「南さんは元アイドル?!」
そのナイスバディと大人の色気でAVANTIの常連客を虜にしている南由希子さんだが、今日はその南さんに「元アイドル疑惑」が持ち上がった。
コトのきっかけは、紳士の持ち込んだとある雑誌の古い切り抜き。テニス・ルックで爽やかに笑っている、白黒グラビアの可愛い女の子は、まさしく南さん若かりし頃の、あどけない姿だった。
「南さんが元アイドルだったら、ミーハーを自認する私が気がつかないはずがない」というのが紳士の主張だが、時期的にオールナイターズやおニャン子クラブにこっそり入っていてもおかしくないだろう。
南さんの知られざる過去に、興味津々の常連たち。はたして南さんは、本当に「元アイドル」なのだろうか……
麻丘めぐみさん(女優)の
「最初の頃のアイドル」の話
私の場合は、先に姉が芸能界で仕事をしていたのが、この世界に入ることになったきっかけ。3歳の頃から姉にくっついていっては、モデルをやったり子役をやったりしていた。
その後、姉がレコードを出すことになり、やっぱり私がスタジオについていったら、「妹さんも歌ってみない?」という話になった。当然、私は姉のおまけだったし、自分でも歌で食べていけるなんてまったく思わなかった。ところが、そんな私の曲「芽生え」が、レコード大賞新人賞にノミネートされてしまって。そして、それをきっかけに5年間、私は「アイドル」という仕事をすることになる。
私の頃はまだアイドルというものが生まれたばかりで、事務所やレコード会社もどうしたらいいのかよく分かってない時代だった。今のアイドルはプロデューサーがイメージとかコンセプトをちゃんと決めて売り出すけど、当時はレコードのジャケット写真なんて、その辺の公園へ行ってパッと撮るだけ。曲だって、仕事が終わった夜中に楽譜を渡されて、ピアノの伴奏で1〜2回練習したらすぐにレコーディング。衣装に至っては、毎日のように歌番組があった時代なのに、1曲につき2枚しか貰えなかった。毎回同じ衣装で出るわけにもいかないので、母が毎晩徹夜で衣装を縫ってくれて。お給料が安いから、生地を買うにもワゴンセールの小さな端切れを買ってきて、ミニスカートを作ってくれた。
だから普段着はいつもTシャツにGパンだった。「めぐみちゃんはTシャツとGパンが大好き」なんて雑誌に書いてあったけど、他の服を持って無くてそれしか着られなかったというのが真相。
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麻丘めぐみ研究会(ファンサイト)
未唯さん(女優)の
「ピンクレディー」の話
よく言われることだけど、ピンクレディー時代は本当に忙しかった。
実は、デビュー曲の『ペッパー警部』は最初の3ヶ月、なかなか売れなくてそれほど忙しくはなかった。それなりに忙しかったとも言えるんだけど、むしろ「これから先、大丈夫だろうか」みたいな不安が大きくて。
ところが2曲目の『SOS』が出ると同時に、2曲ともチャートが上がり始めて、そこから2年はまともに休んだことは一度もなかった。ベッドで寝られる時間は2時間あれば良い方。せっかく家に帰っても、40分経ったらまた仕事に出かけなきゃならなかったり。
どんなに売れていても新人だったので、仕事を選ぶことも出来なかった。早朝朝4時からの生放送で、トラックの運転手さんに向けて「おはようございま〜す」なんてラジオ番組にも出ていた。
とにかく困ったのが、資料を覚える時間が無いこと。レギュラー番組も沢山あって、司会進行のために山積みの資料を渡されていたんだけど、今となってはどうやってその資料を覚えていたのか、自分でも不思議。他の人の曲を歌う時も、10分で振り付けを覚えなきゃいけなかったり。でも、すべてがそんな調子だから、やっぱり失敗も多かった。自分としては、ちゃんと練習してキチンとした芸を見せたかったのに、全部中途半端のままステージに立たなくちゃいけないのが不満だった。
アイドルというと、桜田淳子さんみたいに、さわやかで可愛らしくて、手に触れちゃいけないような存在というイメージが私にはあったから、実はピンクレディーをやってた本人は、あまりアイドルという自覚がなかった。ただ、応援してくれるファンのイメージを壊しちゃいけないと思って、自分でアイドルとしての枠を作っていたような部分はあった。本来のアイドルが「手の届かない憧れ」だとすると、ピンクレディーは「隣にいてもおかしくない、みんなの代表」だったと思う。
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ピンク・タイフーン(ピンク・レディー特別親衛隊公式ホームページ)
唯一の未来(未唯さん公認ファンサイト)
永作博美さん(女優)の
「アイドルから女優へ」
この仕事を始めたとき、「いいのかな、私なんかがこんな事しちゃって」と申し訳なく思っていた。この世界に入りたくて入りたくて、いろんな努力をしている人は大勢いるのに、何もしていない私なんかが居ていいのだろうか、神様が見てたら怒られるんじゃないだろうか、と思っていた。でも、「そんな事じゃイカン」と思い直し、そういう気持ちを何段階か乗り越え、今、私はこの仕事を続けている。
そんな風に、ちょっとずつプロとしての自覚を身につけていったんだけど、私が一番変わったのは、お芝居をやった時。劇団新感線の舞台にRibbonの3人で出たんだけど、とにかく大変だった。立ち回りはあるは、歌を歌わなきゃいけないは、踊らなきゃいけないは、もちろん芝居もちゃんとやらなくちゃならない。
