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「お盆のベストトーク」
「お盆」という言葉の語源はインドの古い言葉・サンスクリット語まで遡ると言われている。元々は「ウランバーナ」(逆さ吊りにされた激しい苦しみ)という言葉で、この苦しみを取り除くのが「お盆」ということらしい。お釈迦さまの弟子の一人、目連が、神通力により亡き母親を捜したところ、地獄で餓鬼になっていた。それを救うにはどうしたらよいかとお釈迦様に尋ねたところ、修行を終えた多くの僧侶にたくさんの食べ物を供養し、僧侶たちの力を借りて先祖の成仏を祈りなさい、と言われ実行したのが「お盆」の始まりであると、古い経典には記されている。「お盆」とは、意外なくらい古く、またかなり仏教的なイベントであるようだ。 しかしこのイベントは日本にしっかりと根付いているらしく、この時期に帰省する人はいまだに多い。そのせいか、お盆の都心はいつもより空いて、ここAVANTIもその例に漏れず、客の出入りが心持ち少ない。 今日はいつもよりじっくりと、いつもの楽しみを味わうことができそうだ。それでは、隣の席の話に耳を傾けるとしよう。
身近なところにリゾートはある。それは「銭湯」。もし、銭湯がどこにあるかわからない場合は、タウンページをめくると良い。最近では銭湯の広告が載っていることも多く、駐車場やサウナの有無もわかるのがありがたい。今の時季なら、露天風呂と水風呂が気持ちいい。露天風呂は風に当たれるので逆上せにくいし、日に当たってサウナのような効果も望める。にわか雨も風流なもので、自分の体のすぐ横に波紋が立つのを見ていると、自分が風景にとけ込んでしまうような感覚を覚える。それから、意外な銭湯の活用法として、花火大会の帰りに利用するというのもオススメ。花火大会の帰り道は、必ずもの凄い混雑になる。そんな時、銭湯に入って、花火の余韻にひとしきり浸ったところで家路につけば、道路も電車も空いた後をゆっくり帰れる。
長崎出島のオランダ商館長やシーボルトが集めた、江戸末期の日本の物が大量にストックされているという、オランダの「ライデン民族博物館」を見てきた。一通り見学したところ、鎧とか刀とかが展示されていたのだが、こんな当たり前の物だけのハズないだろうと思って、学芸員に聞いてみた。すると奥の倉庫に連れていってくれて、竜の標本やらカッパの標本やら、ヘンな物を大量に見せてくれた。鬼も一体あるんだけど、大きいから見せられない、なんてコトも言う。どうやら当時、見せ物小屋で見せていた物を、そのまま買い取ってきた物らしい。あまりに面白いので、ぜひ日本で展示会をしてくれと頼むと、カッパじゃスポンサーが付かないのだとか。しかも向こうでも、カッパなんて物は「無い」扱いになっているらしい。でもその学芸員は最後にこう言っていた。「本当はこういうカッパみたいな物の方が僕は好きだ。なぜなら本当に当時の庶民の文化がうかがわれるのは、こういう物だから。
一言でショートフィルムといっても、アニメあり、実写あり、ドキュメンタリーあり、物語ありで、いろんなスタイルがある。長さも1分から、30分くらいまで様々。アメリカの大都市には、そういう映画専門の劇場があって、そこへ行くと非常にアタマを刺激される。例えば、"Pupies For Sale" という映画は、街角のタバコ屋の物語。そのタバコ屋は、子犬をたくさん飼っている。そこへ子供がやってきて、カウンターに座るオヤジに子犬を譲って欲しいと言う。オヤジがどれでも好きなのを持っていけと言うと、子供はよりにもよって足が不自由な子犬を選ぶ。なんでそんなの選ぶんだ、もっと元気なのが他にもいるんだから、と他の子犬をすすめるタバコ屋のオヤジ。しかしその子供は、僕はこの子犬の気持ちが分かるからと言って、その子犬と共にタバコ屋を立ち去る。その立ち去る後ろ姿を見ていると、実はその子も足が不自由だったことに初めて気が付く―――という5分の物語。エッセンスの凝縮された短編ならではの感動は、2時間の映画とはまたひと味違う。
仕事をしていないときは、家事をしている。家事が終わったら、本を読む。本はいつも、友達が「これ読んだ方がいいよ」と言って持ってきてくれるのが貯まっているので、それを読む。中には著者が直接くれることもあって、そういう時は必ずサインをお願いする。でも「『キキキリン』ってどう書くんでしたっけ?」と聞かれた時に、「あ、私の名前はいいです。あなたの名前だけの方が、高く売れるから」と答えると、大抵くれなくなる。着物を着ない人が増えたせいで、「使って下さい」と古い着物を持ち込んでくることも多い。そういう時は、生地がちゃんとしているかどうかを見て、自分で染めたり洗ったりして、その処理もホントに大変。でも安易に買ったり捨てたりするのが嫌いなので、ある物を活かす工夫をしよう思ってやっている。そういえば、安易に物を買うのが嫌いとは言っても、テレビでやってる通信販売の魅力にだけはどうしても勝てない。
若い頃、まだ自分の漫画が売れていなかった時代、いつか自分は絶対に成功するんだ、売れるんだと、信じて疑わなかった。でも、それだけの人生なんてつまらないじゃないかと思った。例えばキャンピングカーで全国を回りながら、月刊の漫画を書いて食べて行ければ、それで人生十分楽しいじゃないか、そう考えた。それで本当にキャンピングカーを買って旅に出た。それで最初に気が付いたのが、キャンピングカーは思ったより狭いということ。雄大の自然の中で好きな漫画を書いている、なんてカッコイイ姿を想像していたけど、実際問題、とてもじゃないが漫画を書ける広さじゃない。それから気付いたことがもう一つ。旅行ばかりしていると、ムチャクチャ孤独。町々でいろんな人と知り合って、ちょっとした出会いから恋が芽生えて…なんて寅さんのイメージを持っていたけど、そんなこと絶対に起こらない。旅人は地元の人とは基本的に接点がない。そんなこんなで、キャンピングカーで旅をしながら漫画を書くという計画は3週間で挫折して、またコツコツと漫画を書く生活に戻ってしまった。
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