SUNTORY SATURDAY WAITING BAR
2005年9月3日の放送

この日の放送曲目リスト/過去の放送内容リスト

「ビバ!秋葉原」

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 家電、パソコン、そしてゲームとアニメの街、秋葉原。時代と共に中心となる文化は変わりつつも、常に“独特な街”として秋葉原はその存在を知られてきました。
 その秋葉原に今年の4月、通称“ITセンター”と呼ばれるオフィス・ビルの一角がオープン。また9月16日には、ヨドバシカメラのオープンも控えています。これからも秋葉原は時代と共にその姿を変えていきそうです。
 今日はそんな秋葉原にお詳しいお客さまのお話を、ここでご紹介させていただきます。秋葉原の本当の姿と未来が見えてくるかもしれません。


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中川翔子さん(タレント)の

『憧れの秋葉原』の話

 子供の頃から中野ブロードウェイには通い詰めていた。今も時間が空けばあそこの「まんだらけ」へ行く。この間も45冊の漫画を買ってきたばかり。重すぎて袋が破れたほど。
 その中野ブロードウェイは秋葉原の縮小版のような場所。だけど17歳の頃、初めて秋葉原に行った時は衝撃的だった。大好きなファミコンやスーパーファミコンの古いレアなゲームがいっぱい置いてあるし、どこを探しても見つからないレアなゲームの攻略本が普通に売っている。フィギュア屋をのぞくだけでもどんどん時間が過ぎていった。
 それはミス・マガジンになった後。今でも仕事で秋葉原へ行けるたびに嬉しくなる。ヒョイとゲーム屋をのぞいてみたりもしている。
 いつも行くお店は『ゲーム・ハリウッド』。それから仕事で知ったのが『ガチャポン会館』。ここは100円玉が何百個あっても足りなくなる。アキバはけっこう子供が来ちゃ行けない風景があるというか、大の大人が血眼になって人形をコンプリートしようと大量の100円玉を握りしめたりしている。
 ガシャボン会館の2階はコスプレ専門店『コスパ』。ここはマニアックなコスプレもちゃんと揃えている。それから同じビルには最近流行りの「レンタルボックス」のお店もあるんだけど、秋葉原だけにかなりマニアックなモノが並んでいる。
 秋葉原にいると本当に飽きない。全部回ろうと思ったら1日じゃ足りないから、遊園地に行くより充実してるかも。秋葉原は不思議な大人の遊園地だと思う。私もまだまだ、アキバの一部も知らないのだろうと思う。
 私が念願のDVDを出した時、アキバでイベントをやった。そうしたら隣ですごく好きなアイドルが歌を歌っていたので、見に行きたくて仕方がなくて、自分のイベントどころじゃなかった。
 アイドルが好きな人、二次元が好きな人、いろんな人にとってアキバは聖地。

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森川嘉一郎さん(桑沢デザイン研究所特別任用教授)

