1990年にメトロポリタン美術館でファッション・ショーをした。でも当時は、そんなことは考えることさえおこがましいという感覚だった。
もちろん前例はない。しかも何の紹介もない。それでも受付にいってボランティアのおばさんに「ここでファッションショーできないかしら?」とお願いしに行った。
するとおばさんは「ちょっとお待ち下さい」と言って、キュレーターのところへ相談に行く。そしてなかなか帰ってこない。「これは忘れられたかな?」と思った頃に帰ってきて「お返事は2週間待って下さい」と言われた。
正直、やれたら良いし、やれなくてもダメもと、ぐらいの感覚があった。でもアメリカではその「とりあえず言ってみよう」という感覚が良いみたい。
そして2週間後に返事が来た。「貸し会場ではないので審査をします」という内容だった。さらに2週間が過ぎた頃に「OK」の返事がもらえた。どうやら“産業”なモノではだめで、“アート”だったら良いという基準だったらしい。
ショー全体は、まずオーディトリアム・ホールでショーをやって、デンドゥール神殿でディナーをする、という構想だった。その構想自体はOKだったけど、条件は山ほど付けられた。
まず使用料は“寄付”という形。寄付だから値段はいくらでも良い。一応、東京やパリでショーをやるときに掛かる金額を寄付することにした。
大変だったのはセキュリティ。保険屋さんは全部降りられた。だからとにかくセキュリティにお金を掛けて、何百人もの私服ガードマンに警備してもらった。
ディナーもすべてアートにしなくてはならない。そこで赤と黒の太極というテーマにして、漆器を日本から600kgも持っていった。さらに前日には盛りつけまですべてリハーサル。
そんなこんなで、とにかく手間が掛かった。でもその苦労は報われて、ショーは大成功。「あんな素晴らしいことは夢にも思わなかった」なんてFAXを山ほどもらった。
コネも根回しもなにもしなかったのは、向こうが「良いものは良い、ダメだったらしょうがない」とハッキリしているから。だから遠回しにやる必要はない。直接の方が早い。