南半球のワインは収穫期が2〜4月くらい。ちょうど端境期なので、もっと「ヌーヴォー」みたいなワインを売り出せば、市場性があるのではないかと思っている。
収穫が6ヶ月ずれているので、同じ「20××年」というラベルが貼られていても、北半球のワインよりも南半球のワインの方が少しだけ熟成期間が長い。さらに果実味に寄っていて熟成が速いという南半球のワインのスタイルもあって、北半球と南半球のワインを飲み比べる時は、同じ年のヴィンテージよりも北半球の方を1年前にした方が似ていると言われる。
実は、南半球のワインは非常に歴史が古くて、場所によっては北半球よりも古いかもしれない。たとえば世界でもっとも有名で、誰もが欲しいと思ったワインの1つに「コンスタンシア」というワインがある。これは南アフリカで作られたワインで、ナポレオンがセントヘレナ島に幽閉されている時に、このワインを南アフリカから取り寄せいていた、という逸話がある。この「コンスタンシア」が初めて作られたのは1685年。シャンパンはまだ発泡酒ではなく普通の白ワインだったし、ボルドーのワインはロゼだった。そんな時代に「世界最高」と言われたのは南半球の甘口ワインだった。
オーストラリアもワインの歴史は古い。かつてオーストラリアとニュージーランドの宗主国はイギリスだった。そして幸運にも、その宗主国はワインを作っていない上に、ワインの大消費国だった。
ボルドーのワインを発展させたのもイギリス人だったし、ポルトガルのポートワインを作ったのもイギリス人。だから今でもポートワインの生産者は「テイラー」「クロフト」なんてイギリス人の名前が多い。同様にシェリーもイギリス人。イギリスは産業革命でお金があったので、わざわざワイン作りに適していない自国でワインを作るよりも、他から交易した方がメリットがあると考えていた。
それで白羽の矢が立ったのが植民地支配していたオーストラリアとニュージーランドだった。だから今でもオーストラリアワインの輸出先としてNo.1なのはイギリス。イギリスの側から見ても、一昨年くらい前についにオーストラリアワインがフランスワインを抜いて輸入量No.1になった。そこには「自分たちの国のワイン」という感覚が現在でも強く残っているからだとか。
逆に世界第3位のワイン生産国、スペインに統治されていたチリやアルゼンチンのワインは不遇をかこった。スペイン本国だけでもワイン生産が多すぎて余っていたので、政府が一番安いワインを買い上げて、燃料としてアルコールを抽出していたほど。そんなスペインが宗主国だったので、チリやアルゼンチンのワインはずっと国内市場に頼るしかなかった。
しかし80年代に国内のワイン消費量が落ちこんで、まずチリが「ワインを輸出しよう」と思い付いた。そこで輸出向けに果実味に寄ったフルーティなワインを作れる業者をカルフォルニアから呼んで、輸出用の作った。これがチリワインの成功に繋がる。アルゼンチンは少しその動きが遅れて、最近やっと芽が出てきているところ。
そんな感じで、世界的にはワインは供給過多。統計では、2004年に世界が生産したワインの量と消費したワインの量を較べると、日本の消費量の100年分にあたるようなワインが残ってしまっている。だからブラジルではワインを蒸留して作ったアルコールで車が走っている。