小学校5年生の時に林家三平を見たくて、友達と2人で新宿末廣亭に行った。どこにあるかもわからなくて、右往左往しながら見つけて中に入ったら、三平が出てきて「坊ちゃん、そこに座って」といきなり弄られた。小学生が2人で寄席にいるなんて珍しいから目についたのだろう。
生で見る三平は本当におもしろくて、何度も寄席に通った。すると三平以外にも変なおじいさんが次から次へと出てきて、おもしろい話をする。それが今にして思うと志ん生だったり文楽だったり圓生だったりした。だから目と耳だけは本当に肥えている。
ドラマ『タイガー&ドラゴン』で演じた役は宮藤官九郎が俺に当て書きで書いた、俺そのものの役。だからアドリブっぽい台詞も全部台本に書いてあった。俺に台詞を言わせるのが彼の夢、みたいな感じ。
実は俺は宮藤官九郎が子供の時から知っている。もともとオールナイトニッポンにいつもハガキを送ってきていて、中学高校の頃からしょっちゅう俺のところに来ていた。そういう人間はけっこう多くて、ナンシー関、さくらももこなんかもそんな感じ。みんな弟子の弟子、みたいな感じ。
そして3年前に「いつか落語を書いてくれ」と宮藤官九郎に言ったら、彼はああいう形で約束を守ってくれた。だから稽古の時は勝手に台詞を変えていたけど、本番は台本のままの台詞をちゃんと言った。それが親子の情、みたいなもの。
もしその台詞がアドリブのように聞こえたとしたら、それが「腕」。昔の「アチャラカ喜劇」もちゃんと台本があって、アドリブのようでも稽古をした上での演技だった。もっとも三木のり平先生などはその稽古があった上で、さらにアドリブでふざけていたけど。そのさり気なさの極めつけが志ん生。みんな裏じゃいろんな事を勉強している。でもそれをさり気なくやるのが一番格好良い。
噺家の技術というのは、その時点で一番上手い人が歴史上もっとも上手い人だと思う。江戸から明治にかけて「落語の神様」と呼ばれた三遊亭円朝という人がいたけど、今の昇太くんの方が上のはず。それは野球で昔の川上よりもイチローの方が絶対に上なのと同じ。大事なのは「今の現役のプレーヤー」。
だから俺は志ん朝、談志はずっと最強だと思っているし、今は昇太くんの落語が一番おもしろい。三平さんの100万倍おもしろい。それがライブ(生きている芸)というもの。クレイジーキャッツよりもドリフターズ、ドリフターズよりもひょうきん族、その後もダウンタウン、今の若手芸人ブーム、その時その時で一番おもしろいものが歴史上一番おもしろい。
笑いは時代の一番先端にあるもの。涙に流行はないけど、笑いは常に流行があって、常に時代の先端にいる。三平が「坊ちゃん、そこに座って」と高座から客席に話しかけるのも当時は新鮮だった。立ち上がって、アコーディオンを連れて、袴をめくって草履を客席に飛ばす、なんて革新的なことをした。それまではラジオしかなかったけど、テレビが現れてそういう笑いが求められた。コント55号や北野武も、みんなそういった革命児。
その一方でちゃんと伝統を継承する人もいるのが落語の奥深さ。寄席に行けば、そんないろんな人が出てきて客を楽しませてくれる。文化というものにはそんな多様性も大事だと思う。