SUNTORY SATURDAY WAITING BAR
1999年9月25日の放送内容

この日の放送曲目リスト/過去の放送内容リスト


「心の師」

 人には誰しも「師」と呼べる人が存在する。
 それは多くの場合、感動から始まる。あの映画が面白かった、あのプレーは凄かった、あの漫画は泣けた、あの音楽にシビれた…。そんな気持ちが、きっかけになる。
 次は、人に興味を持つ。他の作品や次のプレーを追い、その人の全てを知ろうとする。
 そしていつしか、憧れを抱くようになる。自分もあんな作品が作りたい、あんなプレーがしたい、あんな音を奏でたい…。
 そうやって人間は、先人たちの残したモノを受け継ぎ、さらにそれを乗り越えていくことで、進歩してきたのである。
 「師」について語るとき、人は普段見せることのない、心の奥底に秘めた情熱をのぞかせる。
 今日はそんな「心の師」の話に耳を傾けてみよう。




  • 山本益博さん(料理評論家)の

    「辻静雄先生」の話

     フランス料理に興味を持ったのは、本屋でふと手に取った本がきっかけだった。当時、ガソリンスタンドでアルバイトをしていたのだが、みんなのご飯を作るのに、ハンバーグのソースをちゃんと作りたいと思い、適当に「ソースの本」を買った。ところがその本が非常に面白く、それで著者の辻静雄という人に興味を持った。そして、もう25年以上前になるが今でも忘れはしない、神田の三省堂で見つけた本が「パリの料亭(レストラン)」という本だった。あまりの面白さに何度も何度も読み返した。『その日の夕方、私は一人でレストラン「ラ・セール」の隅の方に席を取ってもらい…』という書き出しは、今でも諳んじて言えるほど。これはラ・セールへ行って鴨のオレンジ煮を食べなくちゃいけないと思い、1年間アルバイトでお金を貯め、パリへ行った。そうしたら、メニューに鴨のオレンジ煮は二人前からと書いてあった。仕方なく小鳩のロースト・アンドレマルロー風というものを食べてきたんだけど、そんなことがきっかけになって、料理の本を書く仕事を始めた。

    【Hot Link !!】

  • 品切れ図書リスト(柴田書店のリスト。「パリの料亭」のデータあり。)
  • 『美味礼讃』(辻静雄さんの伝記)
  • 辻調グループ校・辻調理師専門学校



  • 山本益博さん(料理評論家)の

    「辻静雄先生」の話の続き

     辻静雄先生に初めてお会いしたのは、パリのジャマンというレストランだった。レストランに入ると、偶然、辻先生がお食事をなさっていた。すぐに挨拶しなきゃと思ったけど、困ったことに僕の方が良い席に座っていたりして、なかなかきっかけが掴めない。それでも先生がこちらを向いた瞬間に席を立ち、挨拶に行った。「山本と申します。辻先生のご本のお陰で、こういう仕事をさせていただいております。」と言ったら、「貴方のことはよく知っているし、貴方の本も読みました。せっかくの機会だから、一緒に飲みませんか?」と誘われた。当然、僕にとって神様みたいな人のお誘いを断れるはずもなく、先生が行きつけのロシアン・バーへ行った。「貴方の本を読んで、実は一つだけ気になるコトがあったから誘ったんです。ウチの卒業生の店へ行って、聞いてみました。貴方が批評を書くにあたって、ちゃんとお金を払って食べているだろうかと。そうしたら、どの店でもちゃんとお金を払っているという。その一言だけで僕は良いんです。貴方のことを色々言う人は多いけど、1000人が敵でも、この辻静雄だけは山本君の味方だから。自分のやりたいようにやりなさい。」神様の励ましに、涙が止まらなかった。





  • 本田泰人さんと中田浩二さん(鹿島アントラーズ)

