SUNTORY SATURDAY WAITING BAR
2000年4月1日の放送内容

この日の放送曲目リスト/過去の放送内容リスト


「ベスト・コニサー」

 以前、この就職氷河期に切羽詰まり、あやうく取手さんの会社へ就職しそうになった早樹ちゃんが、無事、旅行代理店への就職を決めた事を報告しに、AVANTIへやってきた。
 社会人になるにあたって、期待と不安で落ち着かない様子の早樹ちゃんに、いつのも紳士がこんなアドバイスを送った。
「まず、直さなくてはいけないのが、言葉遣い。新入社員教育では、よく『とか弁世直しヤツ退治』と言うらしいですよ。つまり「〜とか」「〜なんですよぉ」「〜ってヤツ」みたいな言葉はダメ。それから、『ほう弁』も良くありません。「部長が席のほうへ戻りましたら、書類のほうを調べまして、お電話のほうを差し上げます」なんて、変な敬語の使い方をする人も多いんですよ」
 早樹ちゃんはさらに不安になってしまったようだが、誰もが一度は通る道。彼女なら持ち前の明るさで乗り越えられるに違いない。
 さて、早樹ちゃんが言葉遣いの練習をしている間に、今日も隣の席から聞こえる楽しげな話し声に聞き耳を立ててみるとしよう。  




  • 永作博美さん(女優)の

    「酒のつまみ」の話

     私は酒好きって噂されてるみたいだけど、実は……やっぱりお酒は好き。家で昆布の佃煮を肴に、一人で飲むこともある。つまみは塩だけでも良いくらい。
     一人で飲んでる時はつまみなんて気にしないけど、誰かがウチに来て飲むときは、自分で簡単なつまみを作る。酒のつまみは案外簡単に作れるモノ。キャベツひとつと調味料だけでも作れる。例えばキャベツを1〜2cmくらいに切って、塩で揉むだけでも立派なつまみになる。手が汚れるのが嫌だったら、塩で揉むときにビニール袋に入れれば良い。お好みでゴマやシソ、柚子コショウをかけてもオイシイ。
     酒のつまみは、冷蔵庫を開けて、そこにあったモノだけで作れてしまう。そこにあったのがナスだったら、やっぱり塩で揉むと、アクが抜けてそれなりにオイシイ。さらに小松菜と油揚げがあれば、醤油・砂糖・酒・ショウガ・唐辛子で煮て、最後にちょっと酢を入れれば、煮びたしの出来上がり。
     卵だけだと、ゆで卵か目玉焼きか卵焼きしかあり得ないけど、そこにもらい物のカニ缶でもあれば、カニ玉が作れる。干し椎茸なんかがあれば、その戻し汁が良いダシになるので、さらにおいしいカニ玉ができる。だから我が家では、干し椎茸は欠かせない。

    【Hot Link !!】

  • 永 作 博 美 オフィシャルファンクラブ・アッシュ
  • 永作ねぇさんのページ(ファンサイト)
  • NAGASAKU HIROMI Society on the Web(ファンサイト)



