SUNTORY SATURDAY WAITING BAR
2000年9月2日の放送内容

この日の放送曲目リスト/過去の放送内容リスト

「ベスト・コニサー」

 元麻布、仙台坂上の辺りは古くからの屋敷町。その閑静な住宅街の奥、細い路地をちょっと入ったところに、イタリアンレストラン "AVANTI" はひっそりと佇んでいる。ちょっとわかりにくい場所にある上に、入り口もこの上なく地味。看板一つ出しているわけでもないので、誰もレストランとは気づかないだろう。
 そのせいか、この店を訪れる客のほとんどが、常連と呼ばれる人たちばかり。しかし、長いこと店をやってきたお陰で、土曜日の夕方ともなると、店は大勢の常連客で賑わっている。
 一口に常連客と言っても、有名人から普通の会社員まで、その立場は様々。しかし彼らに共通点があるとすれば、なにがしか一家言ある事と、人生を大いに楽しんでいる事だろうか。
 このような人々を、AVANTIでは敬意を込めて「コニサー」と呼んでいる。フランス語で「目利き・玄人」という意味の言葉である。(英語なら "Connoisseur")
 それでは、今日もその「コニサー」たちの話に聞き耳を立ててみるとしよう。




  • 玉村豊男さん(作家)の

    「世界の美味しいモノ・不味いモノ」の話

     これまで、50カ国以上を渡り歩いて、いろんな物を食べてきた。パリの三ツ星レストランで食べたこともあるけど、一番心に残っているのは、中国雲南省で食べたご飯。
     観光の帰り道、昆明市から近いところにあるサニ族の集落に通りかかったら、かやぶきの家から湯気が立っているのが見えた。そこで、その家に勝手に上がり込むと、こしきを使って昔のスタイルでご飯を蒸していた。つい、そこにいた女の人に、身振り手振りで「それを食べさせてくれないか」とお願いしたら、その炊き立てのご飯に、壺から出した黒い漬け物を乗せて出してくれた。この黒い漬け物が、ニラの塩漬け、ニラを塩に漬けて唐辛子と一緒に発酵させたモノ、だったんだけど、コレがおいしくて、つい、おかわりをしてしまったほど。それが今まで食べたモノの中で、一番心に残っている。
     逆に、一番マズかったのが、エジプトの中華料理屋で食べた餃子。門構えも結構立派な店だったんだけど、ぬるい油がまとわりついているような、異様な味だった。憤りのあまり、「厨房へ入れろ!」と言って、自分で醤油やら唐辛子やらを使って、味を直してしまった。
     そういえば最近も、パリの洒落たレストランで、ハチミツであえたヒジキに、ニシンとサワークリームが乗っていて、ショックを受けたことがある。まさかヒジキにハチミツとは思っていないから、食べた瞬間、かなり驚いた。
     餃子もヒジキも、元々そういう味だと知っていたら、それほどマズイとは思わなかっただろう。人が何かをマズイと感じるのは、元から持っているイメージとかけ離れた味の時だと思う。

