SUNTORY SATURDAY WAITING BAR
2000年3月18日の放送内容

この日の放送曲目リスト/過去の放送内容リスト


「少年・少女の頃」

 ここAVANTIでは、親子2代で常連となるケースも少なくない。二十歳になった息子に酒との付き合い方を教えるべく、親がAVANTIへ連れてくる場合もあるし、親に似て遊び好きになってしまった放蕩息子とAVANTIでバッタリ、なんて事もあるらしい。
 土曜日の夕方、いつも決まった時間にAVANTIを訪れる紳士も、実はその2代目の常連である。この日、紳士は「いつもの」ジン・アンド・イットを飲みながら、ふと、「親父は一体、この店で何を飲んでいたのだろう」と疑問を持った。そしてそんな疑問をきっかけに、紳士は父親の、そして子供の頃の記憶を呼び覚まして行く…
 紳士とジェイクがそんな話に花を咲かせていたためか、どうやら隣の席でも子供の頃の話が盛り上がっているようだ。そのお話に、ちょっと聞き耳を立ててみよう。




  • 中井貴一さん(俳優)と先輩の

    「初デート」の話

     僕は下から成蹊だったんだけど、自分の母校が非常に好き。世間では「おぼっちゃま学校」と思われているけど、それは大きな誤解で、遊びに関しては普通の学校よりも地味だった。
     例えば大学1年の時のテニス部の合宿で、夜中に「…お前、(女性と)やったことある?」なんて聞いて、「ある」と答えたヤツはヒーローだった。次の日からそいつがやけに大人に見えたりして、今考えるとかなり情けなかったかも。
     今でこそ吉祥寺はオシャレな街と言われているけど、僕が成蹊に通っていた頃は本当に何もない田舎だった。高校の時、初めて吉祥寺で女の子とデートした時は、東急デパートぐらいしか行く場所がなかった憶えがある。でも買う物もお金もなかったので、3分で終わっちゃったけど。
     ちなみにそのデートの時は、自分の中で3つの計画を持っていた。一つ目は井の頭公園で散歩すること。二つ目は東急デパートでショッピング。そして三つ目が、喫茶店でコーヒーを飲むことだった。ところが喫茶店に入って、いざコーヒーを頼もうとしたら、メニューに「コーヒー」というメニューがない。代わりにあったのが「ブルーマウンテン」とか「キリマンジャロ」というメニュー。しかも1杯750円もする。予算は1500円だったので、二人で飲んだらもうギリギリ。それでもワケも分からず「キリマンジャロ」を頼んだら、今度はシナモン・スティックが付いてきた。これも何だかよく分からなくて、クッキーかと思ってかじったら苦いのなんの。そんなことばかりが気になって、デートどころじゃなかった。
     こんな具合で、僕の初デートは11時の待ち合わせからデートが終わるまで、25分しか掛からなかった。

    【Hot Link !!】

  • 成蹊学園
  • 吉祥寺Webマガジン(吉祥寺の情報やエッセイなど)
  • イノカシラピープル(井の頭公園のアーチストを紹介)



  • 陳健一さん(赤坂『四川飯店』オーナー)と同級生の

    「辛い物好きになった理由」

     高校に入って最初はブラスバンドに入った。楽器はクラリネット。でもじっと座っているのが性に合わなくて、バスケット部に移った。
     その頃から食べるのは好きだったけど、作る方はそんなに興味がなかった。子供の癖に甘い物がダメで辛い物が好きだったのは、環境のせいだと思う。母親も甘い物を食べさせてくれなかったし、父親も家で料理を作ってくれたかと思うと「から〜い魚のスープ」だったりした。近所のおじさんが釣り堀で鯉を釣ってきてくれると、泥臭さを抜くために一回油で揚げて豆板醤のスープに入れ、手羽やハム、春雨、干し貝柱、白菜、豆腐を入れて煮込んだスープを作ってくれたもの。ご飯にかけても、ソバでもうどんでもおいしかったんだけど、とにかく辛かった。子供の頃からそんな物ばかり食べていた。
     お弁当だってそう。普通、お弁当の卵焼きと言えば甘いものなんだけど、ウチの卵焼きは辛かった。卵焼きというよりはスクランブル・エッグに近いんだけど、この辛い卵焼きをご飯に載せて食べると、卵の汁と唐辛子がご飯にちょっと混ざって、この辛くて甘い感じがおいしかった。
     それから子供の頃に好きだったのが、グラタン。小学生の時、初めて外食したのが「不二家」のグラタンで、これがおいしくてグラタンが大好物になってしまった。そのうち自分でも作るようになって、今でもグラタンは僕の得意料理。

    【Hot Link !!】

  • Yahoo!グルメ - 赤坂四川飯店(お店の紹介)
  • 四川飯店 赤坂(「光が丘Walker」内・実際に食べた人の感想)