  • 軽部慎一さんと大塚範一さん(アナウンサー)の

    「軽部さんの芸」の話

    (軽部さん)
     オリンピックの特定のところとか、紅白歌合戦とか、レコード大賞とか、大河ドラマとか、変なことを妙に詳しく覚えているのが特技。
     大河ドラマなら、昭和45年が「天と地と」。石坂浩二の上杉謙信と高橋幸治の武田信玄の話。それから、46年「春の坂道」、47年「新平家物語」、48年「国盗り物語」、49年「勝海舟」、50年「元禄大平記」、51年「風と雲と虹と」、52年「花神」、53年「黄金の日々」、54年「草燃える」、55年「獅子の時代」。
     次はレコード大賞。昭和34年の第一回レコード大賞は「黒い花びら」(水原弘)。35年「誰よりも君を愛す」(マヒナスターズ)、36年「君恋し」(フランク永井)、37年「いつでも夢を」(橋幸夫・吉永小百合)、38年「こんにちは赤ちゃん」(梓みちよ)、39年「愛と死を見つめて」(青山和子)、40ねん「柔」(美空ひばり)。ちなみに41年の「霧氷」(橋幸夫)は、誰が考えても「君といつまでも」(加山雄三)のハズだったのに、いろんな裏事情で「霧氷」になってしまい、非常に不評だった。どれくらい不評だったかというと、平成元年に「寂しい熱帯魚」(Wink)が「川の流れのように」(美空ひばり)を押さえた時と同じくらい不評だった。
    (大塚さん)
     もうココまで来ると、芸として成り立っている。だから忘年会なんかに行くと、この人は抜群に受ける。篠沢教授のマネもうまいし、須田哲夫アナウンサーのマネも絶品。「須田さん?ニューヨークの須田さん?」
    (軽部さん)
    「………は〜い、ニューヨークはですね、大塚さん、奈っちゃん、コレ、かなり春が近づいてきたんじゃないかな、という感じ、するんですよ。気温がですね、今12度ということで、立っていても春を感じます。」
    (大塚さん)
    「どうしてもニューヨークとタイムラグがありますんで、呼んでから少し時間が掛かりますけど、須田さん、この時間、だいぶ明るくなりましたよね。」
    (軽部さん)
    「………そうですね、ようやくですね、大塚さん、夕方とは言ってもですね……(以下、テーブルの上の国際衛星中継が続く)」

    【Hot Link !!】

  • 大河ドラマの歴史(「フジテレビHP」内)
  • 日本作曲家協会(レコード大賞の歴史など)
  • アナウンサープロフィール 須田 哲夫です!(「フジテレビHP」内)



  • 戸張捷さん(ゴルフトーナメントプロデューサー)の

    「タイガー・ウッズ」の話

     3年ほど前、タイガー・ウッズが初めて来日した時のこと。忙しいスケジュールの中で、日本の大きな会社の経営者50人ほどで朝食を食べながら、僕がタイガーにインタビューをするのを聞くというイベントが行われた。
     その朝食会ではいろんな質問をしたのだが、そんな中でひとつ、こんな事を聞いてみた。
    「日本では、親と子の関係というのが問題になっている。あなたの場合は父親があなたに関する本を書いたり、非常に良い関係を伝え聞いているが、あなたは親のことをどう思っているのか」
     すると、間髪を入れず、まだ21歳の若者がこう答えた。
    「I love them. I trust them. I respect them.」(私は親を愛し、信頼し、そして尊敬している)
     そこでさらに突っ込んで、「具体的にどんな事があって、そういう気持ちを持つようになったのか」と聞くと、少し考え込んだタイガーは、こんな話をしてくれた。
    「中学生の時、学校で少し困った事があった。そこで父に相談しようと思って家に帰ると、父はテレビでフットボールの試合を一生懸命見ていた。父がフットボールが大好きだったのは知ってはいたが、それでも今相談したいと思って『父さん、ちょっと話があるんだけど』と父に話しかけた。すると父はこっちを向いて『タイガー、それは大事な話か?』と聞いた。そこで『うん、大事な話なんだ』と答えると、父はテレビを消し、椅子に座り直し、僕の話を聞いてくれた。そして話の最後にこう言った。『タイガー、僕はこう思う。しかしこの話は母さんにも聞いてみろ。もしかしたら僕と違う答えを言うかもしれない。それもちゃんと聞いて、最後は自分で決めろ。』それ以来、僕は練習の最中にマネージャーが話しかけてきてムッとするような事があっても、必ず一度は『それは大事な話か?』と聞くようにしている。こういう風に、父は人として生きていく上で一番大事なことを教えてくれた。」
     この話を聞いたある会社経営者は「息子で失敗したので、孫で実践します」って言ってたけど、タイガー・ウッズがあれだけ強いのは、こういった人間性の素晴らしさにも秘密があると思う。

    【Hot Link !!】

  • Tiger Woods Official Golf Website(オフィシャル・もちろん英語)
  • Tiger Woods Unofficial Web Page(ファンサイト・日本語)