    【Hot Link !!】

  • おいしい読書(玉村さんの紹介や、おすすめレシピなど)
  • 電網写真館 雲南館
  • かおるのページ 〜雲南省へのいざない〜



  • 片山右京さん(レーシングドライバー)の

    「ル・マン」の話

     ル・マン24時間耐久レースと言えば、ユーノディエールと名付けられたストレートが有名。今は途中に2つのシケインが作られたけど、昔は長さ6kmもあった。排水のために道がカマボコ型になっていて、ちょっと車線を変更しようとしただけでハンドルが取られるような、危ない場所。シケインが作られても、時速350kmは出るので、今でも怖いことには変わりない。
     だからボクは、朝、ホテルを出るとき、いつもは散らかしっぱなしなのに、ル・マンの時だけはキチンと片付けてから出掛ける。もしかしたら、この部屋が片山選手の最後に泊まった部屋、と言われるようになるかも知れないと思うから。一応、エッチな本ぐらいは捨てておこうかな、と。
     ル・マンは公道を使ったレースなので、コースアウトした時の危なさは、パーマネントなレース場の比ではない。しかも夜は、路面や周りが見えにくいのに、気温が下がってマシンはよりスピードが出るようになるから、特に危ない。どんなに強力なライトで照らしても、秒速にして約100mで走っていたら、何も見えないのと一緒。
     ル・マンは本来、草レースだったので、とにかく24時間走りきることが大事だった。ところが最近は、世界中の巨大メーカーが、その過酷なレースで勝ったという称号を手に入れるために、こぞって参加してきているので、どんどんシビアになっている。
     ボクは去年、トップと20秒差まで追い付いたところで、タイヤがバーストしてしまった。それでもなんとかピットに戻り、最後まで完走できたのだが、全てがパリのアパートに戻っても、道路が残像として残ってしまい、目を閉じてもコースが浮かんで眠れなかった。たとえて言うなら、テトリスをやりすぎた時の、頭の中にあのブロックが浮かぶ状態。

    【Hot Link !!】

  • ukyo-net.com(公式サイト)
  • Hunaudieres(ユノディエール)(「LE MANS 24辞典」など)
  • Site officiel des 24 Heures du Mans(フランス語)



  • 米長邦雄さん(棋士)の

    「温泉将棋」の話

     旅と言えば、温泉。とにかく温泉があれば良いし、なければ仕事だって断る。
     地方での対局なら、1日前に近場の温泉に行く。対局が行われる旅館じゃ、「先生」と大事に扱われてしまい、温泉に入った気がしない。たとえば大分だったら別府、湯布院が有名で、その辺りの旅館で対局が行われることが多いんだけど、そんな時は、わざわざ壁湯というひなびた温泉へ寄る。ここは洞窟の中の露天風呂で、まさに「壁湯」という名に相応しい。そこでゆっくりしてから、対局の場所へ行くことにしている。
     米長邦雄だとバレるのが嫌で、いつも旅館に泊まる時は、適当な名前を使っている。バレそうになった時も、「間違えられるんです」と言って、シラを切る。
     ある時、ぬるい温泉に浸かってのんびりしていたら、隣で将棋を指している人がいた。その将棋をジッと見ていて、つい「あの〜、今の手、こうやった方が良かったんじゃ…」って口を挟んだら、「うるせぇ!黙ってろ!」と叱られてしまった。それでも懲りずに、しばらくして、また「今の、飛車が逃げないで、こうやって、こうやって、こうやったら、貴方の勝ちだったんじゃ…」と言ったら、今度は怒りながらも感心してくれた。
     そんな事を何度か繰り返している内に、どうやら向こうも気が付いたみたいで、「もしかして、将棋の米長さんじゃ?」と聞かれた。さすがに「いかにも、本物です」って堂々と答えたら、「本物って名乗るくらいじゃ、偽物なんじゃないか」と、返って疑われてしまった。旅の面白さは、そんな所にある。

    【Hot Link !!】

  • 米長邦雄ホームページ
  • 壁湯温泉(「よかとこBY・写真満載九州観光」内)



