
|
「セレクトショップ」
今、東京の流行の最先端を行っているモノの一つが、いわゆる「セレクト・ショップ」である。セレクトショップとは、その店のバイヤーが世界中を飛び回り、そのセンスで選び抜いた品物だけを仕入れて売る小売店のコト。店ではブランド物の服から日用雑貨品まで、非常に幅広い商品を扱っている場合が多い。つまり、あるセレクトショップで買い物をすれば、レベルの高いセンスで統一された生活を送れる、という仕組みである。後はどの店のセンスが好きかを、客は選べば良いわけだ。 そうしたセレクトショップの多くは、個人で開いた小さな店から始まっている場合も多い。半分趣味で始めた店。店長がバイヤーを兼ね、好きな服や小物を売っている内に、そのセンスが世間に認められるようになる。やがて店も大きくなり、流行を作るカリスマ的存在とまで言われるようになる……そんな伝説的な噂も、まことしやかに流れている。 例えば、そう、その立志伝の代表的存在とも言えるのが、隣りのカウンター席でお喋りをしている、BEAMSの設楽洋さんである。今日はまず、その話し声に聞き耳を立ててみよう…
1976年、原宿の6.5坪の店からBEAMSは始まった。僕は1951年の生まれで、みんなアメリカに憧れた世代だったので、向こうの若者の文化を伝えたいという想いから店を開いた。店はUCLAの学生の部屋をイメージして、窓には雲柄のカーテン、真ん中にはパインのテーブル、スケボーのホイール、ロウソク立て、ねずみ取りなどを並べていた。しかし当時は、ラフォーレの所には教会が建っていたし、セントラルアパートに「レオン」という喫茶店があった時代。まだ原宿にはほとんどお店もなく、どこで商品を仕入れて良いかも分からないという状態だった。それで最初は、大きなカバンを持ってアメリカへ行き、自分で商品を買ってきては原宿の店で売っていた。「向こうで"ニケ"という靴が流行っているらしい」と聞いた時も、飛んでいってあちこちを探し回り、何とか手に入れてこっちで売った。もっとも、その靴が"NIKE"であることを知ったのは、しばらく経ってからだったが。
海外に買い付けで出掛けるときは、4泊6日程度と決めている。理由は結婚しているから。あんまり家を留守にして、愛想をつかされても困るし。それで向こうに行くと、朝から晩までスケジュールがぎっしり。展示会を見たり、ディスカウントストアをのぞいたり、雑貨の卸問屋を訪ねたり、のみの市に行ったり、もちろんショップもデパートも古着屋も回る。小さいショップで可愛い服を見つけたら、タグのブランド名から電話番号を調べて、アトリエまでデザイナーに会いに行くこともある。でも唯一、ファッションショーだけは一切見ないとウチでは決めている。何故なら、ショーで見る服は、全部良く見えてしまうから。メイクした可愛いモデルさんが、ちゃんとコーディネイトされた服を着てステージの上に出てきたら、買い付ける側も舞い上がってしまい、つい止まらなくなってしまう。でもそういう服は、誰が着ても可愛い服ではないコトの方が多い。だから、そういう服を買い付けるのは止そう、と。でも若いスタッフは、それでもショーを見たくて仕方がないみたいだけど。
これだけセレクトショップが増えると、競争も厳しくなってくる。売れるモノというのはけっこう決まっているので、同じブランドの商品が複数のセレクトショップに並ぶことも珍しくない。そうなると後は、どう売るか、どう見せるか、が勝負の分かれ目。雑誌に紹介してもらう場合も、いかに早く載るかが重要になる。だけど一番差が付くのは、やはりディスプレーの違い。同じ商品を同じ値段で売っていても、その商品をいかに格好良く見せるかによって、売れ行きは全然違ってくる。そういう意味では、競争は厳しくてもチャンスではあるし、またやりがいもある。プレスの立場としては、雑誌ではどういう括りで紹介してもらえるのか、どういうモデルさんに着てもらえるのか、いろいろと考えて工夫している。バイヤーとしては、コーディネイトというコトを非常に大切にしている。買い付けの時からコーディネイトを意識して買ってくるし、お客さんもコーディネイトで気に入って買ってくれることが多い。
ロンドン、パリ、ニューヨーク、東京、アントワープ。この5つの都市が、ファッションに関して世界で最も進んでいる。特に、この5都市にあるセレクトショップの競争というのはかなり激しい。例えば、アントワープの王立美術大学やセントマーシンというロンドンの美術学校をトップクラスで卒業した新人デザイナー。さらに、どこかのブランドでアシスタントをしている内に業界で有望視されるようになったデザイナーや、イタリアの工場が出す新しいブランド。彼らの商品は、すぐに商品をショップに置いても、売れる可能性が高いので、セレクトショップは先を争って買い付けに行く。そういう新人デザイナーを捕まえるのは、パリやミラノで行われるファッションショーで、というのが基本。別に一軒一軒回っても良いのだが、効率ということを考えると、デザイナー、バイヤー、プレスと業界全体が集まり、評価が下されるショーの方がイイ。この間アントワープの美術学校で行われた学生のショーにも大勢のプレスが押し寄せていたので、きっと今年はアントワープがブームになる。
バイヤー(Buyer)をデパート風にいえば、「仕入れ担当者」。今や百貨店にも専門店にも数多くのバイヤーがいるけど、みんな変わった人が多い。ロサンゼルスについて話し出すと150時間くらい喋り続けそうな人がいたり、いつも東京のアングラな話しかしない人がいたり。僕もバイヤーになって約10年が経つけど、一番驚いているのは、この10年で東京が世界のファッションの中心になってしまったコト。一時期はニューヨークだったけど、今の東京のパワーというのは異常。飽和状態と言われながらも、店がどんどん増え続けている。南青山、代官山、中目黒…、まるで東京という都市の中に小さな都市がいっぱいあるみたい。ニューヨークでさえソーホーとミッドタウンくらいしかないのに。以前、あるデザイナーに聞いた話では、「イギリスは歴史の重みがインスピレーションを与えてくれる国。イタリアは職人と工場で「作る」ことが得意で、フランスのパリは誰もが憧れる晴舞台。そしてマーケティングとビジネスに長けているのはアメリカ・ニューヨーク」なんだとか。では日本の東京はというと、「稼ぐところ」と言っていた。でもそんな時代はもう終わる。これからは日本から世界へ輸出していく時代になる。
|