■ 白石美帆さん(タレント)の
「コンフェデレーションズ杯」の話
コンフェデレーションズ杯が始まる前に「日本はどこまで行くと思いますか?」というアンケートを採ったら、一番多かった答えが「良くて予選2位通過」だった。ところがまさかの準優勝。あそこまで日本代表がやると思っていた人は、ほとんどいなかったハズ。
でも、今回は新潟と横浜でやった試合を会場で見たんだけど、スタジアムの熱気は凄かった。特に、中山選手が途中交代で出てきた瞬間は、「待ってたよ、ゴンちゃん!」みたいな空気で、一気にスタジアム中が盛り上がった。
初戦を見ていて思ったのが、選手には何かプレッシャーのようなものが掛かっているな、ということ。ところがそれが、小野選手のフリーキックが決まって、プチンと切れたような感じがして。それからの選手たちのパフォーマンスは素晴らしかった。
ブラジルと引き分けたのもスゴイと思う。残念ながら鹿島スタジアムへは行けなかったんだけど、W杯に向けた改装後のこけら落としの試合を見に行ったら、素晴らしいスタジアムだった。2階席から海は見えるし、何よりスタンドからピッチまでわずか14mという近さ。しかもスタンドの傾斜が急なので、その臨場感は最高だと思った。
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■ 金子達仁さん(スポーツライター)の
「マラドーナ」の話
マラドーナが初めてアルゼンチン代表に入ったのは、マラドーナがまだ17歳の時だった。その時はW杯へ向けた最終合宿まで残ったものの、最後の選考でマラドーナは落とされてしまう。それは当時、まだ軍事政権下だったアルゼンチンの代表チームには「絶対に勝たなくてはならない」という圧力が掛かっており、マラドーナという素晴らしい才能を持つ選手の将来を考えた上で、メノッティ監督が下した決断だった。
そしてその翌年、日本でワールドユース選手権が開かれる。ここではマラドーナは堂々アルゼンチン・ユース代表のキャプテンとしてピッチに現れた。その大会の準々決勝、アルゼンチンが大差を付けてリードした場面で、やはりユース代表チームを率いていたメノッティ監督は、マラドーナを休ませるべく途中交代の指示を出した。ところがマラドーナは、ベンチに下がってから号泣したらしい。それは前年のW杯に出られなかったマラドーナの「今度は全試合にフル出場して、アルゼンチンを優勝に導く」という決意が流させた涙だった。マラドーナという選手は、それほど負けず嫌いな、勝つためには全てを犠牲にする選手だった。
そのマラドーナが初めてW杯の舞台に登場したのは、1982年のスペイン大会だった。しかし、「これからはマラドーナの時代」と言われながら、マラドーナは反則の海に沈んでしまう。ユニフォームを引き裂かれ、後ろから蹴られ、倒され、そしてついにチームの敗北が決まった瞬間、マラドーナは相手の反則に激高し、相手の腹部にスパイクの裏で蹴りを入れてしまった。当時のアルゼンチン代表は「マラドーナさえ潰せば何とかなる」というような弱いチームではなかったのだが、それでも「とにかくマラドーナは潰さないと、どうしようもない」という状況が生んだ反則は、信じられないくらい悪質だった。現在のレフェリングの基準なら、最後となったイタリア戦は4人以上の退場者が出ていたはず。というより、むしろ、そのレフェリングの基準を変えたのがあの試合であり、マラドーナだったと言えるかもしれない。
マラドーナが変えたもの、と言えばもう1つ。「ファールを受けたふりをする」選手というのもマラドーナが最初だった。それは悪質なファールを受け続ける内に、自分の身を守るために身につけた技術だったのかも知れないが、世界中の子供たちがマラドーナを見て育った結果、世界中に「演技をする」選手が生まれてしまった。
1982年のW杯以降、悪質なファールを受け続けたマラドーナは、骨折などの怪我もあって、徐々にその輝きを失っていく。たとえ1986年のメキシコW杯で、伝説の「5人抜き」を披露し、念願のW杯優勝を果たしても、サッカーボールを無邪気に追い、その天才を余すところ無く見せてくれるマラドーナは、2度と帰ってこなかった。
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■ 水沼貴史さん(サッカー解説者)の
「1979年ワールド・ユース大会」の話
1979年のワールド・ユースでは、僕も選手として参加した。日本で開催される大会ということで、2年前から強化プログラムが組まれ、本当に死ぬかと思うくらいキツイ合宿を行ったりした。
その大会で日本に来たのが、アルゼンチン・ユース代表のキャプテン、マラドーナ。噂ですごい選手だ、という話は聞いていたんだけど、実物を見たのはその時が初めてだった。ホテルで見掛けて、気軽に「だぁ!」なんて手をあげて挨拶してみたんだけど、短パンの下に見える足を見た瞬間、「違う」と思った。その太股の異様な盛り上がりと言ったら、2年間強化を重ねた僕たちの太股が貧弱に見えるほど。「コイツの筋肉は付けたんじゃなくて、最初っから付いてんだろうな」と思うしかなかった。
ユースというのは17〜19歳くらいの選手の事なんだけど、アルゼンチンのユース代表はその歳でみんなプロだった。それで、ヤツらは秋葉原へ行ってステレオを買ってきて、ホテルでガンガン音楽を掛けるから、うるさいのなんの。「やっぱプロになって、お金を持つと違うな」なんて高校生としては考えていたけど。
