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「演劇」
この劇場はロンドン・ウエストエンドのパレスシアター。1992年から「レ・ミゼラブル」のロングラン公演をしている。他にもウエストエンドにはアポロ・ヴィクトリア・シアターやドゥルリー・レーン・シアター・ロイヤルなど、素晴らしい芝居を上演している劇場が軒を連ねている。イギリスといえば、シェークスピアなどを生んだ演劇のふるさと。野田秀樹や鴻上尚史などもイギリスに留学していたことは記憶に新しい。 おっと、隣の席からもそんな名前が聞こえてくる。どうやらそちらも演劇の話で盛り上がっているようだ。ちょっとその声に耳を傾けてみよう。
もともと舞台の作品だった「ラジオの時間」を映画にした。脚本も映画用に書き直したのだが、一応締め切りは守れた。そして今回は監督もした。この監督は部屋の中なら撮れるけど、大海原とか砂漠はきっと撮れない、ということは分かっていたので、脚本家としては初監督のアマチュアに非常に気を使って脚本を書いた。僕があと何本映画を撮れるかは、後どれくらい狭い場所を見つけられるかにかかっている。
作家がどんなに頑張っても、「説明セリフ」がどうしても必要な場合は出てくる。そんなとき役者は割り切って言うしかない。演出上の都合であらぬ方向に動かなければいけないときもある。そもそも全員が客の方を向いてるのだって不自然。それらを全て解決する魔法の言葉は「その方がカッコイイよ」。気持ちがどうとか論理的に説明するより、この一言でたいてい役者は動いてしまう。
昔、紀伊國屋に勤める前は歌舞伎座に勤めていた。その頃「脱がないストリッパー」という見出しの記事を見て、コレは何かの企画で使えると、つかこうへいさんの芝居を見に行った。生まれて初めてああいう芝居を見に行ったのだが、世の中にこんな面白い芝居があるのかと感動した。ちょうどその頃、出来たばかりの紀伊國屋ホールから、「何か芝居を紹介して欲しい」と言われていたので薦めたら、スプリンクラー工事のために日程があけてあった。そこを全部つかさんの芝居にあてて、そこからいわゆる演劇界の「つか時代」が始まった。
紀伊國屋書店の方の店員に「友人が学生演劇をやっていて、将来はつかさんのようにやっていきたいと思っている。見てくれないか」と頼まれて、東大駒場寮の裏にある駒場小劇場に行った。そこで見たのが夢の遊民社と野田秀樹。自分は全く分からない芝居だったのだが、若いスタッフが推したので紀伊國屋ホールにきてもらった。またあるとき、紀伊國屋画廊の店員が「早稲田でやっている若い劇団がある。面白いからぜひ見てくれ」と頼まれて大隈講堂の裏で見たのは、第三舞台と鴻上尚史だった。これは一目で面白かったのですぐ紀伊國屋ホールに出てもらった。
演出家としては、芝居がうまくいっているときほど緊張する。照明が落ちたらどうしようとか、携帯が鳴ったらどうしようとか、芝居の途中でお客さんが立ったりなんかすると、なんとなく客席の雰囲気が変わってしまう気がする。やっぱり芝居は舞台とお客さんが一緒に作り上げるモノだから、緊張の糸が切れてしまうと、また一から作り直しになってしまう。演技は火事場の馬鹿力のようなもの。見られている緊張感によって役者は集中せざるをえなくなる。それがうまくはまったとき、いい演技ができるのだろう。
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