■ 石川次郎さん(エディトリアル・ディレクター)の
- 『上海の10年』の話
10年前、初めて上海に行った時は、それほど予備知識もなく出掛けた。
当時から「上海が中国経済の中心地になりつつある」という噂だけは耳にしていたので、どんどん様変わりしている街なんだろうと思って行ったら、最初に驚かされたのは「自転車の洪水」のような、いかにも中国的なところだった。
でもその後、上海へ行くたびに、街が変わっているのに驚かされる。その勢いたるや、2週間経ったらビルが1つ建っている、というぐらい。日本からたった3時間の場所でこんな事が起きているなんて、これは見なきゃ損。
1999年頃には、いきなり空港が変わっているのに驚かされた。その時に出来たのが浦東(プードン)国際空港。この空港には「負けた、日本のどの空港よりもスゴイ」と思ってしまった。フランスのシャルル・ドゴール空港を作ったポール・アンデュによる設計で、その造りは完璧。
ちなみにそのポール・アンデュ、今は北京のオペラ座を造っているけど、そんな風に、世界中の建築家が上海で好きなように仕事をしている。だから上海には新しいデザインのビルが建ち並んで、デザイン的な統一感はまったくない。まさに混沌の極み。それがまた面白いともいえるんだけど。
ちゃんと古い部分を残そうともしているみたい。あちこちに「租界」があって、特に一番大きいフランス租界には、20世紀初頭の名建築がたくさん残っている。それらの建物は、ちゃんと残すことを決めた上で、新しいビルを建てている。
その典型が「新天地プロジェクト」。そのエリアはフランス租界でありながら、中国人が住んでいた地域で、石造りの長屋が連なった、なかなか面白いデザインの街だった。その地域を再開発するにあたって、その長屋のデザインを残したまま、新しい商業施設に造り替えてしまったのには「単なるスクラップ&ビルドじゃないんだ」と感心させられた。
上海には、日本で言えば浅草にあたる、豫園(ヨエン)という観光地がある。ここに『南翔饅頭店』という小龍包のお店があって、ここは「上海の朝ご飯はココ!」と決めているくらいおいしい。ある時、友達をこの店に連れて行ったら、「これは日本で当たる!」と興奮しだして、いきなりお店の人と交渉を始めた。さすがにその時はまとまらなかったらしいけど、その後、彼は7〜8回は通って、ついにそのお店の支店を日本にオープンさせることに成功した。
そのお店が、いま六本木ヒルズにある。幸い行列が出来るほどの人気店になっているけど、あのお店は中国から大勢のスタッフを連れてきた本物の店なので、ぜひ1度訪れてみて欲しい。
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■ 弘兼憲史さん(漫画家)の
- 『「取締役 島耕作」の背景』の話
『取締役 島耕作』の舞台が上海になったのには、ちょっとした裏事情がある。
あの漫画は「リアル」であることが身上。ところが普通の「取締役」をリアルに描いてしまうと、朝から晩まで会議だけで終わってしまう。それではさすがに漫画にならないので、「執行役員」なら現場に出ることもあるだろう、と考えた。さらにあの漫画のモデルにしている松下電器には、執行役員という制度がないかわりに、中国担当の役員がそれに近い立場で……という事情で、『取締役・島耕作』の舞台は上海になった。
そこで、取材のために上海を訪れた。驚かされたのは、そのビルの多さ。上海には「日本全国の高層ビルを足し合わせたより多い」と言われるほどの高層ビルが建ち並んでいる。でも、さすがにあの数では、あまり計画的には進んでいないのでは。マンションも「箱売り」と言って、内装を整えずにコンクリートの箱だけを売っているし。徐々に日本式の内装を整えたマンションも出てきているので、早晩、そっちが主流になりそうではあるけど。
そのマンションは意外と高い。日本円にして2000万〜3000万円くらいすることもある。上海は、1〜2割の人は日本と同じような水準のお金持ちで、それ以外はぜんぜん貧乏、という構造。でも1割もいれば100万人、みたいなお国柄だから、その1割が相手の商売でも成り立ってしまう。プラズマ・テレビだって、日本円に換算して50万円くらいで売っている。向こうの感覚だと500万〜1000万円くらいなのに、それが飛ぶように売れているのはスゴイ。
