SUNTORY SATURDAY WAITING BAR
2003年2月22日の放送

この日の放送曲目リスト/過去の放送内容リスト

「大道芸」

image

 私、小穴は、お店が休みの月曜日に、時々秋葉原へ買い物に行くんですが、駅前の実演販売が大好きで、いつもつい時間を忘れて見入ってしまいます。ダラダラとマジックをやりながら、「1ヶ月に1個も買えば1年で12個、そんなにマジックやらないでしょ?」なんて言ってるマジック・グッズ販売のおじさんには、いつまでも頑張って欲しいものです。
 そういえば最近では、都が大道芸人を「ヘブンアーチスト」として認定して、駅前や公園などでパフォーマンスが見られたりもするとか。街がどんどん楽しくなりそうで、どんな芸が見られるのか楽しみです。
 もしかして、あちらの席のお客さまが大道芸のお話が盛り上がっていらっしゃるのは、どこかでそんな大道芸をご覧になってきたんでしょうか?


image ■ 永六輔さん(放送タレント)の

『芸人、今昔』の話

 浅草育ちなもので、我が家の斜め前の長屋に木村重松さんがいたり、ちょっと離れたところに林家彦六(正蔵)さんがいたり、芸人と呼ばれる人が身近にいた。
 彦六さんの晩年、弟子の木久蔵さんが「あ、珍しく師匠がTVを見ているな」と思ったら、なんとバスケットボールのNBAを見ていたそうな。「師匠、バスケットボールなんてわかるのかな?」と思ったら、師匠はブツブツと「オイ、誰か教えてやりゃぁいいじゃねぇか」と言っている。「何をですか?」と尋ねたら、「あの網の底は抜けてるぞ、アイツら一生懸命だからわかってねぇんだよ」だって。僕はこの話が大好きで、バスケットボールを見て「網の底が抜けてる」と思えるのは素敵だと思う。こういう人たちを見ながら、僕は育った。
 戦後50年が経って、かつては日本の芸能の中心だった浅草も変わったし、芸能にまつわるすべてが変わったと思う。でも最近の傾向として、「素人芸なのに切り口が鋭いもの」に出会うことが多くなった。「だめじゃんこいで」とか「すわ親治」とか、まだ若いのに「こういう芸ができちゃうの?!」と驚かされることがある。
 たとえば、すわ親治には「3歳の子供の服を着る」という芸があって、何が芸なんだと言われると説明しづらいんだけど、とにかくおもしろい。ただ着るだけならただのバカなんだけど、それをどう見せるかが芸。最近は、こういう芸を持った人が、劇団じゃなくて大道から出てくる。大道芸は意外と収入が見込めるので、それをやっている内に誰かが舞台に呼んだり、ラジオやテレビに連れて行ったり、というルートがある程度できあがっている。
 ちなみに、この手の芸人の「松崎菊也」「石倉直樹」「すわ親治」、この3人で3/29にライブをやる。しかもその会場が、なぜか永田町の「社会民主党会館」。「土井たか子でも出るの?」と聞いたら「いや、安いから」だって。あまりに可笑しくて覚えてしまった。

