SUNTORY SATURDAY WAITING BAR
2003年9月20日の放送

この日の放送曲目リスト/過去の放送内容リスト

「ブラック・ジャック生誕30周年!」

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 手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』は、1973年11月19日に連載が始まりました。つまり、今年で生誕30周年になります。
 医師免許を持つ手塚治虫が描いた、リアルな手術シーンや病気の数々、そしてその周囲に起こる人間ドラマに、深い感銘を受けた人は少なくありません。数多くの手塚漫画の中でも、この作品が一番好き、という方も大勢いらっしゃいます。
 今日の当店は、そんな『ブラック・ジャック』を愛する方や、制作の現場に立ち会われた方々がいらっしゃって、『ブラック・ジャック』談義に花を咲かせておられます。そのお話の一部を、ご紹介いたしましょう。


image ■ 岡本三司さん(秋田書店)の

『「ブラック・ジャック」の初代担当』の話

 漫画『ブラック・ジャック』は、不幸な状況の中で連載が始まった。
 当時の漫画界は、『明日のジョー』『巨人の星』など、劇画タッチの絵柄が流行しだした頃で、手塚先生や藤子(不二雄)先生の作品の需要がなくなりつつあった。しかも昭和48年当時、虫プロも危なくて、自宅も売却しなきゃいけない。手塚先生はそんな状況に置かれていた。
 手塚先生は『ブラック・ジャック』の直前、『ミクロイドS』という漫画を「少年チャンピオン」で連載していた。その担当が僕。『ミクロイドS』も半年で終わり、手塚先生の週刊連載がゼロになってしまって、世の向かい風をモロに受けているようだった。
 当時、「少年チャンピオン」の編集長でカメムラ・タイゾウという人がいて、この人は『ドカベン』『ガキデカ』などが始まった頃の名編集長だった。ところがこの人は手塚先生に強い思い入れのある人で、ある時、僕を呼びだして「手塚先生の担当をしてくれないか」と言う。正直、「冗談じゃない」という気持ちだった。
 編集者なんてエゴイストなもので、どうせだったら飛ぶ鶏を落とす勢いの人を担当したい。だから編集会議でも、手塚先生の担当に誰も手を挙げない。それで、『ミクロイドS』の縁があった僕にお鉢が回ってきた、という事情だった。
 その話を引き受けたのは、「5回で終わるから」という条件が付いていたから。失礼な話、「尊敬する手塚先生の、漫画家としての死に水を取ってあげようよ」ぐらいのことまで言われて、仕方がなく引き受けた。
 そんな背景があったから、手塚先生の得意な分野の「医者」の話で、しかも手塚先生にしてはやや劇画タッチ。それは先生との打ち合わせでお願いしたことだった。それでも、新連載なら巻頭カラーとか、表紙にカットを入れるとか、普通はやりそうな派手なことは一切無しで、地味に連載が始まった。それくらい編集サイドに情熱がなかった。
 連載が始まっても、人気アンケートの結果は大したことがなく、そんなものだろうと誰もが思っていた。それが「違う」ということに気付かされたのは、初めて手塚先生が原稿を落とした時だった。
 たぶん、借金がらみの話だろうと思うんだけど、手塚先生がどうしても人と会わなければならなかった。ところがそれでは原稿が落ちてしまう。こっちも必死になって「それは許せません!」と体を張って止めようとしたら、あの温厚な手塚先生が「あんた鬼だ!」と叫んで、出ていってしまった。
 手塚先生はもともと入稿が遅い人なので、もう差し替えもきかない。それでやむを得ず、4ヶ月ほど前の原稿をもう1度載せた。その「少年チャンピオン」が発売されるやいなや、編集部の電話が鳴りっぱなし。「詐欺だ!金返せ!」って。その時に「こんなに人気があったんだ……」と思い知らされた。

