SUNTORY SATURDAY WAITING BAR
2004年2月21日の放送

この日の放送曲目リスト/過去の放送内容リスト

「熟成の魔術」

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 長い時間を経るにつれ、その良さが増していくことを「熟成」と申します。本来はチーズやワインのような飲食品に使われる言葉ですが、バーのような場所、そしてそこで働く人間も、時間とともにその輝きが増していくよう努めなくてはなりません。
 本日は、そんな様々な「熟成」にまつわるお話をお客さまが話されていたので、こちらでご紹介させていただくことに致しました。今日はいつもよりゆっくりと時間をかけてお楽しみいただければ幸いです。


image ■ 尾島博さん(セラーノ代表取締役)の

『生ハム』の話

 1970年にヨーロッパから帰ってきて、日本で「生ハム」と呼ばれていたものを食べたところ、「あれ?これは向こうで言うところの“生ハム”じゃないぞ?!」と。それで自分で作ることにした。
 豚というのは一番加工がしやすくて、長持ちする肉。だから生ハムも基本的には豚を使う。昔は冷蔵庫なんてものもなかったので、狩猟民族が多いヨーロッパではワイン、チーズなどの貯蔵文化が発達した。その1つが生ハム。
 生ハムにもワインのような違いが存在する。ブタの品種、エサ、熟成の期間、それらによって生ハムの味が全然変わってくる。ワインで言えばブドウの品種にあたるのがブタの品種、それから土壌にあたるのがエサ。
 平均的な豚は約6ヶ月で食肉になるけど、最近話題のイベリコ豚は生育に15〜18ヶ月もかける。さらにそのイベリコ豚の中にも1〜3級の区別があって、1級ともなると、秋にはドングリを食べさせてちゃんと育てられる。これは味がまったく違う。
 そしてその豚を生ハムにするには、約2年の月日がかかる。まずは塩の中につけ込んで、水分を出してから、自然乾燥させる。温度は10度前後で、湿度の高いところで保管する。「カビ付け」といって、白カビをあえて付けて、そのカビによって急激な乾燥を防ぐ。こうして長い時間と手間をかけて、生ハムは作られる。
 夏には「汗をかく」と表現される現象も起きる。これも生ハムが美味しくなるための秘訣の1つ。よくスペインなんかを旅行すると、バーに生ハムがぶら下がっていて、その下に油受けのようなものが置いてあるのを目にすることがある。あれが「汗」を受けるための入れ物。
 生ハムは熟成が進めば進むほど塩が枯れてくる。塩漬けして5ヶ月くらいの生ハムは、しょっぱさが最初に感じられて、その後に肉の味になる。それが時間とともに、まず肉の風味が感じされて、その後にしょっぱさを感じるようになっていく。これは熟成の1つのサインと言えるかも。
 塩に梅と書いて「塩梅(あんばい)」という言葉があるけれど、そこには深い蘊蓄が隠されているような気がする。

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image ■ 片岡孝太郎さん(歌舞伎役者)の

『役者と年齢』の話

 以前『連獅子』という演目をやっていて、ふと思った。『連獅子』はすごくハードな踊りで、体力が衰えると辛い。でも、歳をとるにつれてテクニックの部分は向上していく。そのバランスが取れる「良い時期」というのがどこかにあるのではないか、と。
 『連獅子』みたいなハードな踊りは、30〜40歳の頃が一番良いと思う。一方で「円熟さ」を見せる芸は、もう上を見たらキリがない。ウチのお祖父さん(十三代目片岡仁左衛門)なんて、90歳でまだ舞台に立っていたし。2歳で初舞台、90歳で現役というのだから立派だった。
 世間で「大看板」と認められるようになるのは50歳を過ぎてから。もうみんな60歳になっちゃったけど、松本幸四郎さん、中村吉右衛門さん、市川団十郎さん、ウチの片岡仁左衛門とか、みんなそうだった。あの辺になると「円熟」という感じになる。
 あの世代がドッカーンと上にいるから、下の世代にとっては重い。でもそのまた上のお祖父さんの世代には中村歌右衛門さんというスゴイ人がいた。この人が30〜40代の頃には、僕らが1つで「もうダメ…」とネを挙げるような演目を、朝か晩まで4本も5本もやっていたらしい。
 80歳のお爺さんが、16歳の女の子の役を演じる。そう聞くと怖いけど、実際に舞台で見ると、体のラインも仕草も「16歳の処女だ……」と納得してしまう。結局、芸を楽しむというのはそこなんだと思う。ビジュアルだけで見るんじゃなくて、その中にあるものを見抜く。そこまでできたらお客さんとして本物。
 役者は、常に自分ではちゃんとやっているつもりでも、上の人から「お前、冴えないな〜」と言われる。それがある時、「あれ?今まで俺は何をやっていたんだ?!こんな下手な芝居をしていたのか?!」と気付く瞬間が来る。「上手くなった!」じゃなくて「今まではダメだった……」の繰り返し。それが人生で何回あるかが大切なんだと思う。
 僕の場合は20歳くらいの時だったと思う。それまで1つ1つ積み重ねていたのが、ある瞬間に10とか20とかまとめてやってくる。そのきっかけは人それぞれで、楽しいことをしている時かもしれないし、お風呂に入っている時かもしれない、稽古中の時もあるかもしれない。でも役者をしていると、その瞬間は必ずある。

