■ 堀井雄二さん(ゲームクリエイター)の
『ドラクエの魔法』の話
ドラクエは、海外で盛んだったロールプレイングゲーム(RPG)が元ネタ。ボードゲームだったRPGをコンピューターゲームにした『WIZARDRY』というゲームをやったら、「これはおもしろい!」とはまってしまって、自分でも作りたくなった。
自分で作るにあたって気をつけたのは、まず導入部分を簡単にすること。だいたい、僕自身がマニュアルを読まない。ゲームを買ってきたら、とりあえずゲームを始めてしまって、なんとなく動かしている内にやり方を覚えたい。だからドラクエの1作目では、ゲームの最初は王様のいる部屋に閉じこめて、「はなす」「しらべる」「ドアを開ける」「階段を下りる」という操作を覚えないと出られないようにした。でもその部屋は狭い部屋だから、適当にボタンを押している内に、その4つの操作には絶対に気付く。そういう仕組みにした。
ドラクエも最初の頃はハードの制限が厳しくて、メモリでいえば、たしか128Kバイトしかなかったと思う。そこにシステムとかマップとかキャラクタとか、全部入れなきゃいけなかったので、使うカタカナすら制限せざるをえなかった。だからドラクエの1作目に出てくるカタカナは、全部で20種類しかない。
その文字制限の中で魔法の名前を決めていったんだけど、魔法の名前の由来は案外単純な語感だけ。「ギラッ」と光るギラとか、「メラメラ」と燃えるメラとか。だから「ホイミ」はスタッフ内でけっこう不評だった。沖縄のHな言葉に似ている、なんて文句もあったりしたんだけど、「身をなんとかする」という語感でコレにしてしまった。ヒャドのヒャは「ヒヤッとする」のヒャだし。さすがにシリーズを重ねるにつれ、呪文の数も増えていって、あんまり語感だけの呪文だらけだとわかりにくくなるかと思って、「マジックバリア」みたいな普通の名前になってきているけど。
ドラクエの1作目を作った時は、とにかく容量が厳しくて、ゲームのストーリー自体はかなり単純だった。だけど、やった人はみんな「あそこで死にかけたよな〜」とか「これが難しかった…」とか、自分のストーリーを持っている。そういった意味では、コンピューターゲームは作り手とユーザーが一緒になって作るもの、と言えるかもしれない。
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■ 竹内海南江さん(TVレポーター)の
『アフリカの呪術』の話
W杯で話題のカメルーンをはじめとして、西アフリカには呪術医とか呪術師みたいな人が今でもけっこう存在している。現代医学もできて、かつ呪術もできる人もいるし、呪術専門の人もいる。向こうではその呪術師を「マラブ」というんだけど、そんなに変な話じゃなくて、日本でいえば結婚式の日取りを見てもらったりする感覚に近いかも。
私がセネガルで見たマラブは、セネガル相撲の選手に専属で付いているマラブだった。選手には必ず太鼓隊とマラブが付いていて、太鼓隊は選手のすばらしさを太鼓の音で表現する。選手はその音に乗って踊りながら入場するんだけど、その後ろではマラブが相手に呪いをかけていた。もちろん相手の選手にもマラブはいるので、自分の選手を励ますおまじないをかけつつ、相手の呪いを跳ね返すおまじないをかけ、さらに相手を呪わなくちゃいけないので、マラブは大忙し。選手が戦っている間も、人差し指を相手に向けて「ピピピピピ」とか言っていて、けっこう大変そうだった。
お守りを作るのも、マラブの仕事の1つ。そのマラブの作るお守りを「グリグリ」という。皮のケースの中に植物の種とか鳥の羽とかが入っているんだけど、なんのお守りかで中身は違うらしい。もしカメルーンやセネガルの選手が、腕の付け根のところに10円玉くらいの大きさの皮の袋をしばりつけていたとしたら、それがグリグリ。機会があったら、よく見てみて欲しい。
これは知り合いのフランス人から聞いた話なんだけど、その知人がアフリカからフランスへ帰る飛行機で、隣に西アフリカの人が座っていた。ところがその人、どうやらビザを持っていないらしい。でもその人は「オレはビザを持っていないけど入国できるんだ」と自慢げに言う。そしてシャツをチラッとめくると、全身グリグリだらけだったとか。どうやら高名なマラブに、入国の時に透明になるおまじないをしてもらったらしい。知人は「だから大丈夫」と語るそのアフリカの人にすごく興味を持って、なるべく近くに居ようと思ったんだけど、空港で見失ってしまった。しかも、捕まった形跡もない。結局、本当におまじないが効いたのかどうかはわからずじまいだったらしいけど、アフリカの人たちはマラブをそれくらい信頼している、という事だけはわかった、とか。
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■ 鏡リュウジさん(西洋占星術研究家)の
『現代の魔法学校』の話
僕は魔法学校の生徒だったことがある。残念ながら『ハリー・ポッター』のホグワーツじゃなくて、『Servants Of the Light(光の召使い)』というグループの、通信教育。だから入学試験を受けたわけでもないし、海外に行ったわけでもない。費用も年間1〜2万円くらいだった。
最初に習ったのは、簡単な心構えと呼吸法。雰囲気的には、ヨガとか気功に近い感じ。次に習ったのがイメージ誘導。聖杯(『インディ・ジョーンズ』に出てきたアレ)が安置されているお城をイメージしてたり、タロットカードの絵をイメージの中で立体化して、その風景の中に自分が入っていくことを想像したりした。
生徒は毎日、どんな瞑想をしたとか、どんな本を読んだ、みたいな日記をつけて、それを提出する。それを向こうでチェックして、勉強の進み具合を確認してくれる仕組みになっている。もちろんテストもあるし、実際にイギリスに行って儀式やワークショップにに参加することもできる。