実は、もともと新感線の舞台はかなり動きが多い方だったんだけど、私はそれが初めての舞台だったので、「お芝居とはこんなにキツイものなのか」と思い込んでしまって。芝居の注意も日本語としては分かるんだけど、それを芝居としてどう表現していいのか分からなくて。とにかく頭の中がグチャグチャになってしまい、パニック状態だった。
稽古場が大阪だったので、家に帰って気持ちを落ち着けることも出来ず、頭の中で「もう嫌だ、もう嫌だ、もう嫌だ…」とずっと考える毎日が続いた。すると、いつしかそのテンションが台詞に乗っていた。「嫌だ」という台詞ではなかったんだけど、その生の気持ちが剥き出しになった台詞を叫んでいた。そうしたら、それまで全部「ダメ」と言われていたのに、「良い」って初めて誉められた。
そういう何かが突き抜ける瞬間って、きっと私が特別なんじゃなくて、誰にでもあるものなんだろうと思う。
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早見優さん(女優)の
「ハワイ出身のアイドル」の話
私がスカウトされたのは、エレベーターの中。ずっとハワイに住んでいたんだけど、14歳の誕生日の一週間前に、しつけに厳しい母の許しをやっともらって、ピアスの穴を開けたその帰り道だった。
「耳に穴を開けたんだから、運命が変わるわよ」なんて言ってたら、ハワイでモデルエージェンシーをやっているという女性に「あなた、モデルにならない?」と声を掛けられた。母はもちろん「No, thank you !!」と断ったんだけど、私は有頂天になっちゃって。母に内緒で「この間、ホテルのエレベーターで会った者なんですけど…」と電話を掛けて、もう次の日にはスナップ写真を撮っていた。
それで、そのエージェントの人と話をしたら、「あなたは日本人で、日本語も英語も喋れるんだから、日本の事務所を紹介してあげる」と言われて、サン・ミュージックの社長に紹介してもらった。
そんな事があったのが9月だったんだけど、11月にはもう日本に来ていた。それから1年間は、レッスンの毎日。お芝居のレッスンで「弁天小僧!」とか言わされていた。多分、発声の練習だったんだろうと思うけど、ハワイ出身のせいか変に和風な言葉を言わされていた。
実はハワイにいた頃から日本びいきで、『遠山の金さん』も好きだったし、その変な和風言葉も気に入っていた。ところが日本髪のカツラをかぶってみたら、似合わないこと似合わないこと。それで「時代劇に出る」という夢は断念した。
ずっとハワイに住んでいたせいで、日本の感覚が分からないのも悩みの一つだった。例えば『ヤンヤン歌うスタジオ』で、タレントが変なことを言うとハリセンで叩かれるんだけど、それを見た観客がドッと笑うの見て「なんで?」と思ったりとか。歌番組で司会者の後ろに立っている時も、堀ちえみちゃんとかはいつもニコニコしてるのに、私はブスッとした顔で突っ立っていた。事務所の人に「テレビに映ってるから、ああいう時は笑って」って言われたのに、「だって、立ってるだけだからつまんないんだもん」って答えていたし。いま思えば、すごく生意気な人間だった。
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早見優(公式サイト)
早見優ファンの部屋(ファンサイト)
伊藤蘭さん(女優)の
「女優になりたかったアイドル」の話
キャンディーズの頃は、必ず3人一緒で仕事をしていた。今はドラマとバラエティの境界は低くて、両方に出ても問題ないんだけど、昔はその敷居が高くて、一人でドラマの仕事をするというわけには行かなかった。
実は私は、日大演劇学科の出身。実際問題、学校にはほとんど行けなかったので、そこで何を勉強したというわけじゃないけど、中学の時は演劇部に所属していたし、その頃から日大演劇学科には行きたいと考えていた。付属の高校からテストを受けて半ばエスカレーターで大学に進み、大学に入ってからキャンディーズとしてレコードデビュー。でも、その前も後も、ずっと芝居をやりたいとは思っていた。
だからラジオの仕事でも、ちゃんとした台本があって、それを読む仕事は好きだった。ところがフリートークになると、てんでダメ。今のアイドルの人は自分のキャラクターを出し切ってテレビに出てるけど、ああゆうのは本当に凄いと感心している。
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CandiesのHOMEPEGE(ファンサイト)
キャンディ・ベース(ファンサイト)
RANPAGE(ファンサイト)
放送曲目リスト
| Time |
Title |
Artist |
Label |
Number |
| 11'33" |
Too Young |
Keely Smith |
Jasmine Records |
JAS CD 323 |
| 21'16" |
My Kind Of Girl |
Matto Manro |
Collectables |
COL-5581 |
| 32'02" |
It's All Yours |
Lynn Taylor |
P&S Records |
PS 011 CD |
| 41'49" |
I'll Never Say "Naver Again" Again |
Kay Star |
BMGビクター |
BVCJ-2033 |
| 47'47" |
Candy |
Four Freshmen |
Capitol |
CDP793197 2 |
|