されていた。でもさすがにもっと有効利用しなきゃいけないという突き上げがあって、民間に売却されることに。そこにはビルが建てられることになり、その内の一部(秋葉原ダイビル)がこの春オープンした。
最近は「インキュベーター」という言葉が流行っていて、良いアイデアや特許は持っているけど資金に問題があって成長できない、という新興の企業にオフィススペースを貸す、というような機能がそのITセンターには求められている。だから商業スペースは余りなく、今のところは電気店やオタク系のお店が入ったりもしていない。
ITセンターと従来の秋葉原は対立関係にある。それは趣味・嗜好の対立。
そもそも秋葉原になぜオタクが集まってきたのかを考えると、オタクの街になる前、秋葉原は「家電の街」だった。ところがバブルの崩壊と共に家電市場を郊外のお店に奪われて、「家族みんなで秋葉原へ行って家電を買う」という認識がなくなってしまった。
そこで家電製品店はやむを得ず主力商品をパソコンへ移さざるをえなくなった。1990年当時と言えば、まだWindowsもインターネットもまったく普及していなかった時代。だからその当時、パソコンを使っている人といえば、プロか、趣味としてパソコンを愛好する人だけだった。悪い言い方をすれば、人と付き合っているよりはパソコンと向き合っていた方が良いという人々が秋葉原に集まった。
もちろんそれよりも以前からラジオ少年のような人も秋葉原にいたけれど、あくまで主力商品は家電であって、その狭間に彼らがいる、という状態だった。それがバブルの崩壊によって完全に逆転した、ということ。
なにが秋葉原に無かったか、を考えると秋葉原がオタクの街になっていった理由が見えてくる。たとえばブティックが無い。ファッショナブルな飲食店も無い。これが渋谷や池袋にはそういうお店がたくさんある。オタクが何かを買いにそういう街へ行くと、周り中には自分たちを蔑むように着飾ったカップルがひしめき、ガラス張りのブティックからも見下ろしてくる。
でも、秋葉原なら駅に降り立った瞬間から、自分たちを蔑むタイプのカルチャーがない。だからオタクにとって居心地の良い都市空間が出来上がっていった。
そこで今度のITセンターが秋葉原にどんな影響を与えるかを考えると、いくつかの可能性がある。その1つは、ほとんど被害妄想だけど、高層マンションが建ち並び、ガラス張りの建物の上から金持ちが美女をはべらせて見下ろしてくる、と言うモノ。オタクにとって秋葉原の居心地が悪くなり、オタクがいなくなってしまう。
もちろん逆のパターンも考えられる。ITセンターが建つ前から東京にはオフィススペースが余りまくっているので、今でこそITセンターのスペースが埋まっているけど、じきに立ちゆかなくなり、当初は入れるつもりのなかったオタク系の企業やお店が入ってくるかもしれない。そうなったらガラス張りのビルの外壁は美少女のポスターで覆い尽くされるかもしれない。
さらに3番目の可能性もある。政府が「市場としてのオタク文化」に注目すると、オタク文化のうわずみの部分をエスタブリッシュなものにしようと権威付けするかもしれない。そこでITセンター側でオタク文化のうわずみの部分を採用していき、中央通りにはまだ採用されない前衛的なオタク文化が集中する、という都市構造になり、その構造がオタク文化の流れを象徴するようになるかもしれない。
今後、秋葉原がどのようになっていくのかは非常に興味深い。