【Hot Link !!】





image ■ 南部虎弾さん(電撃ネットワーク)の

『電撃ネットワーク』の話

 僕たちのデビューは、スネークマン・ショーの桑原茂一さんの紹介で、川崎のクラブチッタでやらせてもらう、という話だった。その話を聞いた時は「ヤッター!」と躍り上がって喜んだ。
 ところが川崎へ行ってみると、クラブチッタの舞台には僕たちの居場所はなくて、外のお客さんの前でやってくれと言われて、もうガッカリ。やっぱり舞台の上でやるのと路上では、ぜんぜん格が違う、と思っていたから。ところが実際にやってみて、逆にその快感を覚えてしまって、それ以来やみつきになってしまった。
 大道芸というのは、お客さんから帽子にお金をお金を入れもらうのが基本。だから大きな声で呼びかけて、一人一人のお客さんと触れあっていく。その気持ちよさに魅せられた。
 最初の内は、僕もダチョウ倶楽部を辞めたばかりだったので、いろんな瞬間芸をやっていた。ところがある時、ウチのダンナ小柳がくしゃみをした瞬間、その鼻水が目から出てくるのを見てしまった。僕も我が目を疑ったけど、フト「もしかして牛乳でもやれる?」と考えて、とりあえず舞台の上でやってみた。これが電撃ネットワークの芸の始まり。お客さんからは本気で気持ち悪がられたけど。
 基本的に練習は嫌いなので、滅多にやらない。そのかわり実験はいくらでもやる。CMで「瞬間接着剤でバイクがくっつく」なんてのを見て「じゃあ人間の手にドラム缶もくっつくかな?」とか、「ふとんパックでふとんが1/3に縮む」というのを見て「人間でやったらやっぱり1/3になるのかな?」とか、発想はそんな素朴なところ。だけどそのアンテナを持つことが重要だと思う。
 世界を回ってみて、「自分たちがやっていることが世界で一番おもしろい」と思った。世界には残酷なショーや強烈な芸が数多あるけど、僕たちのようなアンテナを持った芸人は他にはいないと自負している。

【Hot Link !!】





image ■ 小木茂光さん(俳優)の

『一世風靡セピア』の話

 一世風靡セピアは、原宿の歩行者天国での路上パフォーマンスから出てきたけど、最初は別に格好つけたものじゃなかった。お芝居をするヤツもいれば、発声練習をするヤツもいて、いろんなことをバラバラにやっていた。
 でも「もうちょっと格好良いことをやろうよ」という話になり、50年代にアメリカで流行ったズート・スーツを着て、みんなで踊ろうということになった。踊りも、能の家元の息子だった平賀(雅臣)さんに能独特の足裁きを教わって、みんなでいろいろ工夫した。
 踊るためには音楽も必要だったので、伝手を頼ってTBSの視聴覚室へ行って、片っ端から聴きまくった。その中から太鼓の音や、喜納昌吉さんの曲を使わせてもらった。今にして思えば喜納昌吉さんの曲なんかは勝手に使っていたので、本当はやばかったかも。
 そうやって路上パフォーマンスを続けていく内に、一種の劇団として体裁が整うようになり、『トゥナイト』なんかでも取り上げられて、だんだん周りが騒がしくなっていった。「若者文化の象徴」みたいな取り上げられ方をして、ちょっと鼻が高かったりもしたけど、僕たちはお金を取ることだけは絶対にしなかった。
 そして僕たちは雨の日も風の日も、毎週日曜日の午後3時には必ずあの場所にいた。ある時は台風が直撃して、「絶対に誰もいないだろう」と思ったけど、何があってもやるって言っちゃった手前、一応のぞきに行ったら、女の子が3〜4人、傘を差して待っていた。誰もいなきゃ帰るつもりだったのに、いる以上はやらざるをえなくて、やる方も見る方も暴風雨の中びしょ濡れになりながらパフォーマンスをやった、なんて想い出もある。
 結局、その日曜3時のパフォーマンスは、1度も休むことなく6〜7年も続いた。

