SUNTORY SATURDAY WAITING BAR
2002年2月16日の放送

この日の放送曲目リスト/過去の放送内容リスト

「翻訳」

image

 今日は先程から、店内にアカデミックな雰囲気が漂ってまして、私の背筋もいつもよりピンと伸びているのにお気づきでしょうか?
 というのは、あちらには東大の先生が、そちらには早稲田の先生がいらっしゃって、ご専門の「翻訳」の話をされているからなんです。
 ま、本当のことを言えば、皆さんくだけた方ばかりで、「翻訳」にまつわる愉快なお話をして下さっているんですが。もしそのお話に興味がございましたら、あとでご紹介いたしますが、いかがですか?



image ■ 柴田元幸さん(東京大学文学部助教授)の

「小説の翻訳」の話

 翻訳は楽しい。自分は大したことのない人間で、クリエイティブな才能なんて持っていないんだけど、良い小説を翻訳していると、その小説を書いた人になった気になれる。だから僕はワープロを使わない。手書きでこそ、その気分が満喫できる。
 優しい部分を訳している時は、人に言わせると「写しているみたい」らしい。たぶん、写経の快感というのはこういうモノなんだろうと思う。だから僕の場合、大袈裟に言えば原書を普通に読むより訳している時の方がペースが速い。
 ペースが速いのは、意識してやっている事でもある。翻訳は、原書を読んでいる時の快感をなるべく等価に伝えるのが目的なので、読んでいる時のスピードにできるだけ近いスピードで訳していった方が良いだろうと思うから。言っていて理屈になっていないような気もするけど。
 翻訳の原則は直訳。でも、直訳では不自然になってしまうケースがある。たとえば「Thank you」を直訳すると「あなたに感謝します」。これでは不自然なので、そういう時だけ「どうも」とか「ありがとう」なんて意訳をする。原文を機械的に直訳して、それが日本語として自然だったら、それに越したことはない。
 「まるで○○のように」という表現で困ることは多い。日本人にはわかりにくい例えの場合は特に困る。日本語で似たような比喩があればまるごと変えてしまうこともあるし、訳注をつける場合もある。ただ、経験的には「良い小説」ほど表現を変えられず、忠実な直訳で行かざるを得ない。

【Hot Link !!】





image ■ 古田由紀子さん(字幕翻訳家)の

「映画の字幕」の話

 字幕を書く時は、試写を見るところから始まる。その時は脚本も用意してもらって、脚本と実際のセリフがどれくらい違うか、一通りチェックする。さらに、脚本のセリフがカット割りによってどう区切られているかも全部台本に書き込み、通し番号を振っていく。
 次は、その区切りと番号を書き込んだモノを専門家に渡して、それぞれのセリフの尺(時間)を計ってもらう。すると「何フィート何コマから何フィート何コマ」みたいにフィルムの長さで出てくるので、それに係数を掛ければ字幕の文字数が決まる。普段、何気なく映画の字幕を見ていると思うけど、その文字数は意外と数学的な意味を持っている。だいたいだけど、1秒で4文字くらい。
 字幕を出す位置も苦労の種で、昔は「右端に1行10文字×2行」と決まっていた。ところが右端にランプや雲があって字幕が読めない時は、左に回したり、何文字か下げたり、細かく工夫をする必要があった。最近の字幕は画面の下に出されることが多くなったので、だいぶ楽になった。というのは、スクリーンが横長なので、最大13文字×2行まで使える。しかも雲などで読みづらくなることもほとんどないので、位置に困ることもない。だから字幕の翻訳者は仕事の依頼が来ると「縦ですか?横ですか?」と真っ先に確認して、横だったら大喜びしている。
 ビデオを見ながら訳していくこともあるけど、会社によってはビデオを出さないところもあるので、そういう時は試写を見た時に画面を頭に叩き込んで、音だけで字幕を書いていくこともある。だから「読み合わせ」と言って、翻訳者のためだけにもう1度試写をしてもらって確認作業をするんだけど、改めて見ると太陽の位置を勘違いしていたり、セリフが向けられている人を間違っていたり、かなり修正しなくてはならない。
 そうやってやっと最終原稿が完成して、字幕を入れてもらう。それを関係者だけのテスト試写でチェックしてもらい、さらに直しを入れて、やっと字幕付きの映画が完成する。

