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「博物館」
1753年、3人のイギリス貴族が、骨董品など自慢のコレクションを持ち寄り、展示会を開いた。これを国が買い取り、世界初の国立博物館として公開したのが、現在世界最大の博物館「大英博物館」である。日本で初めての博物館が出来たのは明治5年。旧湯島聖堂の大成殿で開催された日本初の博覧会をきっかけに、文部省博物館が造られた。これが現在の東京国立博物館である。 人類の足跡とも言うべき文化財を一堂に集めた博物館。それぞれの遺跡がかつて居たであろう時代の喧噪、そしていま置かれている空間の静寂。そのコントラストが我々に歴史の重さを教えてくれる。 今日はそんな素晴らしい場所の話に、耳を傾けてみよう。
ミュージアムというのは本来、学問やお裁縫などの諸芸を司る「ムーサの神」に捧げられた場所で、そこに陳列するものは本当に何でも良かった。「見ろ、こんな凄いものがあるぞ」みたいな、ほとんどお宝自慢の場所だった。それが18世紀頃にヨーロッパ各地で造られたとき、あまりに何でもありにしても見る方も困るので、「私のところは美術関係を集めている」とか、「こちらは生物専門です」とか言い始めた。それで「アート・ミュージアム」とか「アニマル・ミュージアム」と呼ばれるようになった。そして日本でも明治の頃、ヨーロッパを真似てミュージアムなるものを造ろうと思ったときに、訳語として引っぱり出されたのが「博物」という言葉だった。日本にも江戸時代から変なものを集める収集家がたくさんいて、彼らが「博物学者」と名乗っていたのがその由来。
博物館や美術館は、国民の財産である貴重な文化財を後世に伝えていかなくてはいけない。そのためには人に見せずに、暗い倉庫の置くにそっとしまっておくのが一番良い。一方、その文化財を公開して皆さんにお見せするというのも、博物館や美術館の大事な仕事。この二つを両立させるのは大変で、例えば美術品は光を当てると褪色といって色が褪せてしまう。だから博物館や美術館は、この宿命とも言えるジレンマに常に悩まされている。東京国立博物館の場合は、絵画は1ヶ月ごとに掛け替えているが、見たかった絵が見れないと苦情が寄せられることも多い。でもそれは、絵を守るためには仕方がないとご理解して頂きたい。さらに出来たら、博物館に行く度に前回とは違ったモノが見れることを楽しむ、くらいの余裕を持って欲しい。
博物館に展示されているモノは、収蔵品のせいぜい1割程度でまさに氷山の一角。だから博物館に行くと、必ず裏を見せて欲しいとお願いする。大英博物館でさえ、18世紀には展示していというバカげた珍品が、倉庫の奥底に眠っている。リストによれば、「錬金術師が作った途中まで金になったナイフ」とか「バベルの塔の破片」とか「人魚の標本」とか、昔は大真面目に展示していたらしい。僕が大英博物館に行って見せて欲しいとお願いしたときは、「どこにあるかわからない」と追い返されてしまったが、その要求は意外と多かったらしく、最近「大英博物館にあるニセモノ・ガラクタ全部見せます」みたいな展覧会が開かれた。慌ててロンドンへ駆けつけて一泊二日で見てきたけど、大爆笑の上に大盛況。その後、ヨーロッパの博物館でこの企画は大流行したらしい。
アメリカ・スミソニアン博物館・航空宇宙部門には、ココでしかできない事があって、月の石に触れるということ。大阪万博のアメリカ・パビリオンでは、これを見るために日本人が5時間以上並んだと言うのに、今ココにいけば、並ばずに、しかも触ることさえ出来てしまう。スミソニアン博物館・航空宇宙部門のメインロビーには、時代ごとの象徴的な展示物が飾ってあって、ライト兄弟の飛行機のレプリカや、リンドバーグが大西洋横断の時に乗った飛行機、初めて音速を超えた飛行機、アポロ宇宙船などが展示してある。その中でも中心的に扱われているのが、その月の石。でもその月の石は、おそらく1億人以上の人が触ったせいか、黒御影石のようにツルツルになっている。
今、第三次博物館ブームと言われている。かつては博物館というのは国が造るものというイメージがあったけど、今は個人が好きなモノを集めて博物館を作ってしまう。中には四畳半の博物館なんてものさえあって、墨田区の谷中あたりにそういう博物館が多い。そういうところは予約というか、行く前に一言「行きます」と声を掛けないと、留守の可能性がある。つまり自宅の一部を○○博物館と呼んで、人に見せているということ。変わり種の博物館の中では、大名時計の博物館がとても面白い。江戸時代に日本で作られた和時計の博物館なんだけど、要は輸入した時計を日本向けに勝手に改造した時計が多い。夏の1時間は冬の1時間より長くなるよう、歯車を改造してあったり文字盤を改造してあったり。でもそれは、人間の決めた時間ありきの西洋文化と、日の出や日没に合わせた生活を送る日本文化の違いで、改めて文化の違いを痛感させられる。
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