■ 井上和香さん(タレント)の
- 『芸能界への道』の話
デビューのきっかけは自薦。コンビニで履歴書を買って書いて、普通に切手を貼って、事務所に送った。志望動機には、素直に「芸能人になりたいです」と書いた。
写真は友達の知り合いに頼んで、ちゃんとした写真を撮ってもらった。わざわざその撮影のために、代々木公園まで行った。いま考えると、かなり恥ずかしいけど……
もともと芸能界に入りたいとは思っていたけど、18歳の時に「10代も終わりだから……」と1度は諦めた。でも、バイト先で出会った同い年の友達が、まだ芸能界を目指していて、「諦めるのはおかしい」と諭してくれた。「諦めるのなら、1度自分で応募して、それでダメだったら諦めなよ」と。それが21歳の時だった。
それまで、自分から応募したことはなかったし、中学校の頃にスカウトされても、事務所の社長さんってやけに怖そうな顔をしているから、全部断っていた。
そもそも、すごく小さい頃から「芸能人になりたい」と思っていた。というよりは、母親がちょっとだけ芸能界に関わりを持っていたこともあって、自然に「芸能界に入れるモノだ」と思っていた。その思いこみは小学校4年生まで続いていた。
それで結局、冒頭の「履歴書」まで辿り着いたのは、忘れもしない去年の5月6日。5月13日の誕生日が目前に迫っていて、「満21歳で通じるのはあと少ししかない」と焦って出した。半ば諦めるために出す履歴書のくせに、微妙に頑張っている自分がいた。
そして事務所から連絡が来たのは7日で、面接が10日。まさにギリギリ。後で社長に「思えば面接って10日だったよね?たった3日で22歳とは気付かなかった……」と冗談交じりに言われたけど。
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■ 林家木久蔵さん(落語家)の
- 『ラーメン党と田中角栄』の話
ラーメンでおもしろく遊んでしまおうと考えて、「ラーメン党」を作った。党大会・発会式では、新宿の「クッキング・アカデミー」を借りた。そのラーメン党も、いつの間にか27店舗のチェーン展開をするまでに大きくなった。
最初は大袈裟に取り上げてくれたマスコミも、いつしか「また?よくやるね」ぐらいの扱い方しかしてくれなくなってしまった。そこで「これはなんとかしなくちゃ」と、党員でアイデアを絞り出した。ちょうど中国残留孤児の問題をテレビでやっているのを見て、「北京にラーメン屋を出そう!」と。
お題目は「ラーメンの里帰り」。「日中友好はラーメンの割り箸から。割り箸は、割ると2本(日本)、折るとペキン(北京)」なんて売り文句も考えた。
北京といえば、日中国交正常化の立て役者、田中角栄さん。この人に橋渡しをしてもらえれば話題になるだろうと思って、根気よく電話をかけ続けた。そしてついに、今は政治評論家としておなじみの早坂茂三さんが応対してくれて、田中角栄さんに会えることになった。
時は昭和60年2月7日。朝の9時に田中邸を訪れると、僕の順番は24番。ずいぶん朝早くからいろんな人と面接をしているものだ……などと感心しながら、順番を待った。順番が回ってきて、通されたのは広い応接間。朝の光がさんさんと差し込む部屋の中、田中さんが座っている場所は遠くて、その表情はよく見えなかった。
「はじめてお目に掛かります、私はラーメン党というものをやっております林家木久蔵でございます、実はカクカクシカジカで……」と挨拶したところ、田中さんは例の濁声で「こっちに来なさい!」と言った後、手元のメモをジッと見ていた。
ウケるだろうと思って、「割り箸」のギャグも言ってみたけど、どうも田中さんのご機嫌が芳しくない。どうやら「この忙しいのに、コイツはラーメン屋開店の相談に来やがった」と腹を立てていたらしい。
「日中国交正常化、あの頃は、毛沢東が元気で、周恩来もおって、ウチの大蔵・外務大臣の大平君、それから私で調印して、いい雰囲気の中で無事に終わりました。いまの事は、新聞等でご存知かとは思いますが……私が中国まで行ったのは、ラーメン食べに行ったんじゃないの!帰れ!!」と怒鳴られてしまった。
ところが私が「ラーメン党は党員が1万名おります」と言ったら、「そういうことは早く言いなさい」と、途端に機嫌が直ってしまった。そうやって、記念写真と紹介状をいただいて、北京でお店を開いたら、向こうで新聞に載るくらいのニュースになった。
我ながら、タダの宣伝にしては上手くやった方だと思う。
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■ 加藤茶さん(タレント)の
- 『ジェリー・ルイス』の話
僕が目標としたのはジェリー・ルイスだった。
高校の頃、アルバイトで映写技師の見習いをやっていて、ジェリー・ルイスやボブ・ホープといった一連の外国コメディ映画をたくさん見ることができた。その中でもジェリー・ルイスは特に格好良かった。二枚目なのにバカをやっていて、とてもカワイイ。その感じが羨ましかった。
ジェリー・ルイスは音楽コントもけっこうやっていた。音楽コントといえばダニー・ケイだけど、どちらかといえばダニー・ケイはクラシックやジャズの、本格的な音楽の路線だけど、ジェリー・ルイスはポピュラーだった。
今のコメディアンなら、ジム・キャリーがジェリー・ルイスに近い。身近にいそうな感じで、つい応援したくなってしまう雰囲気が似ている。ディーン・マーティンとの『底抜け』兵隊コントでも、いつもドジばかりしているのに、どこか憎めない。
ラスベガスで生のジェリー・ルイスを見たことがある。ショーのステージに立って、歌を歌ったり、音楽コントをやったりしていた。当時で70歳を過ぎていたはずだから、驚いたのなんの。1時間40分くらいの舞台を1人で仕切っている姿は圧巻だった。ちゃんと得意の「タイプライター」ネタも披露していた。
