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「軽井沢」
軽井沢といえば、ジョン・レノンも愛した日本の避暑地の代名詞。AVANTIの常連客にも、毎年夏は軽井沢で過ごす人は多いようです。今日はその軽井沢通の話を盗み聞きしてしまいましょうなぜ軽井沢は避暑地になったのか、その歴史は隣の席の桐山さんの話を聞けばわかります。それから別荘なんか持ってなくても大丈夫。ホテルに泊まっていても、別荘に泊まっているかのように見せる見栄の張り方は、向こうの席で西田さんと矢野さんがお話ししているようです。ゴルフ派の人なら林さんの話に耳を傾けてみましょう。
明治18年頃、クラフト・ショーというスコットランド出身の牧師とジェームス・ディクソンという東大の英文学教授が、日本の夏の暑さに耐えかねて探した避暑地が軽井沢だった。ショーは何もなかった寒村に教会を作り、その後教会を中心に別荘が建っていった。今でもその教会は旧軽井沢の奥、愛宕山の山麓ににひっそりと建っているのだが、ショーは別荘派の元祖といえる。それに対してディクソンは、佐藤万平さんの旅館を「万平ホテル」にしてずっと使い続けた。つまりディクソンがホテル派の元祖。
軽井沢は家族で行くというイメージがある。元々宣教師が作った避暑地なので、治安も凄くいい。別荘での暮らしというのは実はゴージャスという言葉からはほど遠いところにある。自分達で掃除や炊事もしなくてはならないし、子供の頃にした遊びといえば、小屋を作ったりロウソクを立てて恐い話をしたり。そして軽井沢は本当に何もしなくていいという空気で満ちている。上級者の楽しみはなんといっても昼寝。
大学に入って、初めて本当の金持ちというモノを知った。やっぱり軽井沢では別荘族の方が偉い。そこで、軽井沢で別荘族に見せる方法というのを考えた。まず、白石青果店で新鮮なレタスとトマトを買い、浅野屋で黒ゴマのパンを買い、デリカテッセンというドイツのソーセージ屋でレバーペーストを買う。コレでサンドイッチを作って歩きながら食べれば、見た目だけは君も別荘族。
昭和30年の始め、旧軽井沢に別荘を借りたのが遠藤家の「軽井沢」の始まり。その後、旧軽井沢のちょっと上の方に別荘を買った。そんなわけで僕は毎年夏を軽井沢で過ごしてきたのだが、基本的に軽井沢は退屈なところ。それでも軽井沢がスーパーリゾートと言われてきたゆえんは、都会性の一部を残しているところと、友人と偶然であったときに使われる「お前何やってんだよ」というセリフを言いたい場所であるというところ。
軽井沢72ゴルフは、元々コースの数から名付けられ、東西南北の4つのコースがあった。今では108コースある。また、軽井沢バイパスを挟んで晴山ゴルフコースがあり、それとは別に軽井沢プリンスゴルフコースがある。これだけのコースがあるため、いつ行ってもどこかのコースでゴルフが楽しめる。また、軽井沢72から独立した浅間ゴルフコースは2名専用のコース。しかもカート式なのでプレイ中は完全にふたりっきり。
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