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image ■ 久田早苗さん(チーズ王国チーズ熟成士)の

『チーズの熟成』の話

 チーズを熟成させる倉は、菌が飛び散るのでシェーブルだったらシェーブル、白カビだったら白カビと分かれているのが理想。そういう部分は基本的に科学で、その部分を止めることはできないので、チーズを熟成させるということは、助長作業をするということ。
 チーズは、大きく分けると「オー・レ・クリュ」と「パストリーゼ」の2つに分類できる。オー・レ・クリュは生ミルクをそのまま使った製造したもの、パストリーゼは殺菌したミルクを使って製造したもの、という違い。殺菌されて作られたチーズは、熟成させる必要はないと思う。もちろん熟成が止まってしまっているわけではないけど、賞味期限以内に食べればそれなりに美味しく食べられる。
 一方、無殺菌の方は、自然の熟成過程を経るので、美味しくなるまで非常に時間がかかる。ところが普通のショップでは冷蔵してしまうので、そこでは熟成が止まってしまう。その結果、まだ美味しくない状態のチーズを食べてしまうケースは少なくないと思う。「チーズは待ってくれない、我々が待つのだ」という言葉もあるくらい、チーズはお客さんが買って帰ってから、熟成するまで待つという前提の商品。でもそれは不親切で、結局、お客さんの家でも冷蔵庫にしまわれて、チーズのミイラになってしまい、匂いだけが強いだけのものになってしまう。
 だから私はその「長い時間がかかる」部分を引き受けて、白カビ菌を手助けしてあげられる温度と湿度などの良い環境をチーズに与えている。白カビ菌の活動が終われば、リネンス菌というオレンジ色の菌が発達してくる。それは白カビ菌が中身を美味しくさせた後に、香りを付けていく菌。これらを活動させて発達させてあげると、美味しく出来上がる。カチカチのメロンは、すぐに冷蔵庫に入れず、しばらく常温の場所に置いて熟させる。微妙に意味合いは違うけど、チーズも同じようにすぐに冷蔵庫にしまうと美味しく食べられない。
 商社がチーズを大量に仕入れる時は、どうしても「安全第一」になる。だから大きくて近代的な工場で、均質な製品を作っているところのチーズしか扱えない。そういうチーズは計算されて作られているので、熟成させなくてもある程度の美味しさは味わえるようになっている。私たちが「ちゃんと熟成させたい」と思うのは、農家や小さな工場で作られた手作りのチーズ。そういうチーズは、とれたてのミルクで作って、そのミルクの良さを生かして作られている。だからこそ「花を咲かせてあげたい」と思う。それがうまくいった時は、熟成士のやりがいを感じる。
 もっとも人間なので、失敗してしまうこともあるけど……でも長年熟成をやっているあるマダムからは「あなたが作り出すものは、どんなものになっても“失敗”じゃなくて、あなたの味です」って言われた。愛情を持ってやれば失敗には繋がらない、ということでもあると思う。

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image image ■ 輿水精一さん(サントリー・チーフブレンダー)
  馳星周さん(作家)の

