この間、子供をそば屋に連れていったら、「お父さん、おそば屋さんには動物が3匹いるんだね」と言う。キツネとタヌキはすぐに分かったんだけど、あと何がいるかな?と思ったら、「大ザル」だって。
大人は「大ザル」と書いてあっても「ざるそばの大きいヤツ」としか考えられないけど、子供は無邪気だから意外にスゴイことを考えている……なんて話は、初対面の人でも楽しめてしまう。
こういう話は、欧米人がうまい。家庭の話だったり、身近な人の話だったりするけど、よく考えるとおそらく作り話。それを、あたかも本当にあったかのように話すのが、会話の技術だと思う。
日本だとこういう話は、酒場におっちゃんがやってきて、「昨日おもしろい話を聞いたんだ」とか言って話し出す。途中でディテールを忘れたりしながら、つっかえつっかえ話し、最後には自分だけが嬉しそうにオチを言う。周りは、話がおもしろいというよりは、話している人のバカっぽさがおかしくて、クスクス笑っているんだけど、それはちょっと違う。
「話して面白がらせる」というのは一種の芸で、良いテンポで話さなくてはいけないし、けっこう難しい。でも欧米人は、かなりの人がその芸をちゃんと身につけているので、そういう社会習慣があるのかもしれない。
そういえば、パーティーでスピーチを頼まれて立った人が、こんなスピーチをしていた。「昔、ローマの闘牛場で、飢えたライオンが吠えているところに1人の男が投げ込まれた。ライオンはその男を食べようと思って近寄ったのだが、その男がライオンの耳元で一言囁くと、すごすごと下がってしまった。何と囁いたと思いますか?bbb『私を食べてもいいけれど、その後でスピーチをさせられますよ』」パーティーでおいしそうな料理を目の前にして、この話を聞くとかなり笑える。
こういった話の面白さは、良く出来た短編小説と同じ。だからこの手の話がうまい国は、伝統的に短編小説の人気が高い。欧米だけじゃなくて、イスラムの方の「アラビアン・ナイト」もそう。