今は「生」が流行りで、目の前で貝を剥いて洗いもしないでつける、なんて寿司屋があったりする。
たしかに生で食べる貝はけっこうある。赤貝、アワビ、平貝、最近ならホタテ貝。青柳なんかも生で食べさせる店がある。ウチあたりは青柳は加工するけど。
そもそも、昔は本当に生のタネなんて寿司にはなかった。昔と言っても、せいぜい戦前までという程度のお話。その頃は酢で締めたり、醤油に漬けたり、なにかしらの加工をしていた。それがいつしか生が流行るようになって「動くと鮮度が良い」なんて風潮になった。
自分が修行した頃は、まだちゃんと加工のやり方を勉強した。赤貝なんかも酢で洗った。今、赤貝をまな板の上でピョンと叩く店もあるけど、あれは「こんなに活きがいいんですよ」というデモンストレーション。でもあれは生きてるんじゃなくて、赤貝は叩くとキュッと締まる性質なだけ。たしかにそれで歯ごたえは多少良くなるかもしれないけど、貝そのものは良くなくなる。
私もたまによその店に食べに行くけど、赤貝を叩いている内にピタッとまな板について動かなくなるくらい叩いて、それをまな板からはがして寿司につけたりする。さすがに「それはよせよ」と言いたくなる。
久保田万太郎さんという作家の先生は江戸っ子中の江戸っ子で「赤貝で亡くなられた」と言われるほど。赤貝には縁に柔らかいヘラヘラの部分があって、剥いたばかりの時はそこに「ぬめり」がある。酢で洗ってこのぬめりを取って、お寿司につけて出す。これが本当のやり方。
そうやって出された寿司は「お、良い格好だな」なんて言いながらちょっと見てから食べてほしい。時には「今日の握りの型はちょっと腰抜けてねぇかよ?」なんて言ってみたり。それで食べて「おお、美味いな」なんて言われたら、私なんかは嬉しくなる。
誰とは言わないけど、偉い評論家なんかに言わせると「握ったらすぐ食べるのが寿司」らしい。そんなにすぐ食べたいのなら、わざわざ置いたりしないで、握ったらそのまま口に放り込んでもいいけど。
昔、寿司屋では夏場は貝を売ってはいけなかった。とは言ってもアサリの味噌汁は年中あるものだし、潮干狩りで獲ってきた貝を店に持ち込んで食べる、なんてこともあったと思う。だから決まりというより、そういう習慣だった。
アワビが夏なのは、一年中アワビを食べていると海にいなくなってしまうからでは。だから解禁日なども決められているのだろう。アワビを獲って良いのは5〜10月の間だけ。それ以外の時期のアワビは、あらかじめ獲ってきたアワビを生け簀で生かしておいたモノ。だから美味しくなくなってしまう。
アワビも生で出すようになったのは戦後。その前は煮貝と言って、アワビは煮ていた。ただし生と煮るアワビはちょっと種類が違う。そもそも生のアワビは寿司ダネじゃない。生のアワビがご飯と合うワケがない。と言いつつ、ウチでも生のアワビは出しているけど。