  • 大下容子さん(テレビ朝日アナウンサー)とイトコの

    「カープファンだった子供の頃」の話

     私の子供時代を語る上で、絶対に欠かせないのが「広島カープ」。家族中がカープ・ファンだったから、生まれたときからずっとカープを応援してきた。
     カープの初優勝は昭和50年。私は5歳だった。ウチの両親が良く言うんだけど「お前はカープが強くなってからしか知らない。俺たちは弱い頃から知ってるんだ。」ずーっと万年ビリだったカープが、昭和49年にルーツを監督に迎え、ユニフォームも一新。当時は目新しかった「赤ヘル」と共に戦い、翌年ついに悲願の初優勝。山本浩二さんも男泣きに泣いたらしいが、父も「浩二と一緒に泣いた」らしい。優勝が決まった翌日は、広島の本通りが大騒ぎ。そこら中で優勝記念のバーゲンが始まり、子供心に「優勝ってイイなぁ」と思った記憶がある。
     昔はサンフィレッチェもなかったし、広島の楽しみといったらカープしかなかった。だから私の兄もまた私に輪をかけたカープ・ファンだった。私は兄にとって弟のような存在で、よく寝る前に「この人は誰でしょうクイズ」をやらされた。カープの選手のバッティングフォームやピッチングフォームを兄が真似、私がそれを誰だか当てるというゲームなんだけど、これが似てないからなかなか当たらない。当たるまで寝かせてくれないから、こっちも真剣。「このフォームは誰?」「ホプキンス」なんて感じで、私は女の子にしては野球に詳しかった方だと思う。
     私が子供の頃好きだった選手は、やっぱり山本浩二さん。「4番、センター、山本浩二」のコールを聞いただけでドキドキしたもの。そして大人になってこの世界に入り、浩二さんに初めて会った時は感激して「私、ずっとファンだったんです」って言ったら、「おぅじゃぁ、ワシの現役時代を知っとるゆうことは、アンタもだいぶ歳じゃねぇ」って言われちゃったけど。

    【Hot Link !!】

  • テレビ朝日アナウンサーズディレクトリー『Cue!?』 
    (大下さんのプロフィールやメッセージがあります)
  • 「女子アナ」データバンク(個人サイト)
  • Carp Internet Fan Club(試合経過の中継や掲示板)



  • 高須光聖さん(放送作家)の

    「ダウンタウンの二人の昔」の話

     放送作家には、人と喋るのが好きな人がいれば、歌を歌うのが好きな人もいる。でもタレントにならない、なれないのは、スイッチが入らないから。僕も自分の中の冷めた自分が「アカン!」と説教をするので、どうしてもスイッチが入らない。
     タレントというのはもともとスイッチが入りやすい人間なんだろうけど、何度もスイッチを入れている内に、スイッチが押しやすくなるという一面もあると思う。松本なんかがその典型。昔から面白いヤツではあったけど、そんなにスイッチが入りやすいヤツじゃなかった。でも学園祭とかでみんなの前で面白いことをやっている内に、だんだんあいつの人格が変わっていったみたい。
     松本が高校を卒業したら吉本に行くと言い出した時も、「3年経って売れなかったらやめる」と言っていた。ところが3年が経ち、そんなに売れてるわけでもなかったのに、全然平気でタレントを続けていた。多分その3年の間に自信をつけて、また人格が変わったのだろう。
     そして大阪でドーンと当たり、そこでさらに人間が変わった。だから今の松本は、小学校の頃からは想像も付かないほど性格が変わっている。
     そういえば浜田はあんまり変わってない。むしろ最近、大人しくなったくらい。昔は「うるさいなぁ、お前!」と浜田に向かっていつも言ってたのに、最近は楽屋でも普通に笑ってるくらいで、人に突っ込むことが少なくなった。
     松本はうるさくなるし浜田は静かになるし、人って変わるもんだとつくづく思う。

    【Hot Link !!】

  • ニジノハテ(高須さんのオフィシャルサイト「高須光聖取材班」があります)
  • よしもとシーオージェーピー(吉本興業オフィシャルサイト)
  • Hドリーム(浜田雅功プロデュース・オンラインファッションサイト)
  • DT GATEWAY(ダウンタウンのファンサイト)



  • 若月万里子さん(岩波書店)の

    「岩波少年文庫」の話

     「岩波少年文庫」も今年で50周年。つまり創刊が1950年と、戦後間もない頃だった。
     最初に発行された作品は「宝島」「足長おじさん」「クリスマス・キャロル」「小さい牛追い」「二人のロッテ」の5つ。この編集を主に手掛けたのは、「クマのプーさん」の翻訳や「ノンちゃん雲に乗る」の作者として有名な石井桃子さんだった。当時、石井さんは岩波書店の嘱託という形で、岩波少年文庫の企画・編集に携わって下さったのだけど、実は今現在も93歳でお元気に過ごされている。
     そして去年、岩波書店では「石井桃子集」という全7巻の本を出した。そこには「ノンちゃん雲に乗る」や石井さんのエッセイが収められているのだが、驚いたことに「クマのプーさん」の初版は1941年発行、つまり戦時中に出版されていた。
     その頃、世の中では「敵性国の言葉なんて」と言われていた時代に、向こうの児童文学を翻訳して出版するなんて、今から考えると本当によく出せたなぁ、そして、よく出す気になったなぁ、と思う。

    【Hot Link !!】

  • 岩波少年文庫(岩波書店HP内)
  • 石井桃子集 (岩波書店HP内)
  • 『クマのプーさん』(岩波書店HP内)
  • クマのプーさんのこと(ファンのサイト)
  • POOH BEAR'S HOUSE(ファンのサイト)
  • プーさんのホームページ(ファンのサイト)




    放送曲目リスト

    Time Title Artist Label Number
    11'30" Where Were You? Nat King Cole Capitol CDP0777 7 80595 23
    20'19" Back In Your Own Backyard Margaret Whiting Capitol CDP7243 8 29395 2
    26'45" Rhode Island Is Famous For You Blossom Dearie verve 314 529 906-2
    34'05" That Funny Feeling Bobby Darin Capitol CDP 7 91625 2
    45'32" I Could Write A Books Peggy Lee Capitol TOCJ-5342

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