『これからの秋葉原』の話

 最近、秋葉原の風景が変わった。もともと中央通りにはたくさんの電気店があったけど、その背後から空をえぐるようにビルが立ち上がってきている。しかもデザインやスケールが既存の街並みとは全然違うので、その風景がまさに今後の秋葉原が取って行くであろう“二重構造”を象徴しているような気がしている。
 都が秋葉原ITセンターを建てようとしている敷地には、神田青果市場という大きな市場があった。それが90年代に入る直前に大田区へ移転して、その後10年以上はスケートボーダーの遊び場として解放されていた。でもさすがにもっと有効利用しなきゃいけないという突き上げがあって、民間に売却されることに。そこにはビルが建てられることになり、その内の一部(秋葉原ダイビル)がこの春オープンした。
 最近は「インキュベーター」という言葉が流行っていて、良いアイデアや特許は持っているけど資金に問題があって成長できない、という新興の企業にオフィススペースを貸す、というような機能がそのITセンターには求められている。だから商業スペースは余りなく、今のところは電気店やオタク系のお店が入ったりもしていない。
 ITセンターと従来の秋葉原は対立関係にある。それは趣味・嗜好の対立。
 そもそも秋葉原になぜオタクが集まってきたのかを考えると、オタクの街になる前、秋葉原は「家電の街」だった。ところがバブルの崩壊と共に家電市場を郊外のお店に奪われて、「家族みんなで秋葉原へ行って家電を買う」という認識がなくなってしまった。
 そこで家電製品店はやむを得ず主力商品をパソコンへ移さざるをえなくなった。1990年当時と言えば、まだWindowsもインターネットもまったく普及していなかった時代。だからその当時、パソコンを使っている人といえば、プロか、趣味としてパソコンを愛好する人だけだった。悪い言い方をすれば、人と付き合っているよりはパソコンと向き合っていた方が良いという人々が秋葉原に集まった。
 もちろんそれよりも以前からラジオ少年のような人も秋葉原にいたけれど、あくまで主力商品は家電であって、その狭間に彼らがいる、という状態だった。それがバブルの崩壊によって完全に逆転した、ということ。
 なにが秋葉原に無かったか、を考えると秋葉原がオタクの街になっていった理由が見えてくる。たとえばブティックが無い。ファッショナブルな飲食店も無い。これが渋谷や池袋にはそういうお店がたくさんある。オタクが何かを買いにそういう街へ行くと、周り中には自分たちを蔑むように着飾ったカップルがひしめき、ガラス張りのブティックからも見下ろしてくる。
 でも、秋葉原なら駅に降り立った瞬間から、自分たちを蔑むタイプのカルチャーがない。だからオタクにとって居心地の良い都市空間が出来上がっていった。
 そこで今度のITセンターが秋葉原にどんな影響を与えるかを考えると、いくつかの可能性がある。その1つは、ほとんど被害妄想だけど、高層マンションが建ち並び、ガラス張りの建物の上から金持ちが美女をはべらせて見下ろしてくる、と言うモノ。オタクにとって秋葉原の居心地が悪くなり、オタクがいなくなってしまう。
 もちろん逆のパターンも考えられる。ITセンターが建つ前から東京にはオフィススペースが余りまくっているので、今でこそITセンターのスペースが埋まっているけど、じきに立ちゆかなくなり、当初は入れるつもりのなかったオタク系の企業やお店が入ってくるかもしれない。そうなったらガラス張りのビルの外壁は美少女のポスターで覆い尽くされるかもしれない。
 さらに3番目の可能性もある。政府が「市場としてのオタク文化」に注目すると、オタク文化のうわずみの部分をエスタブリッシュなものにしようと権威付けするかもしれない。そこでITセンター側でオタク文化のうわずみの部分を採用していき、中央通りにはまだ採用されない前衛的なオタク文化が集中する、という都市構造になり、その構造がオタク文化の流れを象徴するようになるかもしれない。
 今後、秋葉原がどのようになっていくのかは非常に興味深い。

