■ 南野修一さん(ギャガ・コミュニケーションズ)の
- 『華氏911』の話
映画『華氏911』の日本公開初日にスタッフ一同がビックリしたのは、非常に幅広い年齢層のお客さんが来てくれたこと。政治色の強い作品だからもっと年齢層が高いだろうと予想していた。
同じマイケル・ムーア監督の『ボウリング・フォー・コロンバイン』はサブカル感が強かく、音楽の使い方なども非常に上手かったので、若い人たちに「この映画を見ることがオシャレ」とドキュメンタリー映画にしては珍しい評価を受けた。
ところが今回の『華氏911』に関しては、前評判として“「911事件」をベースに「ブッシュはすごくアホ、打倒ブッシュ!」という内容”だという情報がガツンとあった。だからこちらがどんなに「そんなに難しい映画じゃなくて、笑えて泣ける映画です」って宣伝しても、出ていく記事はことごとく「この作品が意味するところは?」「これがブッシュ打倒につながるのでは?」なんて硬い記事ばかりばかりだった。
それで「若者を弾いてしまうかも……」という不安を抱えながら迎えた初日、劇場をのぞいてみたら、若いカップルからお年寄りまで1組ごとに顔ぶれがまったく違っていたから驚いた。
ちなみにこの映画、あの井筒監督には徹底的にけなされた。その場に立ち会っていたけど、もう本当にケチョンケチョン。ただ、この映画に関して言えば、賛否両論があってしかるべきで、逆に賛否両論があることによって盛り上がっていく映画なので、その意見もまたありがたい意見の1つ。
でも普通の映画だと、そうもいかない。宣伝のために、雑誌で映画コーナーを持っている編集者やライターを試写へ来てもらって、作品をご覧いただく。それは当然、雑誌で「この映画はこんなに素晴らしい!」と書いてもらうためなんだけど、時にはそこで「いや〜、ありえないね〜、2時間返して欲しいね〜」なんて言われて、頭を抱えることもある。
そうなったら、もう宣伝マンの領域を越えていると言えなくもないんだけど、そこから頑張る人も中には居る。その編集者が女性誌の人だったら「でも主演の男の子、格好良かったですよね?次回作も決まっていて、ハリウッドでは期待の若手スターなんですよ〜」なんて。すると「ああ、同じ時期に公開する別の映画にも格好良い若手の男の子が出ていたし、次のコーナーは“イケメン特集”で行こうかな」という話になったりする。そこに情報が載って、少しでも間口を広げることが宣伝マンの使命。
そういうわけで、映画の宣伝マンは試写室の出口が勝負。
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■ 宮嵜広司さん(「Cut」編集長)の
- 『お薦めのドキュメンタリー映画』の話
もうすぐ公開されるドキュメンタリー映画『フォッグ・オブ・ウォー』はお薦め。これは非常にオーソドックスなドキュメンタリー映画で、マクナマラ元米国防長官というホワイトハウスの中枢にいた人の告白を中心に、第二次世界大戦からベトナム戦争までの真実を描く。
当時、マクナマラは「ベトナムにどうやって侵攻していくか」「キューバ危機をどうやって回避するか」という判断を下していったのだけど、今になって映画の中で彼は「ちょっと失敗だった」と回想する。
マクナマラの回想と、当時の記録映像を交えて見せるこの作品は、『華氏911』と真逆な、まさにドキュメンタリー政治映画の王道。これはお薦め。
一方で、一人の映画青年がワン・アイデアで作った突撃ドキュメンタリーも公開される。その映画のタイトルは『スーパー・サイズ・ミー』。大チェーン・ハンバーガー・ショップに1ヶ月通って、毎日ハンバーガーを食べ続ける映画。
ただ食べ続けるだけじゃなくて、そこにはいくつかのルールがある。たとえば「ご一緒にこの飲み物はいかがですか?」「このサイドオーダーはいかがですか?」と誘われたら、絶対に断らない。その生活を1ヶ月続けて、体がどうなったのかお医者さんに診断してもらう。
本当のワン・アイデアの映画なんだけど、考えさせられる部分もあって、なかなか面白い。
ちょっと前の映画なんだけど、『アトミック・カフェ』というドキュメンタリー映画もお薦め。マイケル・ムーアはこの映画を見てドキュメンタリー映画を作ろうと思ったらしい。
ちなみに2人は意気投合して一緒に仕事をするようになったんだけど、実はこの映画の監督はブッシュ大統領の従兄弟だった。マイケル・ムーアは本人からそう言われて、ただの冗談だと思っていたらしい。ところがブッシュが大統領になって、その就任式の後ろにどうも見覚えのあるヤツがいる。よくよく見ると、本当にその監督だった……という逸話がある。
