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「AVANTI 改装中 PART3」
今日もAVANTIのウェイティングバーは改装中。土曜日夕方のいつもの指定席もなく、ジェイクもいないAVANTIとなれば、いつもの紳士もいつもと違う週末の過ごし方をしそうなものだが、そこは生まれついての遊び人。ちゃっかりAVANTIである女性と話をする楽しみを見つけたようだ。 その女性とは、AVANTIのレストランで予約係をしている前川さん。でも前川さんは、どうやら隣の席で話し込んでいる元明治大学ラグビー部キャプテンの藤田さんが気になっているようだ。なぜ前川さんは藤田さんのことが気になるのかも興味があるが、藤田さんの話も面白そうだ。ちょっとその話に、耳を傾けてみよう。
国連職員というのは国籍が「国連人」になり、どこの国にも所属しない。昔その事にすごく憧れて、国連職員になりたかった。条件の「3ヶ国語以上話せること」をクリアするために海外に留学したので、一応、英語、スペイン語、ドイツ語が話せる。国連職員になったら、世界平和のために働こうと思っていた。今でも私の書く脚本は、必ず最後に「よかったよかった」と平和に終わるように作る。
故・北島先生には「いらん声出すな」とよく言われた。頑張っていこうとか、分かり切ってることを言う余裕があるなら走れと。北島先生はマスコミに「前へ」という言葉がキャッチフレーズであるかのように言われていたけど、実際にそんな台詞を言われたことはない。ただ考え方として、ボールを持ったら最初にゴールラインに向かってまっすぐ走ることを考えろ、ということは常に言われていた。
膝の靭帯を切って、もうラグビーは出来ないかもしれないと主治医に言われた瞬間、大粒の涙がポトッと落ちた。それ以外にも結構怪我が多くて、慶応戦のときに鼓膜が破れ、そこから入った泥水が脳まで行っちゃって、人間として再起不能なんじゃないかとからかわれたこともあった。当時、新キャプテンは前の年の4年生と北島先生が決めていて、僕か岸かが選ばれるという感じだったのだが、新キャプテン発表前夜に二人で居酒屋に行き、どうしたら明治が強くなれるかを話したのがすごくいい思い出。
早稲田とか慶応の選手は大一番になると、涙を流すほど興奮しながらロッカールームから出てくる。それに対して明治の選手は、ロッカールームでは壁に頭を打ちつけながら「ぶっ殺してやる」なんて口走るほど興奮している。そこに北島先生が現れて「練習でやってることをそのまんま出してこい」とボソッと言うので、意外と冷静になってグラウンドに出ていく。そして試合が終わった後、最初に北島先生が言うことは「怪我人はいないか?」指導者になってみて初めて北島先生の考えていたことがわかってきた。
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