子供の頃は、東京や新潟県の長岡に住んでいたけど、カソリックの教会がきらびやかに飾られていて、行くとチョコレートなんかをくれたのを覚えている。だから日本でも、戦前からクリスマスというイベントはそれなりに根付いていたのでは。
ただ、日本という国は、キリスト教の布教においては「失敗」だった国。たとえば同じアジアでも、韓国なんかの方がよっぽどキリスト教徒の人数は多い。フランシスコ・ザビエルも「どうもこの国じゃうまく行かない……」と考えて、日本の後に中国へ渡っているし。
フランシスコ・ザビエルの考えによると、日本は「トップを口説かないとダメ」な国なのだとか。1人1人の個人を口説いても効果がないので、大名のところを一生懸命回っていたらしい。でもキリスト教は、近代的な民主主義思想の原点みたいな要素を持っているので、どうしても馴染まず、「こりゃアカン」と手を引いてしまったみたい。
とはいえ、戦前でも街に教会の1つや2つはあったので、クリスマスにはここを先途とばかりに盛り上がっていた。それに、子供にとってはサンタクロースがいるわけだし。あれは金星だったと思う。私も小学校1〜2年まではサンタクロースを信じていて、「見ず知らずのサンタクロースがこんなに良いプレゼントをくれるのに、お父さんやお母さんはどうして何もくれないんだ!」と抗議したのを憶えている。
クリスマスに銀座あたりで飲んでいると、挨拶がわりに「イブはなにをしていましたか?」なんて聞かれることがある。そこで「教会へ行ってました」と言うと、みんなビックリして、しばらくしてから「一番まっとうなのはそれですよね」って笑いが起こる。家内が信仰を持っている関係で、毎年、クリスマスは教会へ付き合う。まぁ、1年に1回くらいはカミサンに気を遣ってもいいか、なんて。
というわけで、今年もたぶん、イブは教会へ行くことになると思う。
本来、キリスト教の中では、占星術は禁止されている。占星術はユダヤ教やキリスト教よりも古くて、星の神々を崇拝する多神教の宗教に由来するから。
でも話はそう単純ではなくて、たとえば有名なクリスマスの物語に登場する「3人の博士」は、新しい聖書の翻訳を見ると「占星術の博士」と訳されている。星を見て救世主の誕生を予告したのだから、当然といえば当然だけど。
ちなみにクリスマス・ツリーのてっぺんに付いている「ベツレヘムの星」、すなわち「イエス・キリストの誕生を予告した星」とは何だったのか、には諸説がある。ある人は「超新星の爆発」ではないか、と言うし、別の人は「彗星ではないか」と言う。その中でも、理科の教科書に出てくるヨハネス・ケプラーの説が面白い。
ケプラーは、B.C.7年に木星と土星が接近した現象が特別な前兆としてとらえられたのではないか、と推測した。木星と土星の接近自体は、20年に1度くらいの頻度で起こる天体現象なんだけど、B.C.7年にはその接近が魚座の中で立て続けに3回も起こっている。それが当時の人にとっては、救世主の出現を予告するような出来事だったのではないだろうか、と。
伝統的に土星はユダヤの民を表す星で、木星は王様の星。だからユダヤの王様が誕生する、みたいな解釈だったのではないか。さらに原始キリスト教のシンボルは「魚」だったので、魚座という場所にも意味があったのでは、というのがケプラーの説。
B.C.7年というのも説得力がある。「B.C.」というのは、「Before Christ」の略で、「イエス・キリストが生まれる前」という意味なんだけど、最新の研究によると実は計算が間違っていて、本当にイエス・キリストが生まれたのはもうちょっと前なんじゃないか、と言われている。それを考えると、B.C.7年というのはピッタリ。
すべての学者が納得しているわけじゃないけど、このケプラーの説はかなり説得力があって面白い。
今年のクリスマスは、24日に向けて火星と金星が60度の角度を作っていく。火星は戦いの星で、男性を表す。占星術上の記号が「♂」になっているくらい。一方、金星はご存知の通り「ビーナス」で、こちらの記号は「♀」。この2つの星がチャンスの角度を作っていくので、恋人たちや好きな人がいる人にとっては、すごく良いチャンスになると思う。
もちろん、何もしなければ何も起きないので、ぜひアクションを起こしていってほしい。