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「ハリウッド」
『ジェダイの復讐』から16年。ついにスターウォーズが帰ってきた。なにしろハリウッドを代表する映画シリーズの最新作である。第一作(エピソード4)以来、久々にメガホンを握ったジョージ・ルーカスがどんな作品に仕上げたか、SFファンならずとも興味津々であろう。アメリカでの熱狂ぶりはすさまじいモノになっているようだ。5月19日が公開日と決められると、その日の午前0時1分に上映を始める映画館も現れ、さらにその世界最初の上映を見るために、4月の内から並ぶ人間まで出る始末。早くも一昨年に『タイタニック』が打ち立てた興行収入記録を更新するのは確実、との声も出ている。 そういえば隣のカウンター席で熱っぽく語っている女性も、その『スターウォーズ・エピソード I』をわざわざアメリカまで行って観てきたようだ。その話の内容はとても気になるだが、ストーリーだけは聞かないようにしなくては…
スターウォーズの新作を観てきた!ロサンゼルスに住んでいる友達が7時間も並んでチケットを取ってくれたので、初日に観てきた。さすがに初回は観れなかったけど、並んでいる人たちも凄くて、6週間くらい家に帰ってない人が何百人もいた。実は前評判で割と叩かれていたので、わざわざロサンゼルスまで来てつまらなかったらどうしようと思っていたけど、全然オッケー。とっても良かった。楽しみにしている西田さんのために、ストーリーについては触れないでおきます。映画本編以外にも、予告編に対する観客の反応が面白かった。それを見ていると、スターウォーズ・ファンの趣味が良く分かるんだけど、特にブーイングが大きかったのが、ディカプリオの「ザ・ビーチ」。要するにタイタニックの記録を抜きたいってコトらしい。そしてフォックスのファンファーレ、ルーカス・フィルムのマークに続いて、お馴染みのオープニング。ココで劇場は盛り上がりもピークに。初日に観てきた甲斐がありました。
レポーターとしてアカデミー賞の会場に何回か行ったけど、そこにいる俳優はみんな緊張していて、落ち着かない雰囲気が凄く伝わってくる。周りを埋め尽くす観衆、何十台ものリムジン、上空を飛び回るヘリコプター。とにかく会場はものすごい熱気と興奮で包まれていて、そういう場に慣れない俳優という人種にはちょっと酷。例えばジャック・ニコルソンが『恋愛小説家』で主演男優賞を取った時、サングラスを最後まで外さなかったのは、明らかに緊張を隠すためだった。だから席を離れて、下のロビーでモニターを見ながら一杯やってる人も結構いる。式が始まってしばらくたつと、ポツポツと空席が出来るのはそのせい。でもロビーでどんな世間話をしているのかと思ったら、みんな次の企画の話をしているのには驚いた。アーサー・ヒラーにスーザン・サランドとティム・ロビンスが、前と後ろの挟み撃ちで自分達の企画を語っていたり、ロバート・デ・ニーロと握手したプロデューサー風の男が、オーケーと言ってくれるまでこの手を離さないぞといった面持ちで話をしていたり。寡黙なイメージの俳優まで熱弁を振るってに話しをしているので、本当に驚いた。
仕事柄、映画の音はどうしても気にしてしまう。例えば『ツイスター』の最初のロール。テレビに段々カメラが寄っていって左に切れていくシーン。その間も後もテレビはずっと鳴っているんだけど、その部分の音の作り込み方は凄かった。ただ単に左に切れていくだけじゃなくて、遠くになっていきながら切れていく微妙な感じが、正直スゴイな、と。でも『ツイスター』は最後の方のロールで、「あ、アメリカでも時間がないコトもあるんだ」と言うことも気がつかせてくれた映画でもあった。それから良く出来ているのが『トップ・ガン』。ヘリコプターや飛行機の飛ぶ映画だと、音の見せ場が分かりやすいので、音をかなり作り込んでいる場合が多いんだけど、『トップ・ガン』の音はかなり良くできていた。あれは企画の段階から、かなり音についても準備をして撮影しているはず。そして何と言っても、ハリウッド映画の「音」に関する考え方を変えてしまったのが『スターウォーズ』。たった2年前に作られた『ポセイドン・アドベンチャー』と較べても、劇的に違う。
私が名乗っている肩書「撮影監督(Director of Photography)」と言うのは、日本で言えばカメラマンと照明を兼ねるような仕事。でも世界的にはその方が普通。日本と韓国だけが独特の仕組みになっていて、撮影と照明を別の人が担当している。日本の映画はライティングに時間が掛かるので、それを専門職にしてしまおうというコトで、照明という仕事が生まれた。そういう風にハリウッドと日本では、まず組織が違う。そして撮影の順序もかなり違う。日本ではあらかじめ監督がカット割りを決めて、そのカット割りに従って順々に撮っていく。しかしハリウッドでは、まず全体が分かるマスター・ショットを、2台のカメラでシーン全体を通して撮る。そしてポジションを変えて、カバー・ショットと呼ばれる切り返しなどの細かいカットを、またシーン全体を通して撮る。そうやって何度も何度も角度を変えて、シーン全体を撮るので、役者もセリフを憶えたりするのが大変。だから現場はなるべく役者が緊張しないように和やかな雰囲気になっていたりして、そのあたりも日本とは180度逆。
友人が「スターシップ・トゥルーパーズ」のミニチュア制作部門に参加した。その友人に聞いた話だが、あの映画は虫のエフェクトに予算を掛けすぎて、本来CGでやるはずだった、宇宙船が割れるシーンを、ミニチュアで作らされたらしい。だからCMでも流れた、割れた宇宙船からのぞく精巧な中身は、基本的にミニチュア。かなり大変だったらしく、その友人はミニチュア班が割を喰ったとボヤいていた。それでも特撮監督が優秀だと、ああいった映像が出来る。アメリカは元々、映像をリアルに見せることに命を掛けてきた。それは多民族国家ゆえに生まれた文化で、言葉が通じないので、見た目で納得できるモノを作らざるを得なかった。だからあれほど技術が発達したのだろう。それに対して日本は、形式的なモノを認める文化があった。例えば歌舞伎の黒子。黒子はいないモノとして見ましょう、というお約束が通じるので、リアルさという点では遅れをとっている。それにしても『T2』を見たときは衝撃的だった。技術を使いこなすアイデア、アイデアを活かすための技術、どちらも素晴らしかった。
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