日本のパンはアメリカのパン。でも実は、アメリカのパンとヨーロッパのパンは違う。
アメリカのパンはいわゆる食パン。ふかふかに膨らんでいて、とても柔らかい。アメリカでは「ワンダー・ブレッド」と呼ばれているらしい。一応、ヨーロッパにも食パンはあって、型に入れて焼くパンを「パンドミ」と呼んでいる。
日本でパンが普及したのは、戦後、アメリカが小麦を売り込むための政策を敷いたから。だから食パン、コッペパン、学校給食のパンから普及していった。
ヨーロッパの人にインタビューをしたら、日本へ来てパンを食べると「甘いパン」にビックリするらしい。向こうの人にとってはパンは食事の時に食べるものなので、砂糖が入っているパンは変化球。無いワケじゃないけど、日本みたいに種類が多くない。こんなに菓子パンが多い国は、日本の他に無いのでは。
もちろんブリオッシュ、クロワッサン、デニッシュ・ペストリーみたいなものはある。でも日本のアンパンみたいに、何かを包んで中にいろんなモノが入っている、というスタイルの菓子パンはそんなにない。
フランスで言えば「ブーランジュリー&パティスリー(パン屋とお菓子屋)」という形になっていて、砂糖もバターも卵も使っていないモノはパン職人の仕事、それらを使うモノはパティシエの仕事、という風に仕事が分かれていた。最近はイースト菌を使ったモノはパン職人の仕事になってきて、クロワッサンなんかもパン職人が作るようになってきたらしい。
クロワッサンみたいにバターをたっぷり使うパンは、その昔は高嶺の花で、庶民が食べられるものではなかった。だからパン職人の作る「パン」の範疇に入っていなかったのでは。
ヨーロッパの人は豆を甘くするのもダメなので、アンパンが特にダメらしい。さらに言葉の問題で、中に何が入っているかわからない。だから買って、家に帰って、切ってみてビックリする。「甘くちゃ晩御飯にならないじゃない!」みたいな。
パンが日本に伝わったのは鉄砲と同時。種子島に着いたヨーロッパ人が伝えた。その後、鎖国していた時代は長崎の出島でしか作られていなかったけど、横浜が開港した時に外国人向けにパンを作る人が出てきた。ところがそのパンはなかなか日本の一般人には受け入れられず、木村屋のアンパンが最初のヒットだったらしい。
ちなみに横浜で最初に作られていたパンがフランスパンだったのは、当時の幕府がフランス寄りだったから。でもその後、明治政府がイギリス寄りになってイギリスパンが中心に。そして戦後はアメリカ。政府がどこに付いているかでパン文化も左右されるというのは面白い。