向こうで参加した儀式はかなりおもしろかった。12世紀に騎士団が使っていた教会を、みんなでお金を出し合って借り切って、騎士団の格好をして(ようはコスプレなんだけど)、お香も焚いて、音楽もかけて、当時の儀式を再現しながら、イメージの中で騎士たちと交流する、なんてことをやった。これは「高度な遊び」として、十分に楽しめた。
「魔法」というと、「恋愛をかなえる」とか「お金を儲ける」みたいな、願望達成の手段というイメージが強いけど、本当に魔法にはまっている人たちは、イメージの世界で遊ぶことを楽しんでいるというか、ロールプレイングゲームをやっている感覚に近い。だから魔法を習うと、空を飛んだり、スプーンを曲げたりはできないけれど、想像力が豊かになったり、夢見がクッキリしたり、自分の心の中で起こっていることを丁寧に見れるようになる。
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■ 斎藤惇夫さん(作家)の
『中世という時代』の話
ヨーロッパ中世を「暗黒時代」と呼びたがるのは、日本人の悪い癖。本当は中世こそ、文学にしろ人間の心の動きにしろ、もっとも豊かに動いていた、という見解だってある。だから何か物語を書くときに、中世の人間の心の中に入り込んでいって、もう1度そこから人間を見ていくという人がいても、おかしくないと思う。
魔女がいたり、奇跡が起こったり、動物と人間が平気で会話を交わせていた(みんながそう思いこんでいた)時代、中世。
『指輪物語』のトールキンが『On Fairy Stories(邦題:ファンタジー論)』の中で、「人間はなぜファンタジーを望むのか」という問題に対して、こう答えている。「時間と空間の深みを探りたいという欲望、それから動物と会話を交わしたいという欲望、この2つがファンタジーを求め、ファンタジーを生む力の源になっているのではないか。」そう考えると、やっぱり中世は魅力的だったのではないだろうか。
『マクベス』の中に「森が動いたら」という一節があるけど、森が豊かにあった頃、昔話がいろいろ語られていて、森の中には妖精がいた頃というのは、人間が見たこともない世界がたくさんあった。だから、そこからくる人間の心の広がりがあった。我々大人は街を歩いていて、道に迷うことはないけど、子供は母親からちょっと離れただけで、すぐ道に迷ってしまう。それを子供に知識がないから、と見るのではなく、相対しているそれだけ世界が深くて広いから、と解釈すれば、中世の人間だって「迷うことができた人たち」と考えることができる。
『ホビットの冒険』で、主人公は思いもかけず冒険に出かけることになり、魑魅魍魎の跋扈する世界をさまよう。それはちょうど子供たちが道に迷い、どうしていいかわからなくなるのと、まったく一緒。だから子供たちの中にはまだ魔力は残っていて、彼らはいつも不思議な世界と向かい合いながら生きているのではないか、そう感じている。
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■ 新田隆男さん(映画ライター)の
『エコエコアザラク』の話
デビッド・コーンウェイの『魔術』という本にも出てくる「クローリー」という人は、20世紀最強の魔術師として有名な人。だからクローリーの本の邦訳書は、そのまま出版してはヤバイということなのか、袋とじ状態で発刊されたらしい。ちなみにそのクローリーは、1875年生まれで1947年没と、けっこう最近の人。私が脚本で関わった『エコエコアザラク』の主人公・黒井ミサも、そんな「現代の魔法使い」の1人。
魔法陣というのは、「円」が宇宙を表していて、そこに土とか水とか火とか、森羅万象が封じ込められている、という理屈になるみたい。何かにコンタクトするときの記号だったり、入り口だったり合い言葉として使われる。ちなみに黒井ミサはヘブライ語で書いていた。
『エコエコアザラク』で使っていた魔術や呪文はちゃんと実在していて、「魔術コーディネーター」としてちゃんと呪文士の人がついていた。番組で全部喋ってしまったらマズイけれど、できるだけ本物を使いたいし、じゃあココまでだったら大丈夫、みたいな判断をしてもらっていた。でも特殊効果の人に聞いたら、収録で呪文を唱えた瞬間に、Macがフリーズしたこともあったらしい。「エコエコアザラク」という言葉自体、Macと相性が悪い、とも言っていた。
光があれば影があり、表があれば裏の歴史がある。そういうモノと闇の欲望が結びついて、こういうモノが進化してきたのかもしれない。
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放送曲目リスト
| Time |
Title |
Artist |
Label |
Number |
| 9'14" |
That Old Black Magic |
Mark Murphy |
Capitol |
CDP 7243 8 31775 2 3 |
| 20'03" |
Devil May Care |
Bob Dorough |
Bethlehem |
COCY-9924 |
| 34'35" |
Between The Devil And The Deep Blue Sea |
Annie Ross |
Paciffic Jazz |
TOCJ-5349 |
| 41'11" |
Magic Is The Moonlight |
Julie London |
Capitol |
TOCJ-5890 |
| 47'57" |
Bibbidi-Babbidi-Boo |
Louis Armstrong |
PICKWICK |
DSMCD 464 |
|