  • 須田鷹雄さん(競馬評論家)の

    「リゾートの街・ドバイ」の話

     毎年3月の半ばに、競馬のワールドカップがドバイで開かれている。それを見に行くたびに思うのが、ドバイは競馬に限らず、観光地としてもブレイクするだろうということ。
     実はヨーロッパでは、すでに避寒地として人気があるんだけど、日本の場合は、まだ直行便がないので、いま一つ知名度が高くない。でも、ぼちぼちパッケージツアーなんかも出始めたので、これから来ると思う。
     ドバイには、ホテル・マニアにはたまらないホテルがいくつかある。一つは、シェイク・モハメド殿下プロデュースによる、砂漠のホテル。コテージの立派なヤツが立ち並ぶホテルなんだけど、すぐ目の前まで野生の動物がやってくる。
     もう一つは、たぶんギネスブックに載ると思うんだけど、300m以上の高さのタワーホテル。しかも、海の中に建っている。地下の海中展望レストランと、最上階の展望レストランがあって、全室最低でも10万円以上する。全室スイートで、メゾネット・タイプ。1階2階、両方とも100平米はあって、インターネットに繋がっているテレビはあるわ、スキャナ兼用プリンタのついたパソコンはあるわ、お風呂は当然ジャグジーだわ、もう至れり尽くせりで、10万円でも安いくらい。全てが絢爛豪華で、ベッドルームなんか、これじゃ寝らんないよっていうくらいキラキラしてる。
     残念ながら娯楽関係がちょっと弱くて、ビーチとショッピングぐらいしかない。ショッピングなら、金製品が安いのと、3月に行われる、世界で一番熱いフェラガモのバーゲンがオススメ。今年行ったら「こちらの棚は3割引、こちらの棚は7割引、こちらの山は3000円均一(100ディルハム)」って言われて、一緒に行った女性スタッフは、自分のサイズの靴を片っ端から買っていた。東京へ持って帰った後にリサイクル・ショップへ持ち込んだら、5000円で引き取って貰えて、2000円儲かったという人さえいた。

    【Hot Link !!】

  • 須田鷹雄商店
  • ドバイ(「yoshi_taku homepage」内)
  • ドバイ(「採れ野のホームページ」内・ホテルや買い物の情報)
  • アラブ首長国連邦(UAE)で、世界一のホテルがオープン



  • 湯川れい子さん(音楽評論家)の

    「初めてのアメリカ旅行」の話

     1964年に、海外旅行が自由化され、それまでは一般人が触ることさえ出来なかったアメリカドルが、1人につき500ドルまで持ち出せるようになった。私はその500ドルをかき集め、東京オリンピックが開幕する直前、生まれて初めてアメリカへ旅立った。
     日本のプロモーターの草分け的存在、永島達司さんに書いてもらった、ビルボード編集長などアメリカ音楽界の錚々たるメンバーへの紹介状を胸に、プロペラ機に乗ってハワイ経由でロサンゼルスへ。ロスでは、エルビス・プレスリーに会おうとして、うまく行かなかったんだけど、ニューヨークへ行って、サラ・ボーンとトニー・ベネット、コニー・フランシスにインタビューできた。
     今と違って、向こうのレコード会社にインターナショナル・セクションなんてないし、こっちは日本人の若い小娘。自分で一生懸命電話をかけて、アポを取って、それでもなかなか信用してくれない。向こうでは、そんな苦労の連続だった。
     持っていった500ドルだって、それで足りるハズもない。それでビルボードの編集長から「『私の秘密』という番組に出てみないか」と言われた時は、2つ返事でO.K.してしまった。パネリストが何人かいて、私の職業を当てる、という番組だったんだけど、誰もあたらなかったら、なんと賞金500ドル。向こうに住んでいらした中村八大さんの所へ行き、奥様の着物を借りて、その番組に出た。
     そうしたら、パネリストの解答が「芸者」とか「水芸の人」なんて言われてしまった。水芸って言われて、とっさに意味が分からなかったら、向こうが扇子の先から水が出ているイラストを描いて説明されるし。
     結局、誰も当たらなくて、「音楽評論家でDJもやってます」って言ったら、かなり驚かれた。どうやら向こうでも、女性のDJはまだ珍しい存在だったみたい。
     まんまとせしめた500ドルを使って、イギリスまで行ってしまった。

    【Hot Link !!】

  • 1999年1月16日の放送(当HP内・永島達司さんのお話)
  • 1964(昭和39)年(「塩とたばこの博物館HP」内)




    放送曲目リスト

    Time Title Artist Label Number
    8'10" It's A Big Wide Wonderful World Peggy Lee Capitol TOCJ-5324
    10'34" Just One Of Those Things Joni James DIW DIW-369
    27'43" It's Too Good To Talk About You Blossom Dearie verve POCJ-2653
    33'41" And Her Tears Flowed Like Wine Keely Smith Capitol CDP-7-9801-4-2
    45'37" Two By Two Tony Bennett CBS/SONY 25DP-5320

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