早乙女哲哉さん(茅場町「みかわ」)の
「天ぷら」の話
これからの季節、12月あたりは「ハゼ」が良くなってくる。東京湾羽田沖で獲れたハゼは、「こんなにうまいモノか」と思わせるうまさ。一番の旬は11月の末から12月20日くらいまで。この時期に江戸前のハゼを食べれば、タイもヒラメもフグも吹き飛んでしまう。
2月になると、白魚の季節。見るからに頼りない姿形をしているのに、一度口の中に入れると、舌に刺してくるような濃厚なうまさがある。最近、松島なんかで獲れる「本当に良い白魚」は枚数が少なくなってしまって、店で出してもすぐに終わってしまうことが多いけど。
白魚だったら10ずつ出しているのだが、鍋に入れた順番を覚えていなくてはならないので、かなりの集中力が必要になる。だから天ぷらを揚げている間は、いつも無口。エビやイカを揚げるときも、あと何秒で上げるかを常にカウントしているので、お客さんとお話をしている余裕がない。
だから、「天ぷらの極意は?」と聞かれると、「うまくなるまで揚げて、まずくならない内に上げる事」としか答えようがない。もう一つ上げるなら、魚に詳しくなること。魚に詳しくなれば、うまくなるまで揚げることもできるし、まずくならない内に上げることも出来るようになる。
普通、天ぷらの修行と言えば、「訓練」と考えがちだが、ただ漫然と訓練するのではなく、目標を持って訓練をしなくては意味がない。それには、油の旨さとは何か、熱を加えたらどういう化学反応が起きているのか、衣はどんな役割を果たしているのか、などのデータを知る必要がある。それを念頭に置きながら天ぷらを揚げ続けることで、はじめて進歩が生まれる。
今まで、そんな事を考えながら、だいたい2500万個の天ぷらを揚げてきた。だから、自分の持っている知識は、誰にでも全部教えてしまう。「そんなに教えちゃって、大丈夫?」なんて心配する人もいるけど、大丈夫。だって、教えた人が2500万個の天ぷらを揚げる頃には、自分は5000万個の天ぷらを揚げていると思うから。
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茅場町「みかわ」(「the Shikotama World」内)
船大工安行さんと船大工茂さん (千束「大多福」)の
「おでん」の話
おでんという食べ物が市民化したのは最近の話。
本来、日本の食文化は「煮物」の文化。「大根の煮物」「お芋の煮物」「カレイの煮付け」などが、昔は毎日必ず食卓にのせられたものだった。ところがここ最近、「炒める」「焼く」料理が中心になってきた。それで、街のおでん屋が市民権を得るようになった。昔のおでん屋は「ちょっと話があるんだけど」みたいな時に行く場所だったのが、純粋におでんを食べに行く場所になった。
作っている側とすると、やっぱりウチのダシが染みているものを食べて欲しいと思う。でも、「何から食べた方が良い」とか「何から食べるのが通」みたいな話は寿司が最初だと思う。
かつて「寿司はギョク(たまご)から食べろ」と言われていた。というのは、卵焼きは、大雑把に言うと関東と関西で味付けが全く違う。だから、とりあえず卵焼きを食べれば、その店の味付けがわかるので、好みの味ならそのまま食べ続ければ良いし、好みの味じゃなかったらそこでお勘定をして帰ってしまった方が良いという話。最近じゃ店で焼いている店が少なくなったので、もうこの手は通用しないらしいけど。
その考え方をおでん屋に当てはめると、その店のダシを見る、という事になる。その為にダシのよく染みている具、と言えば「大根」が最適。まぁ、大根が嫌いだったらしょうがないけど。
大根を食べて、その店のダシが自分の好みに合えば、何を食べても大丈夫。逆に合わなければ、そこで帰ってしまえば良い。
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大多福(「うまいもの好きのページ」内)
大多福(「M.Murakami's Homepage」内)
堀田康太郎さん(神田「やぶそば」)の
「そば」
ウチの店は大阪の砂場の流れを汲んでいる。大阪に北砂、南砂があって、巴町の「砂場」がその流れの元祖。一方、「更科」は信州そばの流れを汲んでいる。
神田といえば町人の町。職人は塩分の強い味を好むので、ウチの味も必然的にそうなった。
ウチが出来て「やぶそば」という名前になったのが明治13年で、私で5代目になる。その前には根津の団子坂に「蔦屋」というお店があって、蔵前でお店をやっていた堀田七兵衛が蔦屋から「店をやってくれないか」と依頼され、跡を継いだという経緯で今に至っている。
