■ 宇津井健さん(俳優)の
- 『大映』の話
昭和28年から36年まで新東宝という映画会社にいて、そこが倒産して大映に移った。その大映も結局最後には倒産しちゃったから、僕は映画会社を2つ倒産させたことになる。こんな俳優は他にはいないかも。
映画会社と契約している俳優にもイロイロいて、言葉は悪いけれど「大部屋さん」と呼ばれる人たちは、通行人なんかのエキストラをやる。そこから一段階あがると、ボーイさんや社員といったちょっとしたの役。そして準主役クラス、主役クラスと、大雑把に4〜5段階ぐらいにわかれている。
それとは別に、「ニューフェイス(新人)」という枠があって、彼らは半年から1年の養成期間を経て、現場に入ってくる。そして力を入れている新人の場合、鉦や太鼓で売り出し、責任と愛情を持って長い目で育てる、という姿勢だった。今のようにプロダクションから適当に抜擢して、ドラマさえつつがなくやってくれればいいや、という体制ではなかった。
1本の映画を撮るのに2ヶ月くらい掛かるその間、ずっと監督が愛情を持って新人の演技指導をして、何十回ものテストと何回もの本番を繰り返し、一番イイものを編集して上映する。だから1本の作品が終わるとグンと成長して、女優はみるみる美しくなり、男優はどんどん自信がついてオーラが出てきて、その中から「銀幕のスター」が育っていった。
今、僕たちがテレビで見ることのできる若手の人たちは、どこにでもいそうな、身近な感じがする。でも昔の「スター」は、信じられないくらい綺麗で、絶対に手の届かない存在だった。
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■ 宍戸錠さん(俳優)の
- 『日活』の話
僕は1期生で、2期生が葉山良二(故人)、3期が小林旭、二谷英明、筑波久子。筑波久子はその後プロデューサーになって、『殺人魚フライングキラー』でジェームズ・キャメロンを発掘している。
その3期生が入ってくる1ヶ月前に、石原裕次郎さんを『太陽の季節』で初めて見たんだけど、「君には勝てないよ!」と両手をあげて降参するしかなかった。主役は長門裕之さんと南田洋子さんで、「その周りにいる学生たち」をスチール写真で撮ると、どうしても裕ちゃんが目立ってしまう。みんなで「どうしよう?」と相談するほど光っていた。
古川卓巳という監督も、「アキオちゃん(長門さん)、あそこまで歩いてみて……違うな、その歩き方じゃないんだよな……おい、ちょっと裕次郎よんでこい!」それで裕ちゃんが呼ばれて、例のちょっと右足を引きずった歩き方で歩いてみせると「あれだ!あれだよ!」さすがにアキオちゃんも怒って「オレにああいう歩き方をさせたいなら、オレの足を20cm伸ばしてくれよ!」って言ってたけど。
裕ちゃんとはその後、6〜7本の映画でしか共演しなかったので、仕事仲間というよりは遊び友達だった。もの凄く気を使う人で、日活の撮影所で「銀座行く人〜、銀座行く人〜」とみんなに声をかけて、「誰の車と、彼の車と、俺の車と…」と車の配分をするのはいつも裕ちゃん。銀座に行っても「会費はいくら!できた?みんなできた?」と仕切って、今度は銀座の女の子を連れて横浜のブルースカイへ。さらにそこで「話ついた?話ついた?」ときて、逗子の渚ホテルへ。そこでも「朝は洋食?和食?どっちにする?」と、まさに名幹事だった。
でもその翌朝、渚ホテルでみんなのお金をかき集めたら5千円しかなくて、慌てて撮影所に電話して、「すみません、あとで日活のものが払いにきますから」とホテルのフロントで頭を下げたこともあった。それで何とかなってしまうという意味でも、名幹事だったと言えなくはない。
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■ 夏木陽介さんと江原達怡さん(俳優)の
- 『東宝』の話
僕(夏木さん)は大学を卒業する時に田中友幸さんに誘われてこの世界に入ったんだけど、達ちゃんは昭和23年に子役でデビューしているから、10年先輩になる。
その頃の東宝は、久保明さん、山田真二、それから達ちゃんなんて若手が大きい顔をしていたけど、三船敏郎というトップスターが偉ぶらなかったから、すごくいい雰囲気だった。三船さんはお付きもなしで、自分で車を運転して撮影所に現れて、誰にでも気さくに挨拶をする人で、どこかの撮影所みたいに指を二本出したらタバコがサッと差し出されて…みたいな事は全然なかった。
三船さんは現場に台本を持ってこない人で、これは東宝の俳優の自慢でもある。台本を持ってこない、ということは、全部覚えてくる、ということ。トップの人がそうだったから、別に三船さんがそうしろと言ったワケじゃないけど、東宝の役者は「役者はそれが当たり前」と思っていた。
『国定忠治』の撮影で、三船さんと藤木悠ちゃんと僕(夏木さん)が後発で、伊豆長岡まで行くことになった時も、「わざわざ車3台で行くことはないだろう」という話になってジャンケンポン。そうしたら三船さんが負けちゃって、三船さんの車で三船さんの運転で長岡まで行った。しかも三船さんの撮影だけが3日くらい先に終わったのに、「三船さんに帰られちゃうと帰りの車がなくなっちゃうから、悪いけど待ってて」とお願いしたら、あっさり「いいよ」って。
ところが待っている三船さんが、仕事がないものだから飲むこと飲むこと。しかも「夜中に腹が減るんですよね」なんてこぼしたら、「よし、わかった!」って、夜中にうどん屋を叩き起こして、鍋焼きうどんを30個も届けさせたりする。翌日「三船さん、鍋焼き30個はやりすぎだよ、女30人だったら話は別だけど」なんて軽口を叩いたら、今度は夜中に芸者30人が「お待たせしました〜」って現れたりして。