『アトミック・カフェ』はニュース映像をつなげながら、核問題を面白可笑しく描いた映画。日本ではかなり昔に特殊上映みたいな形で公開されたことはあるらしいけど、今回初めて日本で一般上映されることになった。ちょっと注目の映画になると思う。
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■ 森達也さん(ドキュメンタリー映画作家)の
- 『ドキュメンタリーの魅力』の話
本当はドラマを作りたかったんだけど、入った会社がドキュメンタリーの会社だった。そんな勘違いがスタートだったので、特に「ドキュメンタリーをやろう!」みたいな意気込みはなかった。ドキュメンタリーよりもフィクションの方が好きだったし、小川紳介なんて名前も知らなかったし。見たことがあるのは原(一男)さんの映画ぐらいだったと思う。
だから最初は「つまらなさそうだけど、仕事だからしょうがないな」と。それで行ったのが香港ロケだった。女性タレントを使った情報番組だったんだけど、その女性タレントがあまりに世間知らずで、ロケの最中になんと“九龍城”の中にスタスタ入っていってしまった。当時、九龍城と言えば「絶対に入っちゃいけない危険な魔の巣窟」というのが相場だったから、スタッフ一同慌てたのなんの。急いでその女性タレントを連れ戻しに九龍城へ入ったら、そこで意外にも普通の生活が営まれていて、学校や歯医者まであった。
その時に「ああ、ドキュメンタリーを撮ってるから入れたんだな」と。現地のコーディネーターは真っ青になって大騒ぎしているし、観光客なら絶対に入れなかったと思う。そんなことがあって、副次的なことではあるけれど「ドキュメンタリーをやっていれば普段は行けないところにも行けるし、知らない人にも会えるんだ」というところからドキュメンタリーが気に入りだした。
ドキュメンタリーはあらかじめシナリオがあっても良いし、なくても良いと思う。それは作る人が決めること。ただ、入っていくと、思ってもみなかった事というのは必ずある。やっぱり現実には勝てない。僕はいずれフィクションもやりたいと思っているけど、頭の中で考えたことは自分のイメージを越えられない。でも突然振ってくる現実というのは、自分の頭では絶対に想像できない事だったりする。
そういう事が起きると、いつも大興奮しながらカメラ越しに成り行きを見守る。映像だけを見ると冷静に見えるかも知れないけど、実は大騒ぎしてる。そんな風に、ドキュメンタリーは特殊なものじゃなくて、自分の日常の延長と考えていい。
ようやく日本でも浸透し始めたけど、「フェイク・ドキュメンタリー」は欧米では普通に作られているジャンルの1つ。そこから出発して作っている人もいっぱいいるし、僕も一度やってみたいと思っている。主役の役者に“本人”が主役の台本を渡して、どう喋るか。たぶん諏訪(敦彦)さんや是枝(裕和)さんあたりは、フィクションを作る課程の中でそういう試行錯誤をしているのでは。台本を与えずに、そこから出てくるセリフを撮る。これはもう一種のドキュメンタリー。
最近、黒沢清なんかも言っているけど「自分は役者にセリフを与えて、役者がそのセリフをどう言うのかというドキュメンタリーを撮っているような気がする」というのは、まさにその通り。そう考えれば、全部がドキュメンタリーとも言える。
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■ 諏訪淳さん(元岩波映画社長)の
- 『ドキュメンタリーの撮る時』の話
今、世の中には映像が氾濫している。素人にとってはそれはそれで別に構わないのだろうけれども、はたして映像を作り手たちは「自分が作る」という事に対しての厳密な信条、思想、態度を持って作っているのだろうか、と言うことに非常に疑問を感じる。
その第一は、ドキュメンタリー映画でも劇映画でも映画には必ずテーマがあって、そのテーマそのものしか追い掛けていないこと。周りをまったく撮っていない。これでは作品は深くならない。テーマというのは作り手の主張であり、意欲をかき立てるものであることは事実。でもそれだけじゃダメ。
たとえば“祭り”を撮りに行ったとする。するとよく、御輿、お酒を飲んで騒いでいるところ、そういうお祭りらしいところだけを撮って構成したりする。でもその時に、お祭りをやってるずっと向こうに切り株だけが続いていて、人っ子一人いない風景を入れれば、それはみんながお祭りに出掛けているという裏の面を見せることができる。誰もいない公園でブランコだけが揺れている風景でも良い。騒いでいるお祭りの中にそういう映像を入れれば深さが出る。だから祭りだけを追い掛けてちゃダメ。
