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「美しい日本語」
日本語の乱れが叫ばれるようになって久しい昨今、貴方はどんな言葉をお使いだろうか。「むかつく」「うざい」「やばい」「まじ」などが代表的な「若者の多用する乱れた日本語」と言われる言葉だが、この中に日常的に使っている言葉があったら、貴方の日本語は「マジやばい、っていうか、そんな感じ?」である。 もっとも、かつてジーンズが不良のファッションであった頃から、若者の言葉は批判の対象であった。今の大人に若者を批判する資格があるかどうかは、微妙な問題と言えるかも知れない。 ところで、AVANTIで交わされている常連客達の会話は、一体どんな言葉が使われていただろうか。後ろのテーブル席から聞こえる話し声に、ちょっと聞き耳を立ててみよう。
コピーと文章は違う。コピーには、変な技術や難しい言葉は必要もない。普段の会話で使っている程度の言葉で十分。ただそこに、「想い」というか、世の中の人々が共通して持っている雰囲気を捕らえることが重要だと思う。商業用コピーっていうのは、その文章で物を買ってもらおうという、ある意味ズルイ表現だから、新しい何かを啓蒙するよりも、もともと持っている感覚に訴えかけた方が効果的。その時、モヤモヤとした気分だけで感じていたモノを、具体的な形にして提示することで、受け手に鮮明な印象を与えるのが良いコピー。だから本来、大きな言葉、例えば「情熱」なんて言葉は、コピーに向いていなかった。ところが面白いもので、このコピーに向かない言葉というのも時代によって変わっていくらしい。一番良い例が「愛」。20年前は絶対に使えない言葉だったのに、サントリー・カクテルバーの「愛だろ、愛」なんてコピーでも分かるように、どうも最近はO.K.らしい。しかし一体どうしてO.K.になったのか、それが謎。
連載を8本も持っているため、作る短歌の量は尋常ではない。作るときは、1時間で一気に100首ぐらい作ったりする。ワープロに向かい、お酒からお茶からジュースから、飲み物も10種類以上バッチリ用意して、さぁ作るゾ!と気合いを入れるのが僕のやり方。でも飲み物、特にお茶をたくさん用意するのには理由がある。「言葉」を昔は「言の葉」と言ったくらい、言葉は葉っぱのイメージを持っている。だから言葉を選ぶという行為は、心の中の草原を歩いて、いろんな葉っぱを拾っていく感覚に近い。そんな時に合うのは、やっぱり葉っぱで入れたお茶。そして仕事場以外、例えば露天風呂に入っている時に短歌を作りたくなっても、メモは取らないようにしている。なぜなら、忘れてしまったらその程度の言葉との出会いだったということだし、本当に大事な言葉との出会いなら、きっと忘れないと思うから。そして不思議なことに、野球でランナーに出ている時も、露天風呂と同じくらい短歌を作りたくなる。次の塁へ進もうという意気込みが、仕事場で「さぁ作るぞ!」と気合いを入れた時に通じるのかも。
面白いテストがある。漢字の中に「心」が入っているモノを、2分間で書けるだけ書く。とりあえず、やってみましょう。
(以下、背景色と文字色を同じにしておきます。ブラウザの「編集」から「すべて選択」を選ぶと読めるようになりますので、ゲームをお試しの上でご覧下さい。)
…とまあ、実に合コン向きのネタなんだけど、盛り上がるかどうかは解説の部分をスラスラ言えるかどうかに掛かっているので、ご注意を。
子供の頃、国語の作文で書いていたのはコラムに近く、初めて書いた物語は理科だったような気がする。それは、今の私が書く文章に大きな影響を与えていると思う。まず、中学生の時に夏休みの研究で、「ダンゴ虫はどこで光を感じるか」という文を書いた。その研究文を書くときに、仮説・実験・命題という手順を踏んで話に筋道を立てなさい、ということを教えてもらった。その頃から、理科の言葉のメカニカルな響きは美しいと思っていたし、言葉と現象が一対一対応で、あまりブレがないのも好きだった。以前に航空管制官の言葉を調べたことがあるんだけど、英語をベースに口語的な曖昧な部分を排除していて、かなり理科的なところが面白かった。分かりやすい例を出すなら、軍隊の言葉もそう。「艦をその場で回す」ことを、「転回」とは言わずに「回頭」と言う。そんな厳密な言葉が好き。
赤ん坊は3〜5歳に成長するまでに、300〜500の基本語を覚えると言われている。そして、その基本語を教えるのは母親。母親が「きれいだね」とか「いいね」と繰り返し語りかけることによって、子供は「きれいなもの」や「いいもの」という概念を理解して、言葉を覚えていく。だから幼児期に親との接触が多かった子供と少なかった子供の間で、語彙の数はずいぶん違ってくるらしい。そして更に、子供は周囲と接触する機会がどんどん少なくなり、言葉のコンセンサスが取れていないことが増えた。同じ言葉のつもりで会話をしていたら、お互い全然違う意味で使っていたなんてコト、大人同士でも珍しくなくなりつつある。ちなみに辞書で「可愛い」は、「思わず微笑みたくなるほど愛らしい。小さくて優しく扱ってやりたい気持ちを起こさせる様」という説明に続いて、「可愛い」と「愛らしい」と「可愛らしい」は使い方が違う、と明記されているが、今の女の子は何にでも「可愛い」を使う。これも語彙が少なくなっている影響の一つ。
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