【Hot Link !!】





image ■ 小田島雄志さん(東大名誉教授)と
  小田島恒志さん(早稲田大学文学部助教授)

「芝居の翻訳」の話

(恒志さん)
 僕は「翻訳はダジャレだ」と思っている。原文の意味や間を日本語でどう出すか、を考えると、言葉の意味を重ねる工夫が必要になることがある。ただの言葉遊びとはちょっと違うんだけど、そういう意味で、翻訳はダジャレ。

(雄志さん)
 僕の場合は、「翻訳は演出だ」と言っている。架空のステージを想定して、そこにいる人物をどう動かし、どう喋らせるか、一通り考える。役者同士が向き合っているのかそっぽを向いているのかで、セリフは変わってくるから。
 演じる役者が決まっていて、その役者をイメージしながら訳すこともある。江守徹がハムレットをやると決まっていた時も、どこかで江守の声を意識していた。でも、脚本家の市川森一に「小田島さん、頭の中にシェイクスピア劇場があるでしょう」と言われたように、絶えず理想のキャスティングを想定しながら訳している部分もある。

(恒志さん)
 でも、翻訳家ってちょっと寂しい。芝居の稽古が始まる1ヶ月くらい前から関わっていたのに、実際に稽古が始まるともう次の作品の翻訳に取りかかっていたりして、稽古場に顔を出すこともできない。  僕は翻訳家というのは現場の職人のつもりでいる。以前に「舞台翻訳家」という肩書きを気取ったこともあるけど、要は「舞台美術家」とか「舞台音響」なんかと同じプロ意識で臨みたい、という気持ちの表れだった。プロデューサーが良い芝居だと思って持ってきた芝居がある。そこはプロデューサーを信じるしかない。だからあとは、それをどれだけベストな状態で出せるかだけを考えて、職人として仕事をするのが翻訳家だと思っていた。
 ところが、ある人に「自分で良い芝居を見つけてきて、プロデューサーに紹介してこそ翻訳家は一人前だ」と意見されたことがある。ちょっとカチンと来たけど、確かに「それを言われるとツライな」と思わないでもなかった。というのは、僕よりも上の世代の翻訳家は、みんなそうやって仕事をしていたから。それで悩んでいたら、文学座の角野卓造さんにこうアドバイスされた。「今は情報化の時代だから、ブロードウェイや海外の芝居の情報なんていくらでも手に入る。しかも、英語の話せるヤツもいくらでもいるので、意味を説明してくれる人にも困らない。でも、我々役者にセリフをくれるのは恒志さんなんだから、余計なこと考えてないでセリフを下さいよ。」この言葉には本当に励まされた。