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菅建彦さん(交通博物館館長)の

『交通博物館と旧万世橋駅』の話

 先週、ついに「つくばエクスプレス」が開通。これから秋葉原も人の流れがずいぶん変わっていくのでは。駅も使いやすいように改善され、新しいビルも建った。最近ではスマートな飲食店もずいぶん増え、若い女性も増えてきたらしい。
 実は来年、秋葉原の交通博物館はなくなってしまう。というのも国鉄時代から「引っ越ししよう」という話があって、それがやっと実現することになったから。2007年秋には大宮に新しい交通博物館ができるので、その引っ越しのために、今の交通博物館は来年のゴールデンウィークで閉めることになった。
 今の交通博物館は良い場所にあって大勢の方に親しんでもらっているけど、いかんせん鉄道の車両は大きい。どうしても今の場所では手狭になってしまう。新幹線も頭の部分しか展示できていないし、実物が丸ごと置いてある車両で一番新しいモノが「C57」という蒸気機関車になってしまっている。この車両は昭和15年に作られたものだから、私と同い年。それより新しい車両がないというのはさすがに良くない。
 日本の鉄道が本当の意味で世界のトップクラスと肩を並べるようになったのは、新幹線ができてから。今までは日本の鉄道が本当に力を付けてからの車両をまったく展示できていなかった。だから引っ越しもやむを得なかったと思う。
 秋葉原地区の鉄道を昔にさかのぼると、一番最初に秋葉原へ来た鉄道は、当時は私鉄だった「日本鉄道」だった。この鉄道会社は東北線や高崎線を運営していて、貨物を運ぶために水運との連絡が必要になり、秋葉原を流れる神田川に面した貨物駅を作った。これが明治23年の出来事。
 その後、中央線がお茶の水から伸びてきて、万世橋駅が中央線の始発駅だった時代がある。この万世橋駅ができたのが明治45年だった。東京駅ができる2年前の出来事。
 万世橋の駅前の交差点は、市内電車が十字に交差する場所でもあった。交差点には日露戦争の英雄、広瀬武夫中佐の銅像もあったりして、東京でも一番賑やかな交差点の1つだった。ところが関東大震災の後の都市計画で、今の中央通りと靖国通りが元々の位置よりはズレた場所で交差することになり、それが今の須田町交差点になった。
 万世橋駅が無くなったのは昭和18年。そして同じ頃、京浜東北線に新子安という駅が誕生している。ところが当時、戦争中だったから材料が足りなかった。そこで諸先輩から語り継がれている伝説では、軍事的に重要だった新子安駅を作るために万世橋駅を潰して持っていった……と言われている。
 もっとも、旧万世橋駅は秋葉原、お茶の水、神田とあまりにも近くに駅があったので「これは無くてもいいだろう」と言われたとしても無理はなかった。

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小波津正光さんと比嘉崇さん(ぽってかすー/タレント)

『萌えの街、秋葉原』の話

 小波津はまったく秋葉原に縁がないけど、比嘉は休みさえあれば秋葉原に通っている。でも別にマニアというわけじゃなくて、秋葉原という街が純粋に好きだから。
 もともと秋葉原は電気街だったんだけど、ここ7〜8年で急にアニメ・グッズなどの店が多くなった。興味のない人は「何が良いのかまったくわからない」と言うけど、それがたまらなく愛おしい。
 秋葉原へ行くと1日中ずっといる。電気街口を降りたら、まず深呼吸。秋葉原の空気を吸う。そして左側のラジオ会館へ向かう。ここはアキバ系にとっての109みたいな場所。2階の「コトブキヤ」というガレージキットショップ、4階の「K-BOOKS」というアニメの本や同人誌も扱っている書店、この辺を流す。
 時にはガチャガチャを楽しんだりする。でもたぶん、比嘉がやっているガチャガチャと普通の人がやっているガチャガチャは、出てくるモノが全然違う。たとえば「ケロロ軍曹」とか。これはケロロ星から地球を侵略しに来ているカエル型の宇宙人キャラクター。
 そんな感じで3〜4時間もお店をブラついて、疲れたらメイドカフェへ。メイドカフェは名前のイメージとは全然違って、いやらしさのまったくないお店。だから女性のお客さんも多い。ようするに普通の喫茶店なので、料金も普通。ただ、店員さんのユニフォームがメイド服というだけ。
 店員さんにはカワイイ人もいれば、そうでもない人もいる。でもそこは脳内補完で「カワイイと思う」ことが可能。お店に入ると「お帰りなさいませ、ご主人様」と迎えてくれて、出て行く時には「いってらっしゃいませ、ご主人様」と。それを聞くと「股来るよ!」と思ってしまう。
 この間、すごくイイお店を見つけた。そのメイドカフェは店員さんがドジっ娘。コーヒーを運んできた娘がつまずいてコーヒーを僕にかけてしまおうものなら、心の中でガッツポーズが出る。女の子がドジをすればするほど、僕らは“萌え”る。さらにその娘が「すみませんでしたー!」と言いながら、慌ててお盆を落っことそうものなら、さらに“2萌え”。
 普通、そういうことをすると問題になりそうなものだけど、メイドカフェのドジっ娘は話が別。他のテーブルの人も孫を見るお祖父ちゃんのような温かい微笑みを浮かべて「ウンウン」とうなずいている。
 というわけで比嘉はメイド萌え。他にもメガネ萌え、ネコミミ萌え、プニ属性、いろんな人がいる。メイドカフェだけじゃなくてメイド居酒屋もできたので、お酒が好きな人もぜひ。

