■ 斉藤仁さん(柔道全日本男子チーム監督)の
- 『山下泰裕』の話
正直、ソウル五輪準決勝の趙容徹との試合では、(過去の様々な因縁があって)相手の腕を折ってやろうと思っていた。でも「始め!」の声が掛かった瞬間に、「今できる事をやろう」と切り替わった。
相手を応援する声援は「チョウ、ヨン、チェル!」、僕への声援は「サ、イ、トウ!」。リズムが一緒だから、試合が始まって夢中になると、全部「サ、イ、トウ!」と言っているように思えた。それで気持ちが乗っていった。
会場の盛り上がりも凄くて、もう選手にも審判の声が聞こえなくなるほどだった。どっちがリードしているのか自分でもわからなくて、どうしようか迷った瞬間にパッと目があったのが、TVの解説者席に座っていた山下泰裕さんだった。目で「先輩、どっちが勝ってますか?」と問いかけたら、山下さんは黙ってうなずいてくれた。これはビデオで確認してもらえばわかると思う。アナウンサーも「斉藤選手が山下さんの顔を見ましたね」と言っているから。
それで判定で趙容徹に勝てたんだけど、その山下さんには結局一度も勝てなかった。7回くらい戦って、最後の全日本選手権ではかなり惜しいところまで行ったけど、やっぱり勝てなかった。でも、あそこで山下さんに勝てなかったからこそ、ソウル五輪の金メダルがあったんだと思う。
山下さんの現役時代、僕はずっと山下さんに勝てなくて、一度も全日本選手権を獲れなかった。そして山下さんが引退して、「さあ今度は僕の番だ!」と思ったら、僕が怪我をしてしまって。それが悔しくて現役を続けて、ソウルの年に全日本を獲れたんだけど、それまでに一度でも全日本を獲っていたら、怪我をした段階で現役を諦めていたと思う。
山下さんは、ずっと倒すべきライバルではあったけど、実はオリンピックや世界選手権へ行く時は、同じ日本代表のチームメイト。こうなると、山下さんほど頼りになる先輩はいなかった。バルセロナ五輪が終わった直後から、山下さんが全日本のヘッドコーチになって、僕が重量級のコーチで、アトランタからシドニーまでの8年間、ずっと一緒に戦ってきたけど、その思いは今でも変わらない。
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■ 金子達仁さん(スポーツライター)の
- 『レアルvsバルサ』の話
リーガ・エスパニョーラ(スペインリーグ)のライバルといえば、レアル・マドリッドとバルセロナFC。このライバル関係が凄いのは、100年にも渡ってスペインの「2強」として戦い続けていること。今をときめくマンチェスター・ユナイテッドもアーセナルもボロボロになった時期があるけど、レアルとバルサにはそれがない。ずっとリーガ・エスパニョーラの優勝争いをしている。これは凄いと思う。
スペインは民族問題があるので対決ムードが盛り上がる、という事情もある。スペイン人(マドリッド)とカタラン人(バルセロナ)は、日本人と韓国人くらい違うし。言葉だって、スペイン語の「アディオス!(さよなら)」が、カタラン語だと「アデウ!」だし。一事が万事その調子。スペイン人からするとカタラン語は「なにフランス語みたいに気取ってんだよ!」って事らしい。
でも、経済的にはカタルーニャ地方の方が圧倒的に上。スペインで一度だけ開かれたオリンピックが「バルセロナ」だったことでもわかると思う。一度だけのオリンピックが首都じゃないなんて、他にほとんど例がない。それでスカした喋り方をするもんだから、スペイン人がムカつくのも無理はないと思う。
ところが一方、カタラン人にとってみれば、お祖父ちゃんの代から政治的に抑圧されてきて、カタラン語も禁止されて、その歴史を背負っている、という譲れない事情もある。
その双方の想いを背負って戦うので、選手たちは大変。ホームで負けようものなら、大変なことになると思う。だからこの20年、バルサはどんなに不調でも、ホームではレアルに一度も負けてないし。去年あたりはチーム力の差が激しくて、「いくらなんでも負けるのでは?」と誰もが思っていたのに、うやむやの間に追いついて、引き分けに持ち込んでしまった。
たとえ優勝争いから脱落しようと、ホームでレアルを5-0で叩き潰せば、バルサのファンは「よっしゃ、今年はよくやった!」となる。そういう環境の中でプレーをする選手は大変だけど、ある意味「幸せ」だと思う。たぶん、ゴールの瞬間に彼らの全身を貫く感覚は、僕らにはどうやっても想像だにできないものなのだろう。
ヨーロッパ全体を見渡せば、チャンピオンズリーグが隆盛していく中で、ライバル関係というものも変わりつつある。その中にあって、スペインだけは別格。今でも元気にライバル関係を続けている。
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■ 衣笠祥雄さん(野球解説者)の
- 『山本浩二』の話
僕と山本浩二は線路が違った。彼の目指す方向と僕の目指す方向は全然違うものだから、ぶつかることは決してなかった。ただ1点「チームのために何ができるか」を考えるという点に置いて交わるところがあって、それに対するアプローチはまったく違った。
彼の場合は性格的に割り切りがうまくて、僕は下手だった。だから若手が僕を見て「なんであんなに練習するんだろう」と考えることもあっただろうし、山本浩二の気分の切り替えというか、素晴らしいひらめきを見て、何かを感じることもあっただろう。両極端を見られて、ちょうど良かったのでは。
良いチームワークというのは、そういうもの。それぞれが自分の色で輝いていないと成り立たない。ピッチャーだって、右もいれば左もいる、上もいれば横もいれば下もいる。みんなが1つのタイプに弱ければ、全部やられてしまう。そこに個性があって、はじめて「チームワークで戦う」ことが可能になる。
逆に、いわゆる「仲良しグループ」だけは作らないように気をつけていた。チーム内に2つも3つも特定のメンバーだけによるグループができてしまったら、チーム全体がまとまらない。むしろ、まとまるのはグラウンドの中だけにしておいた方が良いくらい。仕事が終わったらバラバラで結構。野球屋なんだから。