それから現場の空気で自分の感性を作っていない。たとえば1週間前にロケ地へ行ってロケハン(下見)をする。そして1週間後にそこへ行ってみると、もう状況は変わっている。そうすると、1週間前に見て自分が感じたもの、あるいは設定したもののように、その現場を作り替えたりする。僕はドキュメンタリーを見ていて、そういう場面は「あ、作りかえてるな」とすぐにわかる。ドキュメンタリストだったら、そこの状況の中で自分の詩想を得て撮らなければならない。
もう1つ挙げるなら、感動したら2度目に撮れ、ということ。感動を大切にして欲しい、と言い換えても良い。たとえば山へ鳥を撮影に行ったとする。ある枝に鳥が止まっている鳥がいる。そうすると、なかなか出てこない動物だからと、慌てて撮ってしまう。でもそれは間違い。たしかに同じ動作は二度と無い。でも同じ質の動作は二度ある。木が違うかも知れないし、枝が違うかも知れない。でも同じ質の映像は二度目のチャンスがある。
感動というものは、とっさには起こらない。初めての動物を見て「あ〜っ!」と驚いて、その時に自分の中で「いったいオレはどう感じたんだ」と大切に考える。そのために撮影期間が1週間延びるかも知れない。でもそれは大事なこと。とっさに撮ったのでは、それは衝動でしかない。それを感動にするには、どうしても時間が必要になる。50年映画を作ってきて、これだけは絶対に間違いないと思っている。
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■ 樋口広芳さん(東京大学大学院教授)の
- 『WATARIDORI』の話
映画『WATARIDORI』では、動物が生まれて最初に見た動くものを親と見なす“刷り込み”という習性を利用して、渡り鳥を子供の内から軽飛行機やヘリコプター、車などに慣れさせた。そして一緒に空を飛びながら、至近距離で飛んでいる鳥を写すという手法を使った。こうして渡り鳥の渡りに同行して、その様子を収めた映画が出来上がった。
この映画の監督、ジャック・ペランさんは以前にも『MicroCosmos』というドキュメンタリー映画で昆虫の驚きの世界を映像に収めている。この映画はナレーションがほとんど入らず、淡々と虫の世界を映し出した非常に面白い映画だった。
そしてある時、この『MicroCosmos』が横浜国際映画祭に出品された。その映画祭に出席するために来日したペランさんは「次回作は渡り鳥をテーマにした映画を考えている」という話をしていて、渡り鳥の研究を専門にしている私に「ぜひ協力してくれないか」という依頼が来た。それで私は『WATARIDORI』のアドバイザーとして協力することになった。
実際に撮影現場へ出向くことはなかったけど、どこに行って何をした方が良い、ということはいろいろ伝えた。たとえば撮影隊は日本にも来ている。これは日本は渡り鳥に関する研究が進んでいるので、アドバイスがしやすかったという事情が反映した結果だと思う。
渡り鳥はもちろん飛ぶ能力も重要だけれども、着地する能力も意外なくらい重要。たとえばアマツバメという鳥は時速200kmぐらいのスピードで飛ぶことができる。その鳥が高山や海岸の崖で繁殖する時、崖に開いた穴に向かってほとんど全速力に近いスピードで飛び込んでいく。穴の深さなんてせいぜい1〜2m。それでちゃんと着地しているのだから、どうやっているのかとても不思議。
こんな感じで、鳥の能力は普通の人が考えている以上に凄い。
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放送曲目リスト
| Time |
Title |
Artist |
Label |
Number |
| 9'00" |
Show Me |
Andy Williams |
SONY |
A-33818 |
| 19'14" |
If I Were A Bell |
Lady Kim |
Eighty - Eights |
VRCL-18818 |
| 29'48" |
Some People |
Annie Ross |
Paciffic Jazz |
7243 8 33574 2 0 |
| 40'18" |
Cabin In The Sky |
Rosemary Clooney |
RCA |
R25J-1002 |
| 47'27" |
I Wish You Love |
Nancy Wilson |
Capitol |
7243 5 97073 2 7 |
|