車はドイツ車が多い。ドイツは早くから上海に目をつけて、給料やケアの仕方で日本企業に差を付け、優秀な人材をどんどん吸い上げている。ちなみにこの間発表された「外国企業・上海での売り上げベスト30」では、日本企業はホンダが15位に入っただけだった。パナソニックもソニーもランク外。日本は完全に立ち後れている。
もはや中国は、私的所有権も認めているし、個人や企業から税金も取っているし、合弁も認めている、外国の企業も入っている、と完全に資本主義国家。「世界の工場」と呼ばれるくらい、世界中の企業が中国に工場を作っている。それで「万元戸」と呼ばれる、月に1万元(日本円にして約15万円、感覚的には150万円以上)も稼ぐ人がたくさんいる。
ちなみに日本で話題の「元」預金は、今の時点では簡単に元をこっちに持って来れないところが問題。向こうで使う分には良いけれど、こっちで資産運用に利用するのは、まだ難しい。将来どうなるかはわからないけど。
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■ 伍芳さん(古琴奏者)の
- 『テレビ』の話
私は上海の生まれ育ち。18歳まで上海で育った。
もう物心着いた頃から外国人はそれなりに居て、「日本人には“はい”と返事をする、アメリカ人には“Hi”と挨拶する」なんてことも教わっていた。子供の頃から英会話教室に通ったり、そんな風景も上海では普通だった。
ちょうど私が生まれたことから、「改革・解放」が始まって、良い時代に生まれたと思う。いろんな外国のものが入ってきて、車を買う人も増えて、みんな生き生きとしてパワーがある。
洗濯機を初めて見た時にはビックリした。80年代には「日本製テレビの前でアメリカ映画を見るのが至福のひととき」なんて言われ方もした。そういえば洗濯機は「愛妻号」っていう名前だったと思う。「いい名前だな〜」と感心した記憶がある。その漢字名は中国でも同じ意味で通じるので。
実は私の父は電機が専門で、私が小学校の頃に自分でテレビを作ってしまった。白黒の9インチ、13インチ、18インチと、年々大きくなっていったんだけど、ある時から日本製のカラーテレビが入ってくるようになって、その手作りテレビは処分してしまった。でも自分で作っていた頃は、周りは誰もテレビを持っていなかったので、みんなおもしろがって家に見に来ていた。
調子が悪くなると叩くとか、高い場所に置いてあまり触らないようにするとか、昔の日本とやってることはけっこう同じだったかも。
今でも父は日本に来たりすると「日本の技術はスゴイ!コレが欲しい!」なんて一番高いテレビを指差すくらい、元気に頑張っている。
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■ 葉千栄さん(東海大学助教授)の
- 『ホテル』の話
上海のホテルは、今アジアでNo.1。けっしてお国自慢じゃなくて、そう断言できる。
たとえば同じ「グランド・ハイアット」でも、六本木ヒルズより上海の方が上。88階建てで、ロビーに入ればわかりやすく豪華だし、部屋に入ればもっとスゴイ。「部屋の広さ」「設備」「料金」といった物理的な部分で較べると、上海の方が明らかに上。もっとも、もう上海の宿泊料金も「安い」と言えるものではないけど。
ちなみに上海のホテルはルーム・チャージ。彼女を連れて行ったら「君の部屋代は俺が出すから」と言える。本当は1人で泊まろうが2人で泊まろうが、料金は一緒なんだけど。僕は上海に実家があるので、この手が使えないのが残念。
でも本当は、そういう豪華なホテルだけじゃなくて、上海らしいホテルにも泊まって欲しい。というのは、現在の上海の賑やかさ、モダンさ、お洒落さ、こういったものは単なる急成長の結果ではなく、ある種の「ルネッサンス(復興)」だから。
中国という国は、共産主義体制から一気に資本主義・市場経済に移行した。その様子を新聞などでは「壮大な実験」「13億の人々の初体験」なんて表現するけど、上海に限っていえば、初体験じゃない。1930〜1940年代には、アジアで1番の証券市場銀行、デパートがあって、今のような雰囲気、デザインが街に溢れていた。それが一気に戻ってきた、というのが上海の人の感覚。
