今だって、じれったくなるとカバンだって持つし、楽器だって動かす。たしかに付き人もいるけど、もたもたしているのを見ると体が動いてしまう。
渡辺プロダクションができる前の音楽業界は、興行師と言われる人が取り仕切っていた。でも渡邊晋は近代的な仕事の仕組みの中で音楽産業を成り立たせたいと考えて、会社を作った。だから、ある時期から大卒の人たちを採用するようにした。その第一期が今の諸岡(義明/現渡辺プロダクション専務)さんなど。
アミューズの大里(洋吉/会長)さん、ハンズオンの菊地(哲榮/社長)さん、スペースシャワーの中井(猛/社長)さんなどもナベプロ出身。それだけ渡邊晋は“人を育てる”ということに一生懸命だった。
ジャニーズ事務所のジャニー喜多川さんも、一時期ナベプロに居たことがある。当時はウチでよく楽しく一緒に遊んだけど、あの人は本当に才能がある。帝劇でやっているミュージカル『SHOCK』はジャニーさん直々の電話で招待してくれたんだけど、大スペクタクルな構成、上手な役者、どれも驚かされた。そして何より、それが興行として成功しているのが嬉しい。
昔も一生懸命作っていたけど、どうしても実を付けるのに必死な部分がどうしてもあった。張り子の虎にはしなかったけど、ある時期、張り子の虎が揃ったこともあった。
売れっ子のスターになると、朝から晩まで1日が24時間じゃ足りないくらい忙しくなる時期がある。その時期をどう乗り越えるかで、10年選手になれるかどうかが決まる。言ってみれば、売れっ子のスターになるというのは1つの通過点に過ぎない。
無名だった頃は誰も見向きもしなかったのに、売れっ子になるといろんな人が群がってくる。そうやって寄ってきた人はチヤホヤするだけで、悪いことは何も言わない。最初は「よろしくお願いします」と頭を下げていたタレントも、いつしか鼻が高くなってしまう。これは誰にでもあることだから、仕方がないのだけれど、この時期をどう乗り越えるかが一番大事。
こんな話は、今の青木さやかさんとか波田陽区クンみたいに、一番売れている時期に言ってもピンと来ないと思う。でもあの人たちならちゃんと乗り越えられると思うし、乗り越えて欲しいと期待している。