僕と浩二は、絶対に喧嘩をしてはいけない2人だった。チームのためには、絶対に争ってはいけない2人というものが存在する。僕らはそれを王さんと長嶋さんに見せてもらったので、2人で表だって何かを争うということは絶対にしなかった。
こうやって現役を退いて、フッと振り返ってみると、日本の野球の歴史上、2人で1000本以上のホームランを打ったのは、王さんと長嶋さんのコンビと、山本浩二と衣笠のコンビしかいない。こんな良い相手と巡り会えた、ということだけは、胸を張って言える。
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■ 塚原光男さん(塚原体操センター)の
- 『息子とアンドリアノフ』の話
息子の直也は小学校4年生まで、サッカーしかしていなかった。親としては「Jリーグもできるし、日本代表なんかになってW杯に出てくれたら…」なんて夢も持っていたんだけど、5年生になる時に、息子が急に「体操をやりたい」と言い出した。
嬉しいような、でもやらせたくないような……という気持ちで、「怪我すると大変だぞ〜、手が抜けたりするぞ〜」なんて脅したりもしたんだけど、「それでもやる」と息子は言い張る。どうもソウル五輪へ仕事で行った時に、息子も連れて行ったのがマズかったみたい。オリンピックで世界の凄さを見てしまって、「僕もオリンピックで金メダルを獲りたい!」と言うようになってしまった。
そこまで言うのなら、親としても協力しないわけにはいかない。だからその時から、息子に金メダルを獲らせるにはどうしたらいいかを本気で考えるようになった。
最初に頼んだのは、中国のコーチ。選手を引退したばかりで、日本へ来て「コーチの仕事がしたい」と言うので、渡りに船とばかりに息子のコーチをお願いして、5年間息子に教えてもらった。
ところがそのコーチが、事情で帰国しなければならなくなってしまった。これには困って「俺と2人でソ連にでも行って、2〜3年研究してくるか?」なんて話をしていたところに、かつてのライバル、ソ連のアンドリアノフから電話が掛かってきた。
「おい塚原、今度オレは日本に行きたいと思うんだけど、こないだコーチを探しているって言ってよな? オレを雇わないか?」ちょうどその時、ソ連はペレストロイカの真っ最中で、スポーツに対する予算がおりなくなっていた。だからモスクワ体操協会会長のアンドリアノフも、外国で仕事を探そうとしていたらしくて、今は親友となった僕のところに真っ先に電話を掛けてきた、という事情だった。
こっちは2つ返事で「すぐ来い!」と答えて、コーチをしてもらったんだけど、これがやっぱり素晴らしい。ソ連の技術というのは、基本的には日本の体操をベースにしているんだけど、それをアレンジしてランクアップさせた体操で、現代の体操の基礎になっている。
息子はあれよあれよという間に世界の一流の仲間入りをしたけれど、この2人の外国人コーチに因るところが大きかったと、今でも感謝している。
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■ ちばてつやさん(漫画家)の
- 『力石徹』の話
『あしたのジョー』の仕事をしていて、原作者の梶原一騎さんにお願いしたのが、梶原さんの作った登場人物が、後々ジョーに影響を与える重要な人間なのかどうかハッキリさせて欲しい、ということだった。
でも実際問題、漫画、特に週刊連載というのは、遠くに見える富士山のようなゴールだけは決まっていても、そこに行く道のりはキャラクターの日記をつけているようなもので、その場その場で考えながら進んでいく。だからトンデモないところへ行ってしまって、慌てて軌道修正するなんてこともしばしば。
だから「力石徹」も、僕の描いた絵を梶原さんが見てから、どんどんキャラクターが膨らんでいった、という部分もあると思う。だって僕も力石の初登場シーンを描く時に、まさか後でジョーと対戦するとは思わずに、ジョーよりも頭1つ大きく描いてしまったし。
一応、梶原さんの原作に「力石」と名前が書いてあったので、後で何かあるなとは思っていたけど、せいぜい少年院の中だけのライバルぐらいだろうと思っていた。それがまさか終生のライバルになろうとは。最初は梶原さんも「ちばさん、困ったことをしてくれたね〜、こんなに体格が違っちゃあ、同じ階級で戦えないよ」って言っていた。
でも、その2人が戦う、ということで、あの凄惨な減量シーンや、力石の痩せこけた身体が生まれた。僕の絵柄も力石が痩せていくにつれてどんどん変わっていって、昔はアンパンマンみたいなカワイイ絵を描いていたのに、人間の身体を描くとあばら骨を描くような、劇画調になってなっていった。
僕にとって『あしたのジョー』は、いろんな意味で大きな転機になった作品だった。
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放送曲目リスト
| Time |
Title |
Artist |
Label |
Number |
| 7'57" |
This is My Lucky Day |
Anthony Perkins |
BMGジャパン |
BVCJ-35016 |
| 18'54" |
The Game Of Love |
Nat King Cole |
Capitol |
CDP 7 48 332 2 |
| 29'44" |
I'll Gladly Make The Same Mistake Again |
Dean Martin |
Capitol |
CDP 0777 7 9840922 |
| 40'39" |
It's A Wonderful World |
Frank Sinatra |
Reprise |
WPCP-4681 |
| 47'49" |
I Wish I Knew |
Jane Fielding |
Capitol |
TOCJ-5447 |
|