『ウイスキーの熟成』の話

 会社が最初に山崎蒸留所を作った時は、水で場所を選んだのだろうと思う。でも、結果的にあの場所は、貯蔵に適した場所だった。
 貯蔵に関して効いているのは湿度。日本の気候はスコットランドに比べて高温多湿。私もあの辺に住んでいて、夏には湿気が多くてたまらなくなる。でも、その湿気がウイスキーにとってありがたい。とりあえず温度が高いので熟成が早く進む。そのスピードにブレーキをかけてくれるのが湿度。熟成が進みすぎてバランスが崩れるのをうまく抑えてくれている。
 馳せんもご覧になった貯蔵庫では、樽が3〜4段に積み重ねられている。その上と下で熟成のスピードが違うくらい。そんなわずかな違いでも、上の方が湿度が低くて熟成が早く進みすぎてしまう。その一方で下の方は熟成がゆっくりだし、なかなか難しいところ。
 なんでも熟成している方が偉いのかいうと、そんなこともないと思う。たとえば味のタイプで、ちょっとピートの効いたヤツなら、僕はあまり熟成させすぎず、ちょっと若いくらいの方がその良さが出ると思う。
 白州の蒸留所は、山崎よりも高い場所にあるので気温も低く、それに見合った湿度条件というのは当然山崎とは違ってくる。でも、同じ原酒を山崎に置いておくのと白州に置いておくのでは、明らかに味が違ってくるのはおもしろい。その土地の持っている気候風土は、間違いなく熟成に反映してくる。
 僕はウイスキーの作り手として、その土地の気候風土には逆らっちゃいけない、と考えている。むしろそれが素直に出てきた方が良いのではないかという気すらする。
 ウイスキーを樽の中に寝かせる時、アルコール度数は60%。この数字が上でも下でもダメなのは、良くできていると感心させられる。熟成もそれなりに早いし、樽材の中から良い成分が染み出てくるし、絶妙のバランスが取れている。でも、そんな科学的な話は後から調べてわかったことで、昔ながらのやり方が「60%」だった。実はそれがベストだったいうのだから、人間の知恵というのはすごい。

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image ■ 柘恭三郎さん(柘製作所)の

『パイプ煙草』の話

 パイプ煙草は「漬け物」。樽の中に葉っぱを入れて、リキュールに漬け込んで熟成させたもの。だから「漬け物」。
 大きく分けると、「フレーバード煙草」と「生地のままの煙草」の2種類がある。フレーバードはバニラやチェリー、ウイスキー、ブランデーなどで香りが付けてある。もう一方は、1800年代後半から1900年代の始めにかけてイギリス人が好んだことから「イングリッシュ・ミクスチャー」とも呼ばれ、いろんな煙草をブレンドしてその香りを楽しむ。
 最近はフレーバーで香りを楽しむ人が増えてきた。その理由は、低ニコチン低タールで煙草が軽くなってきて、香りを楽しむ比重が増えたからだと思う。だから鼻をつまんで煙草を吸っても美味しくないし、部屋を真っ暗にして吸っても美味しくない。香り、煙などの見た目、煙草は人間の五感を全部使って楽しむもの。
 パイプだって、500円だろうが200万円だろうが、機能としてはそんなに変わりはない。でも手で持った感じや見た目が違うから、煙草を吸う楽しさが違う。たしかにコーン・パイプなんかはパイプ自体に香ばしい香りが付いているけど、それはパイプの本道じゃない。やっぱりパイプは煙草が持つ本来の味を楽しむためのものだから、パイプには味がない方が良い。そういった意味ではブライヤー・パイプが一番。
 ブライヤーというのは、地中海沿岸に生えているホワイト・ヒースの根のこと。よく俗に「バラの根っこ」なんて言い方をするけど、バラの根じゃパイプは作れない。
 木からパイプを削りだして、ガサガサのままだとパイプにも火がついてしまうけど、よく磨いてコーティングしてやれば大丈夫。さらに煙草を吸っている内に、ニコチンやタールなどの成分が膜を作る。これを「カーボン」と言って、この炭みたいな膜ができればもう絶対にパイプは燃えない。
 だから最初にパイプを下ろす時は緊張する。ハチミツを塗ったり砂糖を入れて、糖分を炭化させる人もいるほど。僕の場合は喫茶店へ行って、こっそりグラニュー糖をパイプの内側にまぶして吸う。そうすると一発でカーボンが付いてくれる。
 そうやってちゃんとカーボンを付けたパイプで煙草を吸うと、また味が違う。そうやってパイプも時間とともに育っていく。

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放送曲目リスト

Time Title Artist Label Number
9'08" How Could You Do A Thing Like That To Me Frank Sinatra The Entertainmers CD 0213
20'18" This Is My Lucky Day Tony Perkins BMGジャパン BVCJ-35016
31'41" I'm Forever Blowing Bubbles Jackie & Roy KOCK KOC-CD-7927
39'56" They All Laughed Bing Crosby Verve POCJ-2666
47'44" Some Of These Day Rosemary Clooney RCA R25J-1002


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