【Hot Link !!】





image ■ 泉山まなみさん(訳詞家)の

「ラップの翻訳」の話

 ブラック・ミュージックを訳すのは難しい。スラングがあったり、南部訛りがあったり、聞き取りにくかったり。だからドンピシャな訳が浮かんだ時は気持ちいい。もっとも、歌詞に限らず翻訳家ならみんなそうだと思うけど。
 字幕の翻訳をしている友達に「歌詞の翻訳は字数の制限がなくていいわね」って言われたことがあるけど、たしかにその通り。その代わり、歌詞の翻訳で苦労させられるのは、固有名詞や辞書に載っていない言葉がよく出てくること。人名、地名、商品名、それから小さな通りの名前が出てくることもある。
 ラップをやっている人たちは地元に愛着を持っていて、地元を応援するしたり自慢したりする曲がすごく多い。だから「○○通りで」とか「○○広場で」なんて歌詞が出てくるんだけど、これはわかりにくい。今みたいにインターネットで調べられるようになる前は、たった1つの通りの名前を聞くためだけにニューヨークの友達まで真夜中に電話をかけて聞いていた。
 それからよく困るのが、地区を表すのになぜか郵便番号を使う人が多いこと。「お前らは"90210"の連中みたいに暮らしたいのか?」って歌詞の意味がわからなくて、アメリカまで電話をかけて聞いたら、ビバリーヒルズのZIPコードだった。言われてみれば『ビバリーヒルズ高校白書』もそんなタイトルだったな、とあとで思い出したけど。
 韻を踏むために言葉を勝手に変えてしまうのも困りもの。「Go」とか「Show」とか「オウ」で終わる言葉と韻を踏むために、「ベンツ」を勝手に「ベンゾ」と言ったり。「ワイフ」を「ワイフィ」と言う人もけっこう多くて、これは日本語にすると「ウチのカミサンが…」ぐらいの砕けた言い方なんだろうと思う。「僕のカワイ子ちゃん」みたいな意味の「Baby」や「Little girl」は日本人でも知ってるけど、最近は「Shorty」とも言うらしい。
 そんなこんなで、ラップの訳詞を書くのも簡単じゃない。





image ■ 能勢良太さん(九段下『メビウス』)の

「ボードゲームの翻訳」の話

 ボードゲームの本場はドイツ。でも、ドイツのボードゲームを日本に輸入している会社はほとんどない。というのは、輸入するだけならまだしも、説明書を翻訳してなくちゃ誰も遊べないから。そんな効率の悪い商売は、大きな会社ではちょっとできない。だからウチみたいな小さなところが、細々とやっている。
 ゲームの説明書を訳す時は、必ず何度かプレーしてみる。ドイツ語に堪能な仲間がいて、彼が実際に翻訳してくれるんだけど、彼がすごいのはドイツ語の能力よりも、むしろゲームのシステムを理解する力の方。字面だけを訳してもゲームのルールはわからないので、説明書を一通り読んで、ゲームの流れをイメージしてから訳してくれる。
 ちなみに彼のドイツ語に関する知識は、大学の第二外国語でドイツ語を学んだ程度。それで年間70〜80のゲームを訳してしまうのには、いつも驚かされる。そのスピードは、僕なんかが日本語の説明書を理解するよりも速いかもしれない。
 新しいゲームを手に入れたら、まずその彼に説明書の翻訳を書いてもらって、それを見ながら実際にプレーしてみる。そして疑問点を修正したり、ルールの中の重要な部分と末端の部分を整理したりして、最終的な形にする。
 ちょっと前の名作で『クオ・バディス』というゲームがあったんだけど、これは「政治ゲーム」。あちこちで密談をしながら「あそこで協力するから、ここでも協力してよ」とか「え?そんな約束したっけ?」なんて、政治家そのものになって勝ち負けを競うゲームなんだけど、惜しいことにもう無くなってしまった。これはドイツのボードゲームの寿命が短いせいで、逆に言えば才能豊かなゲーム作家が次々におもしろい新作を発表している、ということでもある。
 ちなみに、私が一番好きな作家は「ライナー・クニッツァー」。『クオ・バディス』の作者でもあるこの人は、戦略性の高いゲームからみんなで楽しめるパーティーゲームまで、いろんな作品を世に送り出している。ゲームの箱に作者の名前が書いてあるので、機会があったら1度気にしてみてほしい。

【Hot Link !!】







放送曲目リスト

Time Title Artist Label Number
8'11" I Could Write A Book Anita O'day Verve POCJ-1914
19'06" When Your Lover Has Gone Keely Smith Capitol CDP 7243 8 29385 2 1
30'15" Too Close For Comfort Dakota Staton Capitol CDP 7243 8 29384 2 2
39'49" Pennsylvania 6-5000 The Modernaires Capitol 7243 5 33087 2 8
46'57" Four Or Five Times Peggy Lee Capitol 7243 8 54543 2 5


 Back