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image ■ 長島公之さん(B・J症例検討会)の

『「ブラック・ジャック」という理想』の話

 「B・J(ブラック・ジャック)症例検討会」では、医師の立場からブラック・ジャックのやったことが正しかったのか、今だったらどんな治療が可能なのか、等をまとめた本を3冊出した。
 ブラック・ジャックは、どこの病院にも、医師会みたいな組織にも属していない。「そんなのあるわけない」とは思いつつ、どこかに「こんなに自由だったらどんなにいいだろう……」という気持ちはある。やっぱり医師というのは法律に縛られているし、健康保険というシステムがあるので、大学を出たばかりの新米が手術しても、30年のベテラン医師が上手な手術をしても、システム上の評価は同じになってしまうから。
 ブラック・ジャックは、どんな手術でもこなしてしまうけど、これも理想的。最近の医師は非常に専門化されていて、眼科、耳鼻科、整形外科……と「科」に分かれている上に、さらに整形外科なら肩、膝、腰などの専門がある。簡単な手術なら専門外でも大丈夫だけど、肩の難しい手術は肩の専門家に、という話になる。
 そういうワケで、「身体の細かいところしか見ていない」というのが今の医者の特徴。ところがブラック・ジャックは、1人で、全身を隅から隅までやってしまう。脳を移植したり、目も耳もやってるし、内臓も全部やってる。1人で脳外科、耳鼻科、眼科、胸部外科、消化器外科、産婦人科、さらには獣医まで兼ねている。まさに歩く大学病院。
 でも、よく考えると、大昔の医者はそうだった。その地域に医者が1人しかいなかったら、その人が全部を診るしかなかった。今でも離れ小島ではそういう場所が残っているけど、こっちは『Dr. コトー』という漫画になっている。
 そういう意味で、『ブラック・ジャック』の姿勢は医の原点とも言える。その姿に、1人の医者として憧れを禁じ得ない。
 ちなみに『ブラック・ジャック』には、「移植」の話が数多く登場する。そして20〜30年前には夢物語だった移植が、やっと最近、日常的に行われるようになってきた。そうなって初めて浮き彫りになってきた倫理的な問題が、すでに『ブラック・ジャック』では提起されていた。たとえば脳死の問題は「植物人間」という話で取り上げられている。
 そういった「医学は何を目指しているのか」「ただ命を助けるだけでいいのか」という問題を鋭く突き詰めるために、ブラック・ジャックという天才的外科医師を持ってくる必要があったのだろう。

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image ■ 松谷孝征さん(手塚プロダクション)の

『手塚治虫』の話

 今でこそ著作権とか、アイデアにお金を払うということが普通になっているけど、昔は「頭の中のものを口から出すだけなんだからタダ」というのが当たり前だった。だから手塚治虫もいろんなところに駆り出されて、いろいろ意見を言っても、基本的にはタダだった。
 本人は好きでやってたことだし、そういう時代だったから、特に意識はなかったと思うけど、どこかで「○千万円」と言ってみたかったのかも知れない。僕の中では、それがブラック・ジャックのあの態度に表れているような気がしている。
 なんていうのは僕の妄想で、いつも手塚が漫画で言いたかったのは「命はどんなものよりも大切だ」ということだった。『ブラック・ジャック』は医者を主人公にすることで、そのテーマが一番ストレートに表現されている。
 一緒に仕事をしていて、手塚が医学博士だとは信じられなかった。虫プロで倒れた人がいて、手塚が脈を診て「あ、これはもうダメですね」と平気で言ったとか、それを倒れた本人が聞いていて「冗談じゃない!」と怒ったとか。どう考えても医者には向いていなかった。
 息子の(手塚)眞さんも同じで、あれだけ進んだ映像を作っていながら、本人は意外とコンピュータに弱かったりする。手塚治虫もカメラ1ついじれない人だった。とにかく機械がダメだったので、今の時代に手塚が手術なんかしたら、危なくてしょうがなかったに違いない。本人からも、インターン時代に「お前は医者ならない方がいい、何人殺すかわからないから」って言われた、という話を聞いた。
 それでも『ブラック・ジャック』は、アドバイザーなど無しで話を作っていた。遊びでストーリーの相談に来ることはあったけど。
 「実はあそこで登場した女なんですが、自殺するのがイイですかね?殺されるのがイイですかね?ずっと生かしておく方がイイですかね?」こんな相談を持ち掛けてくる。そんなことを聞かれても、こっちは先のストーリーを知らないから答えようがない。それでも「これまでの流れを考えると、自殺という結末のが一番いいんじゃないですか?」とマジメに答えると、「それじゃあ……こうなって、こうなって、行き詰まってしまいます」と来る。
 「じゃあ、殺されるんですね?」と言うと、「いや、それもカクカクシカジカで都合が悪いんです」と答える。もう、そこで「じゃあ生かしておきましょう」というのも馬鹿みたいだし、黙っていると「下手な考え、休むに似たり、ですね、寝ます」と言って、寝てしまう。
 結局、その辺は眠たくなった時のワガママだった、というのが当時の結論だった。

