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「映画館」
今や全世界を席巻し、勢いは止まるところを知らないアメリカ映画だが、過去にはその将来が危ぶまれた時期が何度かあった。例えば1960年代後半は、一部の人間にしか理解できない前衛的な映画が数多く作られ、一般の観客が映画館から遠のいてしまったのである。その後、観客を映画館へ引き戻したのはもちろん魅力的な映画だったのだが、その陰でシネマ・コンプレックス(複合型映画館)が普及したことも、アメリカ映画の復活に少なからぬ影響を与えたと言われている。 そして今年の4月、いよいよ日本でも都内初のシネコンがオープンし、日本の映画館も本格的なシネコンの時代を迎える。斜陽と言われるようになって久しい日本映画産業に、シネコンは福音となるだろうか。その最前線にいる人たちの話に、聞き耳を立ててみよう。
高校生の時、友達に誘われて銀座の並木座に行ったのが、僕にとって最初の映画だった。しかし不思議なことに、何を見たのか全く憶えていない。おそらく、つまらない映画だったのだろう。でもその次に、テアトル新宿で見たのが、サム・ペキンバー監督の『わらのイヌ』だった。これには大変なショックを受けた。エンターテイメントの中に何かを考えさせるものがあり、若い僕を興奮させるエロティシズムがあった。そこから僕は、映画にのめり込んでいった。
学生の頃は、映画館に通ったなんて程度ではなく、まさに居続け状態だった。中学から高校に掛けては、学校と映画館を往復していたといっても過言ではない。3本立ての映画館をハシゴしてすらあった。
話題作が封切られる時のL.A.は、大変なお祭り騒ぎになる。それくらいみんなお祭り好きだし、映画が好き。
四月、お台場のフジテレビの前に、13のスクリーンを持つ巨大な映画館、シネマコンプレックス「シネマ・メディアージュ」がオープンする。
下北沢に「すずなり横町」という場所がある。そこに昔、仮設の映画館があったのだが今は空き家になっているという話を聞いて、その建物を見に行った。すると映画館に必要な天井の高さもあったし、ミニ・シアターにちょうど良い大きさでもあったので、映画館を開くことにした。
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