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「お笑い」
昔、漫画家の赤塚先生が「おもしろグループを作ろう」と言い出して、新宿によく集まっていた。タモリが寺山修二、団さんが野坂昭如、小松さんが淀川長治のものマネをやって対談、なんてことをしていた。あるときは、ハナ肇さんのディナーショーに呼ばれて、ネタをやったこともあった。
昔はよく外タレなんかのモノマネをやっていたんだけど、やっぱり番組に合わせなくちゃいけないから、さだまさしとかをやるようになった。最近は話題になってる人ならイイや、という感じでやってる。KISSも3大テノールも格好と話題だけだったんだけど、審査員は「そっくり」とかいうんだよね。さだまさしとか長渕とかは顔型が似てるから、自然に声も似てきちゃう。
僕はナベプロのお笑いオーディションに受かって、最初は一人でやっていたんだけど、あるとき若手11人をくくった名前として「ホンジャマカ」というのができて、最終的に残ったのが恵と僕。やっぱりTVと、お客さんの入っている舞台というのは大きく違いますね。
「8時だよ、全員集合」は毎週生放送だったから、木曜日には次の週の内容を決めていた。ドリフの5人は家族に例えるなら、父親、長男、次男、三男、末っ子と役割があって、父親のいかりやさんがつっこむというのがどんなときでも崩さなかったパターン。
60年代という時代は、いろんなジャンルの映画、新しいモノも古いモノもどんどん日本に入ってきたときだった。ドタバタ系のモノが好きだったから、「でこぼこコンビ」とか、「極楽コンビ」なんかを一生懸命になって見てた。ミュージシャンになろうと思っていたのと同時に、喜劇俳優にもなりたいと強く思ってた。
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