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松田信行さん(ソフマップ)の

『電気街』の話

 18歳の頃に「ラオックス」でアルバイトを始めたのがこの世界に入った最初だった。その後、制作プロダクションに入ったけど、音楽の仕事をやる上でマックをずっと使っていた。そうこうしている内にソフマップに誘われて、95年から働くようになった。
 95年といえばWindows95の発売の年。まさにパソコン業界が爆発しようとしていた年だった。しかもその1年前にはラオックスが“ザ・コン”こと「ザ・コンピューター館」をオープンさせて、もう秋葉原はパソコンの街に変わったんだなという実感があった。
 当時、Windows95が発売されたのが11月23日。深夜0時から販売をして、行列ができて、花火が上がった。パソコン(ソフト)を買うのにあんなに盛り上がったのは、他に記憶がない。
 今は行列を作るお客さんといえば「萌え」系。オタクという言葉が一般的になってきたのが90年代の後半くらいからだと思うけど、その頃はほとんどオタク=萌え系だった。だからウチは昔から萌え系の商品を扱っていた。
 そういうお客さんにとって、本当に欲しいのは萌え系のソフトそのものよりも、オマケのテレカだったりポスターだったりする。同じソフトはどこでも扱っているけど、ソフマップのオマケにはこの場面が描かれている、他のお店はまた違う場面が……という風に違ったりするので、同じ商品をいろんなお店で買っていく。そしてそれを部屋に飾る。
 ウチではTシャツも作ったし、お茶碗も作った。そのお茶碗には5万くらいのプレミアが付いたらしい。みなさん、知的レベルはすごく高くて、商品知識はすごくある。その行き着いた先がああいう世界だったのでは。
 そんな風に「変わった」と言われた秋葉原だけど、またダイビルができて、つくばエクスプレスも開通して、9月16日にはヨドバシカメラができる。ヨドバシカメラができる場所は、いわゆる電気街とは駅を挟んだ反対側。いままでは問屋街だったり飲み屋が多かったり、あまり賑やかな場所ではなかった。ヨドバシカメラができることで、少しお客さんの流れが変わるかもしれない。
 もちろん、既存のお店はヨドバシカメラのオープンに向けて対策を練っているはず。値段の面では、ヨドバシさんはポイント制度が特徴的。でも秋葉原は中古もあるし、新品も実売価格の値引きで、という街だった。さらに萌え系、ソフトも……ということで、9〜10月の秋葉原は熱くなりそう。最終的には値段の勝負なので、お買い物をするならこの時期は絶対に得なはず。

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放送曲目リスト

Time Title Artist Label Number
7'39" Nevertheless Patti Page Mercury UCCM-9037
18'53" It's So Nice To Have A Man Around The House Peggy Lee Capitol 7243 4 96729 2 5
25'24" On The Atchison, Topeka & The Santa Fe The Four Freshmen Capitol CDP 7243 8 32566 2 4
36'13" On Green Dolphin Street The George Shearing Quintet With Nancy Wilson Capitol CDP 7 991902
45'25" Too Darn Hot Mel Torme Verve POCJ-9149


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