だから最近の上海のお洒落なエリアは、昔の上海のレトロな雰囲気を残しつつ、そこにモダンな感じをミックスしている。これこそが上海。横浜の「赤レンガ倉庫」「ニューグランドホテル」あたりをイメージしてもらと分かりやすいかも。
そういう気分を味わうのにもってこいのホテルが「和平飯店」。日本人観光客には上海オールドジャズでおなじみだと思うけど、あのホテルの上にあるスイートルームは良い。「スペイン」「フランス」「アメリカ」などの名前が付いた8つのスイートルームがあって、特にその中でも一番オススメしたいのが、ココだけの話「インド」。
細長い部屋に、1930年代から変わっていないインド風の家具が置いてある。そしてちょっと窓を開けると汽笛が聞こえてきたりして、気分は完璧に30年代。部屋と廊下の間には1.5畳くらいの小部屋が用意されていて、ここはボーイが朝食を用意したり、洗濯物を受け取るための部屋。こんな贅沢な造りは他にない。
私が泊まった時は、まず支配人に「この部屋に冷蔵庫を置くのはやめてくれ」と文句を言った。その代わりにノドが渇いた時は、当時の厚みのあるガラスの入れ物に飲み物を入れて持ってきて欲しい、とリクエストした。待ってもいいから、その贅沢さを味わいたかった。
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■ 馬場裕一さん(プロ雀師)の
- 『麻雀国際ルール』の話
20世紀の終わりに、中国政府は麻雀を正式な体育種目として認めた。日本の感覚の体育とは違って、囲碁や将棋も「頭の体操」みたいな感じで、向こうでは体育として扱われている。その1種目として、麻雀が認められた。
ちなみにそれまでは、麻雀発祥の地であるにも関わらず、中国政府は麻薬、売春と並んで麻雀を「三大亡国遊戯」として禁止していた。ところがみんな、やっぱり麻雀が好きだったみたいで、解放された途端に上海、青島、北京、杭州、各地から「ウチのルールが本家だ!」と、公式ルールを作るにあたって大変な騒ぎになってしまった。
ルールの違いが一番分かりやすいのが、手役の数。最初は政府も「とりあえず全部採用しようか」と考えたらしいんだけど、そうしたら役が396個にもなってしまった。これ、日本ならどんなに多くてもせいぜい40個。ハッキリ言って、396個は無理。覚えられない。
それで日本や米国とも相談して、「せっかくだから国際ルールを作ろう」と。そして役を88個まで絞り込んで、「麻雀国際ルール」が誕生した。
88個の役さえ覚えられれば、ルール自体は非常に単純。一荘制の16局、連荘なし。親だからといって得点が変わることもなくて、最初にツモるというだけ。役によって点数が決まっていて、8点以上あれば上がれる。
ただ、88個の役を覚えるというのが問題。最初は絶対にルールブックをめくりながらの麻雀になる。
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放送曲目リスト
| Time |
Title |
Artist |
Label |
Number |
| 11'21" |
Chinatown, My Chinatown |
Hi-Lo's |
DRG |
5184 |
| 22'54" |
Anything Goes |
Tony Bennett |
Roulettle |
CDP 7938992 |
| 31'00" |
Stranger In Paradise |
Keely Smith |
Jasmine |
JASCD 323 |
| 42'57" |
This Can't Be Love |
Rosemary Clooney/td>
| Hindsight |
HCD 255 |
| 47'35" |
It's A Big Wide Wonderful World |
Peggy Lee |
Capitol |
7243 4 95450 2 1 |
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