  • 木根尚登さん(ミュージシャン)の

    「TMN」の話

     TMNの中でも、宇都宮クンと僕は小学校から小中高とずっと一緒だった。小室クンは隣町にいて、高校の時にアマチュアバンド仲間として、楽器屋主宰のイベントで知り合った。
     当時、僕たちはコテコテの日本語でアメリカン・ポップスをやっていたんだけど、小室クンだけはELPとかが好きで、英語のオリジナル曲を作っていた。それを聞いた最初の印象は「生意気」。格好良かったんだけど、ちょっとやりすぎじゃない?みたいな事を思っていた。でもその後、実際に会って話をしてみたらスゴクいいヤツで、そこから友達づきあいが始まり、最終的には小室クンが僕たちのバンドに加わる形で「TMN」の原型が生まれた。
     仲良くなってからも、やっぱりちょっと変わったヤツ、僕らの周りにはいないタイプだった。逆にそれが僕にとってはスゴク新鮮で、僕は彼に興味を持ったし、仲良くもなっていった。当時、僕は免許を持っていなかったので、移動の時はいつも小室クンの助手席に座り、いろんな話を彼に振って、彼のことを知ろうとした。
     僕の家がバンドの練習場兼溜まり場だったんだけど、小室クンもウチに来ては朝まで下らない話で盛り上がったりしていた。それで、確かまだ僕たちが高校生の時だったと思うけど、夜も明けてそろそろ帰ろうかという頃、小室クンがいきなり「じゃあ帰るから、タクシー呼んでくれる?」と言ったのを良く覚えている。「普通、高校生がそんなこと言わないだろ!」と思ったんだけど、そういうことを言うのが彼なりのジョーク。結局、二人でタクシーを探したんじゃなかったかな、あの時は。

    【Hot Link !!】

  • Wish on the hill(木根さんのオフィシャルサイト)
  • komuro.com(オフィシャル)
  • magnetica.net(宇都宮隆さんのファンクラブ・オフィシャルページ)
  • The TIMEMACHINE Times(TMNのファンサイト)



  • 向井こずえさん(サントリー文化事業部)の

    「ファンタジア2000」の話

     私の仕事は、サントリーミュージアム「天保山」というところで映画のセレクトをすること。天保山というのは、大阪湾に面した「日本一小さな山」だそうで、標高は5mくらい。それでもちゃんと山として認められている。そんな一風変わった名所にサントリーミュージアム「天保山」は建っている。そして、その中のシアターで現在上映しているのが、あの有名なディズニーアニメ『ファンタジア』。
     1940年にウォルト・ディズニーが作った映画『ファンタジア』は、クラシック音楽とアニメーションを融合させようした野心的な作品だった。その為に様々な試みが行われ、劇場に香水を漂わせたり、初めてステレオの音声を使用したりした。しかしそのために膨大な費用が掛かってしまい、興行的には失敗してしまったらしい。
     ウォルト・ディズニーはその時に、「毎年『ファンタジア』のニューバージョンを作りたい」と考えていたのだが、もちろん財政的に不可能だった。ところがそれから60年が経ち、ウォルト・ディズニーの甥に当たるロイ・ディズニー(ウォルト・ディズニー・カンパニー副会長)がウォルト・ディズニーの遺志を継ぎ、『ファンタジア』の2000年バージョンを作る事を決意した。
     8つのパートの内、1つだけは旧バージョンを画像処理で綺麗に直した物を使ったらしいが、残りの7パートはすべて新作。その作業に9年の歳月が掛かったとか。今、サントリー・ミュージアムで上映しているのは、その『ファンタジア2000』。
     サントリー・ミュージアムの大型映像(縦20m×横28m)と音響(1万5千ワット)なら、新しい『ファンタジア』はまさに大迫力。クジラが登場するシーンでは、そのクジラの映像は実物大なんだとか。大阪以外にも、東京なら新宿高島屋、それから札幌と長野県の穂高でも上映している。5/7までなので、是非それまでに一度は見て欲しい。

    【Hot Link !!】

  • サントリーミュージアム「天保山」
  • Fantasia 2000(オフィシャル・日本語ページも)




    放送曲目リスト

    Time Title Artist Label Number
    8'54" My Shining Hour June Christy Capitol 7243 8 55455 28
    19'23" Tutti Tutti Hel Torme MCA MVCK-275
    28'34" You're The Top Louis Armstrong verve 314-511-070
    35'14" I Let A Song Go Out Of My Heart Rosemary Clooney & Duke Ellington Columbia COL 472085 2
    47'29" It's A Lovely Day Today Ella Fitzgerald verve POCJ-2146

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