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image ■ 大森一樹さん(映画監督)の

『「ブラック・ジャック」の映画化』の話

 僕は手塚漫画で育ったし、手塚漫画のファンだった。そして一番好きなのは『ブラック・ジャック』。それは医学生の頃に、あの漫画を読んでいたから。
 医学生は、よくスケッチをやらされる。スケッチすることで覚える、というカリキュラムが医学の教育にはあるみたい。そのスケッチの経験を踏まえた上で、手塚さんの絵を見ると、感動した。「今週のチャンピオンはあの病気だったよな」なんて、講義で習った事が出てくると話題になったりもした。
 映画『ヒポクラテスたち』では、漫画自体を映画の中で使わせてもらった。漫画を使っているので、よかったら手塚さん自身も……とお願いしたら、アッサリとOKしてくれて。僕が交渉したワケじゃないけど、プロデューサーの話では「ハイハイ」と二つ返事だったらしい。
 実際に会った手塚さんは、本当に良い人だった。撮影の時に、トレードマークのベレー帽をかぶったままだったので、「医者でベレー帽は変じゃないですか?」と言ったら、内心はちょっとムッとしたのかもしれないけど、「そうですね」って脱いでくれた。後年、「ベレー帽を脱いで人前に出たのはあの時だけ」なんてコメントも耳にしたけど。
 手塚さんは漫画の社会的地位を向上させた人で、僕たちはその手塚さんの漫画で育った世代。「漫画を読むとバカになる」と言われても、「手塚さんは大阪大学を出たお医者さんじゃないか!」と言い返した。実はウチの親父も大阪大学出身の医者なので、この言い訳はウチの親には効いた。逆に大学の頃になると、「手塚さんだってちゃんと卒業しているんだから、映画をやりたいのなら卒業してからにしろ」と説得の材料に使われたけど。
 そんな経歴だったからか、ある時、プロデューサーから「『ブラック・ジャック』を映画化したいんだけど、脚本をやらない?」と声を掛けられた。「どうせだったら監督をやりたい」と言ったら、「監督は手塚眞クンがやるって言ってるんで……」と言われてしまった。他の誰でも「僕の方が監督をやる資格があるはず」って言えるんだけど、彼だけは別。それで、まだそれほど具体化はしていないけど、何度か手塚クンと打ち合わせをしている。
 さすがに実写の映画なので、主人公は漫画そのままの風貌にはならないと思う。見た目はけっこう普通の人になるかも。「じゃあピノコは?」というと、あれも漫画らしいキャラなので、実写の映画じゃ無理。登場しないかもしれない。
 主演は、打ち合わせをしている内に、どんどん外人のイメージになっている。トム・クルーズだとか、チョウ・ユンファだとか……そんなこと言ってるから、いつまで経っても実現しないんだけど。

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image ■ 長瀬真幸さん(JR東京総合病院麻酔科)の

『専門家の見た「ブラック・ジャック」』の話

 医学部に通っていた頃に、ちょうど『ブラック・ジャック』の連載が始まった。
 医学部の解剖学で、一番最初に覚えなくちゃいけないのがラテン語。だから『ブラック・ジャック』の手術シーンに書いてあるカタカナのラテン語が、ちゃんとしているのに感心しながら読んでいた。同級生はだいたいみんな読んでいたと思う。
 お話の中で、教授が普通にやる手術があって、ブラック・ジャックは必ずその上を行く。「こんな事はないだろうな」とは思ったけど、それは悪い意味じゃなくて、「そういうのを考えてもいいかな」みたいな、上の行き方。
 TVドラマの手術シーンは、我々専門家が見ていて「ちょっとあり得ない……」とシラけてしまうことが多々ある。たとえばお腹を切る手術なのに、麻酔は顔にマスクを当てただけ、とか。そういうシーンを見ちゃうと、ちょっと続きを見る気をなくしてしまう。
 その点に関しては、さすがに『ブラック・ジャック』は医者が書いた漫画。あり得ないシーンは登場しない。もちろんフィクションだから、脳の移植なんて本来あり得ない話なんだけど、基礎の部分がしっかりしているから気にならない。
 手術なんて、今も昔もそう大した違いはない。やることと言えば、切って、縫って、血を止める、ぐらい。そういった意味で、『ブラック・ジャック』は今でもかなりリアルな漫画だと言える。

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放送曲目リスト

Time Title Artist Label Number
10'02" There Will Never Be Another You The Four Freshmen Capitol 72438-19175-2-7
21'01" Lulu's Back In Town Mel Torme Bethelehem COCY-9937
31'03" All Or Nothing At All Jerri Winters Bethelehem COCY-9935
42'25" Heart Peggy Lee Capitol 7243 8 56056
47'07" That Old Black Magic Mark Murphy Capitol CDP 7243 8 31775 2 3


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