    「ジーコ」の話

     僕(本田選手)が初めてジーコと会ったのは、まだJリーグが始まる前。当時は本田技研にいたので、対戦相手として出会った。その後、僕が鹿島に移籍して、まさかチームメイトになれるとは…。最初のうちは、試合前の集合写真で隣に並んだだけで、「ジーコの手が僕の肩に乗ってる!」と感動していた。ジーコが現役の頃、僕らはピッチで「なんでこんな簡単なプレーが出来なんだ!」って怒られまくったんだけど、ジーコの責任も少しはあったと思う。だって一緒にプレーすると、緊張しちゃうから。ジーコと同じブラジル代表歴のあるビスマルクやジョルジーニョでさえ、食事の時は絶対に同じテーブルに座らない。何故なら彼らも緊張してしまうから。中田の世代になると、もうそういう感覚はないみたいだけど。(中田選手「いや、風呂に入っていて、後からジーコが来ると、さすがに出ていきます。」)

    【Hot Link !!】

  • ZICO WORLD(ファンのページ)
  • KASHIMA Antlers Official Site



  • 下山良誼さん(ジョイマークデザイン)の

    「石津謙介さん」の話

     僕たちの時代はVANの時代だった。VANの石津先生が創ったのは、ファッションだけではなく文化だったと思う。僕も、石津先生に凄いなって言われるものを作りたかった。当時、アイビーのコンテストがあって、「お前も出て来い」と言われて石津先生と一緒に審査員をしたことがあった。石津先生は当然ジャケットを着ているので、失礼になってはいけないと思い、僕もジャケットを着ていった。すると先生が、「お前はジャケットなんか着なくていい。トレーナーで有名になったんだから、トレーナーに着替えてこい」って言われて、それが本当に嬉しかった。そういえば、トレーナーという言葉は石津先生が創った言葉だし、スニーカーという言葉もそう。石津先生は日本にアメリカ文化を紹介したけど、ただ紹介するのではなく、そこに石津先生の流儀を加えていった。だから、あれだけ受け入れられたのだし、文化となり得たんだと思う。VANの影響を受けて、僕みたいな仕事をしている人はいっぱいいると思う。

    【Hot Link !!】

  • 石津謙介 Official Home Page
  • 東京ファション倶楽部(石津さんが会長を務める倶楽部)
  • 1997年2月15日放送内容(当HP内・石津さんのお話)



  • 和田誠さん(イラストレーター)の

    「小学校の先生」の話

     小学校の4年から6年まで、僕の担任だったヤナウチ先生に出会わなかったら、僕の人生は違ったものになっただろう。その先生は授業の前に一言いうのが癖で、ある日「今日の朝日新聞に載っていた政治漫画がとても面白かった。字が何も書いてないのに、今の政治がよく分かる。」と言った。いつもは聞き流してしまう先生の一言が、何故かその日は頭に残り、家に帰ってから新聞を開いてみた。するとそこには、「三党首会談」というタイトルの清水崑さんの一コマ漫画があった。三人の党首がいて、ものすごく広いテーブルに座っている。あんまり広いテーブルなので、話はよく通じてないんだけど、その内の一人がちょっとだけ片方に寄っている、そんな内容の漫画だった。小学生だったので詳しいことは分からなかったけど、コレは面白いと思い、その日からその漫画の切り抜きを集め始めた。その内、自分もこんなコトが描けないかな、と思って似顔絵を描くようになった。大人になってから同窓会で先生に会って、「こういう経緯で、似顔絵を描いてます。」って言っても先生は全然覚えていなかったけど、学校の先生の一言は子供に大きな影響を与えると思う。

    【Hot Link !!】

  • Nagasaki-ken's Kappa Densetu(清水崑さんの紹介)
  • 『かにむかし』(清水崑さんが絵を描いた絵本)




    放送曲目リスト

    Time Title Artist Label Number
    8'36" Nice Work If You Can Get It Chris Conner NNG AMCY-1052
    17'44" I'll Buy You A Star Jesse Belvin BMG BVCJ-35018
    25'30" A Wonderful Guy Joni James DIW DIW-394
    34'00" Someone Nice Like You Sammy Davis Jr. Reprise 9 46416-2
    47'31" Teach Me Tonight Blossom Dearie verve POCJ-2082

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