
|
「ザ・ドリフターズ トリビュート」
1969年10月4日の第1回放送から1985年9月2日の最終回まで、実に16年間に渡って土曜の夜8時のお茶の間を爆笑させ続け、あまりの高視聴率ぶりに「お化け番組」と呼ばれたテレビ番組『8時だヨ!全員集合』。その笑いを作りだしたのは、言うまでもなく「ザ・ドリフターズ」であった。リーダーのいかりや長介を始めとして、高木ブー、仲本工事、加藤茶、荒井注という個性的なメンバーが繰り広げる爆笑コントは、子供たちの間で圧倒的な人気を誇った。荒井中の脱退後も、志村けんの加入により、さらに人気に拍車が掛かり、 「カトちゃんペッ!」「ちょっとだけよ」「カラスの勝手でしょ」など、番組の中から数多くの流行語を生み出していった。 『8時だヨ!…』が人気だった当時は、PTAから「下品だ」という批判も多かったようだが、今やドリフで育った子供たちが親になる時代になり、改めてドリフの人気が再燃しつつあるそうだ。 今日のAVANTIのカウンター席では、早い時間からそのいかりや長介さんが、グラス片手にドリフの思い出話をしている。この話だけは、絶対に聞き逃すわけにはいかないだろう… |
||||||||||||||||||||||||||||||
生まれ育ったのが、浅草の川一つ向こう。だから子供の頃から、志ん生師匠の落語もラジオや寄席で聞き慣れていた。面白いもので、近所の長屋連中のしゃべり方も、志ん生師匠の口調とまったく一緒だった。
私は、師匠に付いて「笑い」の事を習ったわけではないので、コメディアンと名乗ることはできないと思う。コメディアンならどんな相手、どんな状況でも笑いを取れなくてはいけないけど、私はドリフでしかやれる自信がない。
キャンディーズ時代に「8時だヨ!全員集合」などでコントをやっていた映像を、自分の子供に見せている。子供も気に入ってくれて、ビデオを巻き戻して何度も何度も見ているので、笑いのセンスがちょっと古い子供に育っているかも。
ドリフターズの付き人をやっていた頃、いかりやさんに笑いについて何か教えてもらったという事はない。笑いというのは教えてどうにか出来る事じゃない。一人一人のセンスだから、何年修行したらモノになるというものでもない。そういかりやさんは考えているみたいだった。だから僕らが入った時に言われたのも、「お前たちの一番大事な時期をドリフで過ごすんだから、止めろとは言わない。自分で考えて、居たいなら居ろ」と言うことだった。
大学時代に「ドリフ研究会」を作ってしまうほど、ドリフターズが好き。
|