父親から教わったのは、「お客様に気持ちよく帰っていただくことが全てであって、おいしいとか汁が濃いというのは、その為の手段でしかない」という事。ウチが出来た当初、鹿鳴館などに出入りする人が行けるそば屋がないということで、ゆったりした空間にしてドレスやシルクハットでも入れるようにした。1人前の量が少ないのも当時の名残。
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巴町砂場
佐々木邦泰さん(京都「いづう」)の
「鯖(さば)寿司」の話
もともと鯖寿司というのは、商品として作られたお寿司ではなく、京の町衆が作り出したお寿司。
かつて京都では、日本海から一塩した魚、グジやコダイが、今で言う「鯖街道」を通って運ばれてきた。そして、これは全国的に言える事だが、お祭り、お祝い事といえば寿司。そこで、京都でもおいしいお寿司を作ろうとした時に、京都で一番ありふれた素材「鯖」を使って何とかならないだろうか、と考えたのが鯖寿司の始まりだった。
昔の祭りというのは今と違って、1〜2日で終わるようなものではなかった。だから、そのあいだ保つような寿司でなくてはならない。それはイコール、鯖をどれだけ保たすことが出来るか、という工夫でもあった。
寿司の原型として有名な、大津の「鮒(ふな)寿司」。あれは鮒という魚を保たせるために、米を媒体として用いている。だから鮒寿司ではご飯は食べない。京都の鯖寿司はご飯も食べるけど、例えば「上から重しを載せる」というのは、空気を抜くことで保ちを長くするための工夫。
昔は「秋鯖」と言って、10月の末が一番脂が乗る時期だったんだけど、今は11月末から12月の始めにならないと、脂の乗った鯖が入ってこない。そして、その期間も短くなっている。
そして、鯖寿司が一番おいしくなるのは、作って半日以上経ってから。昆布はダシを出すためのものなので、食べる時には取ってしまう。
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ぐるなび 店舗情報 いづう(「ぐるなび 関西版」内)
京の観光情報サイト「洛楽」
飯田重保さん(深川「みや古」)の
「深川めし」の話
「深川めし」はアサリの炊き込みご飯で、本来は庶民の家庭料理。深川というのは職人さんの多い土地柄で、江戸っ子の得意技「早飯」に向いている食事だったのではないだろうか。
当然、各家庭でそれぞれの味があって、油揚げを入れるところがあれば、大根を入れるところもある。アサリの代わりに小さなハマグリを入れる家庭もあった。とにかく、深川で獲れたものを炊き込んだのが「深川めし」で、昔は一番獲れるのがアサリだった、という事。さすがに今は、アサリもザクザク捕れる、という事はなくなってしまったが。
ウチの深川めしは炊き込みだが、一応「ぶっかけ」の深川めしというのも存在する。具の多いみそ汁のようなものにアサリを入れて、それをご飯にかけて食べるのだが、ジャブジャブになってしまうので、あまりおいしいとは思わない。おでん味噌とネギと油揚げを鍋に入れて、ネギの水分でちょっと緩くなった頃に、砂糖や醤油で味を調えてご飯にかければ、ちょうど親子丼くらいになっておいしいのだけど、得てして水分を多く入れてしまいがちなので、なかなか難しい。
ウチの店では、3代目がワッパに入れた方が良いんじゃないかと考えて、それがウケたと言われている。それ以来、今でもワッパが使われ続けている。
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割烹みやこ(「Zi-land」内)
深川めし(「定年バンザイ!」内)
放送曲目リスト
| Time |
Title |
Artist |
Label |
Number |
| 9'21" |
'S Wonderful |
Julie London |
東芝EMI |
TOCJ-5308 |
| 18'53" |
On The Street Where You Live |
Mel Torme |
verve |
POCJ-1845 |
| 30'36" |
Come Back, Bebop ~Lover Come Back To Me |
Keiko Lee |
SONY Record |
SRCS 8054 |
| 38'22" |
Better Luck Next Time |
June Christy |
Capitol |
CDP 954498 |
| 46'29" |
I've Got My Eyes On You |
Patti Page |
verve |
314 538 330-2 |
|