僕たち日本ユース代表が戦った相手は、スペイン、アルジェリア、メキシコの3カ国。スペインに1-0で負けたんだけど、スコア以上に「違い」みたいなものを感じた。そしてアルジェリア戦は0-0、メキシコ戦は1-1。その最初で最後の1点を僕が入れたときは、チームのみんなで喜んだのなんの。シュートが決まって、アシストをした選手のところへ駆け寄って、抱き合って喜んで、その時にはもうキーパーがそこまで来ていた。ツラかった合宿とか、強い相手とか、それでも応援してくれたサポーターとか、いろんな事が頭の中を駆けめぐって、みんな涙目になってしまった。
その後、マラドーナはどんどん有名になっていったけど、最初に感じた「すごい選手だな」という印象は、最後まで変わらなかった。
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■ アレックスさん(サッカー選手)の
「ブラジル人が見たマラドーナ」の話
1990年のW杯、決勝トーナメントの1回戦で、ブラジルとアルゼンチンが激突した。0-0でブラジルが押しまくっていた後半、突如その存在を示したのがマラドーナだった。それまで、まったく試合から消えていたマラドーナが、必殺のスルーパスをカニージャに通した。ブラジル人としては、アルゼンチンというチームにやられたというよりは、マラドーナ個人にやられたという感じだった。
その時、マラドーナをマークしていたのはアレモーンという選手だったんだけど、実はこの選手、セリエAのナポリではマラドーナとチームメイトだった。だからファールで止められなかったんじゃないか、なんて言われて、ちょっと可哀想だった。
ブラジルとアルゼンチンは南米でライバルのように言われていて、やっぱり対戦するときはお互いに絶対に負けたくない相手だけど、個人としてのマラドーナという選手は凄いと思ったし、好きな選手だった。左足が得意というのは僕と同じだし。
W杯というのは、世界中のスターが集まる大会。その中で活躍できる選手は、本当に凄い。
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■ 釜本邦茂さん(日本サッカー協会副会長)の
「ストライカー」の話
ストライカーを育てようとしたら、教えられることはせいぜい半分。ストライカーは、先天的な才能に依る部分が、他のポジションに較べて非常に大きい。
ストライカーと言っても、いろいろなタイプがいる。たとえばマラドーナやペレ、クライフのような2列目から出ていくストライカーもいる。ここで問題にしているのは、そういうタイプじゃなくて、前線に張っているタイプのストライカー。ゴールを背にして、敵のディフェンダーを背負って、ボールを受ける。その時に、いかに素早く反転するか、これが難しい。
もちろん、ポストプレーと言って、背中のディフェンダーと押しくら饅頭をして、ボールを1度後ろに下げ、他のヤツにシュートを打たせる場合もある。でも、それだけじゃダメ。何よりもまず、前を向くことを考えなくては。ポストプレーの時だって、次の瞬間には反転してゴールへ向かっていかなくてはいけない。
ストライカーの仕事は、点を取ること。人に点を入れさせることじゃない。今の選手は、みんなゴール前でシュートを打たず、人にパスをしてしまう。それでは点は入らない。
ゴールの右斜め前からドリブルしてきて、キーパーと1対1になったとする。さらに中央には、フリーの選手がいたとする。僕が30歳の時だったら、パスをしたかもしれないけど、24歳の時だったら、まず間違いなくシュートを打っていた。ストライカーには、そういう気持ちが必要。
だから僕はよく言っているんだけど、ストライカーには特別な訓練が必要だと思う。ゴールキーパーと同じで、最初のウォーミングアップは一緒でも、その後は別メニューでトレーニングをする。周りも「お前が点を入れるんだ」という態度で接して、「今日は勝った、けどお前は点を取っていないからダメだ」と言い続ける。
その上で、その選手が点を取るためにどんな練習をするか。それくらいやらないと、本物のストライカーは生まれない。
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放送曲目リスト
| Time |
Title |
Artist |
Label |
Number |
| 7'15" |
This Dream |
Nancy Wilson |
Capitol |
0777 7 80409 2 7 |
| 19'38" |
That Certain Feeling |
Jo Ann Greer |
Capitol |
CDP 7 96792 2 |
| 31'58" |
Deed I Do |
Bing Crosby |
Verve |
POCJ-2666 |
| 35'52" |
Lobo Bobo |
Joao Gilberto |
EMI |
364 792848 2 |
| 47'00" |
Love Is Just Around The Corner |
Frank Sinatra |
Reprise |
WPCP-5793 |
|