【Hot Link !!】





image ■ マギー司郎さん(マジシャン)の

『マジック』の話

 僕がいつも言っている「これは巣鴨の薬屋のオバチャンにはウケた手品なんだけどね…」というセリフは、実はかなり本音の言い訳。舞台でウケなかった時に、ついポロッと出てしまう。
 そして芸というのは、ウソじゃ成り立たないと思っているので、本当に巣鴨の駅前の薬局に行って、レジのおばさんの前で突然手品をやっている。そうやって、「ウソじゃない」という自信を持って言っているセリフだからこそ、受け入れられているのだと思う。
 そういう裏事情は、料理人で言えば「隠し味」みたいなもの。「駒込の駅の、え〜と下の方なんだよね、え〜と、だから…」なんて、実際に行った時のことを思い出しながら喋っているから、臨場感が出る。やってないモノを考えるより、やっちゃって思い出した方が楽、とも言えるけど。
 お祭りでテキ屋のおじさんがモノを売ったりしているけど、あれは最高だと思う。「この包丁が売れなきゃ生活が成り立たない」という切迫感があるから、説得力がある。上手い下手で食っていけるなら、こんな簡単なことはないんだけど、それだけじゃお客さんがお金を払ってくれないのが芸の世界。
 僕の仕事場は場末のストリップ劇場が多かったけど、路上でも時々やった。芸人仲間が何人か集まって、上野の西郷さんの裏あたりでやったりもした。そういう時は、誰が一番お客さんを集められるかの勝負になる。マジックあり、コントあり、漫才ありの真剣勝負。別に何を賭けたというわけでもないんだけど、「オレの方が3人、客が多かった!」って自慢できる時は誇らしかった。

【Hot Link !!】





image ■ 小沢昭一さん(俳優)の

『夜店の芸』の話

 僕の子供の頃は、縁日の夜店が1週間の内、3日は出ていた。火、木、土と、それぞれ通りを変えて、夜店がズラッと並んだ。
 いろんなモノを売っているんだけど、いかがわしいモノを売ってるほど子供はおもしろくて、「万年筆売り」なんかを良く覚えている。その人は「昨日、万年筆の工場が火事で焼けました」と言って、炭で真っ黒にした万年筆を売っている。「水をかぶっただけなので、中身は新品同様です、だけどお店の売り物にはならないので、こうやって社員一同で安く売って回ってます」と言って火事の新聞記事をみせるんだけど、この人がなぜか、いつ縁日に行っても必ずいる。しかもいつでも「昨日火事になってしまいまして…」と言うから不思議。新聞もずいぶんくたびれて、黒くなっているんだけど、それでもその人は「昨日火事で…」と言い続けていた。
 手品をやる人もたくさんいて、僕のお気に入りは「千里眼」だった。まずお客さんに悩み事、たとえば「僕の女房はとてもうるさくて毎日ツライのです」などと紙に書いてもらう。その紙ををロウソクであぶると、アラ不思議。文字が浮き出てきて「早く別れろ」と悩みに対する答えが出てくる…という「千里眼の紙」が売り物だった。僕も買ってみたんだけど、「どうすれば勉強ができるようになりますか」と書いてあぶってみたら、「まあまあだ」なんてぜんぜん関係のない答えが浮き出てくる。不思議に思いつつも連日その夜店に通っている内に、やっぱりあれはサクラだった、ということに気がついた。でもその時には、向こうもこっちに気付いていたらしくて、「あちこち行っていろいろ喋るんじゃねえぞ」と言われてしまったけど。
 バナナの叩き売りは、東京の場合は「買ってけ、この野郎!20円!買えねぇのか!じゃあ10円だ!えーい、買えねぇのかこの貧乏人!」なんて、バンバン叩きながら怒るのが特徴。これが九州に行くと、今でも民俗芸能的に残っているバナナの叩き売りなんだけど、「♪あ〜バナちゃんが〜」なんて歌を歌う。どうもその内容は、バナちゃんが南の国から日本に来てそこで売られるまでの、バナちゃんの歴史らしい。
 とにかく夜店は楽しい。「七色唐辛子」の謳い文句なら「四国讃岐の名産…」なんて、今でも全部諳んじている。

【Hot Link !!】







放送曲目リスト

Time Title Artist Label Number
10'06" Do You Ever Think Of Me Gisele Mackenzie BMG BVCJ-7373
19'10" On The Sunny Side Of The Street John Pizzarelli NOVUS 63182-2
29'33" Shall We Dance? Stacey Kent King KICJ 433
39'20" Magic Moments Perry Como RCA 53802-2
48'21" Too Close For Comfort Eydie Gorme MCA TARCD-1011


 Back