客席は満席で、ネタを披露するたびに爆笑の渦。文句のつけようのない「現役」ぶりには頭が下がった。静かに歌うシーンでは、相変わらずの二枚目だし。
それが8年くらい前の話。それ以来、「自分も生涯バカで行こう」と確信が持てるようになった。ジェリー・ルイスにはなれないけれど、その道で生きていこうと思う。
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■ サエさんとカズミさん(OL)の
- 『銀座の父』の話
(カズミさん)
友達に教えてもらって、銀座で占いをしてもらった。
その人は「銀座の父」みたいに言われている男性で、路上に立って占いをやっている。その人が来る時間の15分前には行列ができてしまうほど、人気になっている人。
占ってもらえるのは、特定の人との相性か、仕事・恋愛など全般かのどちらか。私は全般を見てもらった。一応、「バツイチです」と伝えたら、「じゃあもう1度結婚できるかどうか見ましょう」と。そして「もう1度結婚できますが、その相手とは4〜5年前に出会っている人で、これから出会う人ではありません」と言われた。
もう1度結婚できるというのは嬉しいけど、「これから出会う人じゃない」と言われると、なにか未来を絶たれたような気分になってしまった。合コンとか飲み会に行ってもムダだし。
(サエさん)
私もカズミに教えてもらって、その人に占ってもらった。私が占ってもらったのも全般。
仕事のこと、恋愛のこと、いろいろ教えてくれたけど、結婚の話では「今まで知り合った人と結婚する可能性は10〜20%、非常に低い」と言われた。「なんでですか?」と聞いたら「すでに君を知っている男の人は、君のワガママに辟易としているからだ」だって。
カズミとは正反対の占いの結果を聞いて、私はとりあえず携帯に入っていた男の人の番号を、片っ端から消そうと思った。さすがに「この人たちが新しい男の人を紹介してくれるかもしれないし」と思いとどまったけど。
(カズミさん)
その「銀座の父」は、名前と生年月日、手相、筮竹、それから奇妙な文字の書かれたサイコロで占ってくれる。路上で「ハッ!」と声を上げながらサイコロを振る光景は、かなり変。
場所はプランタン裏の通りで、平日は雨が降らなければ毎日いるはず。
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■ 中井貴一さん(俳優)の
- 『中国ロケ』の話
映画『天地英雄』のロケのため、2001年9月から2002年1月まで、中国へ行っていた。僕は遣唐使の役。中国の映画なので、日本人は僕1人だし、セリフもぜんぶ中国語だった。
新疆ウイグル地区での生活は、驚きの連続だった。自分が意外とタフだということに気がついてしまったくらい。
たとえば料理は基本的にイスラム系で、食べるお肉は羊だけ。それで、向こうに着いて最初の晩に出てきた料理が「羊の丸茹で」だった。これは日本の常識ではちょっと想像できないと思う。頭も足もついた状態で、「伏せ」をしているような姿勢の羊が丸ごと出てきた。「中井(チョンチン)、ここが上手いから食え」と言われて出された部分は、ぜんぶ脂だし。そんなの普通は食べられないと思う。それでも食べてみたら、おいしかったけど。
毎日羊の肉で、その横には必ず皮をむいた生のニンニクが置いてあった。「これ何?」と聞くと「それをかじりながら、羊を食べると解毒剤になる」と言う。ちょっと待てと。どこに解毒剤を飲みながら食事をする国があるのかと。ところが、慣れるとそれがクセになってしまうから怖い。もともとニンニク好きだったこともあって、いつしか1回の食事で4つくらいのニンニクを消費するようになっていた。4ヶ月もそういう生活をしていると、羊とニンニクの匂いが体臭に染み込んでしまうらしく、撮影が終わって日本に帰ったら、女房に「帰ってきてくれたのは嬉しいんだけど……臭い」って言われてしまったほど。
映画1本の撮影で4ヶ月というのは、日本の感覚からすればずいぶん長い。現場はノンビリしている……というよりも、ドヨ〜ンとしている。
スタッフは総勢200人。監督も「中井(チョンチン)どうだ、こんなにスタッフがいる映画は、日本じゃないだろう?」なんて自慢げに言うけど、たしかにその通り。だけど現場に行ったら130人は寝てる。しかも自分のコートを敷き布団に、他人のコートを掛け布団にして、130人が堂々と寝てる。最初にその光景を見た時は「これから何かが始まるの?」と思ったほど。
それを見て「何事も堂々とやるに限る」ということを学んだ。悪いことは、コッソリとやろうとするから見つかるのであって、堂々とやれば「これもありなの?」と勘違いしてくれる。そんなくだらないことを学んで帰ってきた。
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放送曲目リスト
| Time |
Title |
Artist |
Label |
Number |
| 7'31" |
Ma |
Al Hirt・Ann Margret |
RCA |
BVCJ-7471 |
| 16'15" |
Four Or Five Times |
Peggy Lee |
Capitol |
7243 8 54543 2 5 |
| 26'56" |
It All Depends On You |
Jerry Lewis |
MCA |
RE 2079 |
| 39'04" |
Gypsy In My Soul |
Eydie Gorme |
Taragon |
TARCD-1011 |
| 46'54" |
You And The Night And The Music |
Cathy Hayes |
DIW |
DIW 351 |
|