ちなみに三船さんがロケが終わると、ライトの片づけを手伝うくらい気さくな人だったんだけど、それをアメリカでもやったら組合に「俺たちの仕事を奪う気か!」と怒られたらしい。そういえば『国定忠治』でも、捕り方のエキストラで鼻を真っ赤に塗って出ていたっけ。
結局、帰りのジャンケンでも、三船さんが負けて三船さんの運転で帰った。そういう東宝の気さくな雰囲気は、三船さんが作ったもの。
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■ 山城新伍さん(俳優)の
- 『東映』の話
京都撮影所の俳優会館というのは、歌舞伎のシステムの流れを汲んでいる。歌舞伎では、大部屋さんを隠語で「稲荷町」というんだけど、どこの芝居小屋にも奈落にお稲荷さんが祀ってあって、そのお稲荷さんの近くに住んでいる(30人くらいで使う支度部屋がある)というところから来ている。そこからちょっといい役が付くようになると、「名代下」と言われて、4〜5人の支度部屋が使えるようになる。そういう向上心を煽るシステムを時代劇の世界にも取り入れようとしたのが俳優会館。
僕なんかも、『白馬童子』に出たときは大部屋だった。それが10人の部屋になり、6人、4人、2人と減っていき、7〜8年かけて1人部屋にたどり着いた。もっとも1人部屋にもピンからキリまであって、カビの生えたような1人部屋だったけど。だから「あの映画で賞を獲ったよ」というよりも、「あの映画で1人部屋になれたよ」という方が晴れがましい気分だった。
俳優会館の一番の表通りには、月形龍之介、片岡千恵蔵、市川歌右衛門など、そうそうたる顔ぶれの支度部屋が並んでいた。その俳優の部屋がどこにあるかで、序列が一目でわかるようになっていた。
ちなみに黒澤明監督がノイローゼになったのは、たぶん東映の俳優のせいだと思う。『トラ!トラ!トラ!』で石油会社の社長かなにかの素人を使う、と言って、その人に片岡千恵蔵先生の支度部屋を使わせたんだけど、これに東映の役者たちが猛反発した。黒澤さんがセットに入ると、「今にも殺してやろうか」という目でにらみつけるヤツがわんさかいて、それだけが原因じゃないだろうとは思うけど、「黒澤監督、ノイローゼ」というニュースを聞いた時、東映の役者は「黒澤のヤツ、ビビリよった!」と思ったものだった。
「世界のクロサワ」であろうと、東映の役者にとっては関係ない。むしろ降旗康男監督のように、何百人といる大部屋の俳優の名前を全部覚えて、通行人役にも「田中クン、もうちょっとこっち」と言ってくれるような、そんな男気に惚れるという風潮があった。
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■ 中井貴一さん(俳優)の
- 『松竹』の話
僕は『男はつらいよ』に出たときに、山田洋次監督に「中井クンは松竹のカラーをすごく持っている俳優だね」と言われた。僕はデビューが東宝なので、「どういうことでしょうか?」と聞き返したけど、答えてくれなかった。だからいまだにどういう意味かわからないけど、僕には松竹カラーがあるらしい。
オヤジ(佐田啓二)の松竹時代の友人に、「ゴメンネ」って頭を下げられたこともある。「本当は僕たちが貴一クンを松竹でデビューさせなきゃいけなかった、それが出来なかったのが申し訳ない」って。やっぱり「松竹に対する誇り」みたいなものがすごくあるんだと思う。
オヤジはずっと松竹の専属で、五社協定がなくなるという間際に事故で死んでしまったので、最後の方では東宝の映画に出たり、NHKの大河ドラマ第1作『花の生涯』にもでているんだけど、本当に松竹のイメージが強く残ったのだろう。それ以降、日本がプロダクション制度に移行していくので、最後の専属俳優だったと言えるかもしれない。
僕自身は松竹でなにかをしたということはないんだけど、どうしても松竹に対する想いは強くなってしまう。それで、大船にあった松竹の撮影所がなくなるという話を聞いた時、仕事を全部断って1人でその撮影所まで行ってみた。そうしたら涙が止まらなくなってしまって。
先達が作りだしたものは、後進が受け継いでより良いものにしていかなければならない。ところがその歴史が、僕たちの世代で途切れてしまう。それは僕1人のせいではないけれど、その責任は映画に携わっている人間みんなが負わなければいけない。そう考えると、涙が止まらなかった。
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放送曲目リスト
| Time |
Title |
Artist |
Label |
Number |
| 7'36" |
Out Of Nowhere |
Caterina Valente |
Universal |
065 104-2 |
| 18'20" |
Miser's Serenade |
Chris Connor |
Bethlehem |
COCY-75724 |
| 28'32" |
I Don't Care |
Eydie Gorme |
Universal |
UCCC-3018 |
| 40'29" |
My Man |
Peggy Lee |
Capitol |
7243 4 96729 2 5 |
| 47'08" |
Beautiful Friendship |
Sue Raney |
Universal |
UCCM-9048 |
|